第24話 宣戦布告

 千鶴と動画をネットにUPしてから数日後、今日は雪乃が歌番組に出演する日だ。

 俺は今日をすごく楽しみにしていた。

 ――録画もしたし、後2時間か。待ち遠しいな……。


 そんな事を考えているとガチャリと玄関のドアが開く音がした。

 玄関まで様子を見に行くと母さんがいた。


「あぁ、勇気。ちょうどいい所に」


「お帰り母さん。何か用事?」


「あぁ、出かけるから準備をしてほしい」


「出かけるって今から?」


 俺は歌番組を生で観たかったので嫌そうな表情をしてしまう。


「そんな顔をするな。行くのはテレビ局だよ」


「テレビ局?」


「どうせなら、生で見たいだろうと思ってね。有沢くんと聖華くんの活躍をね。もちろん、行くだろ?」


 そう言って母さんはウインクをした。

 俺は即答する。


「行く!」



 雪乃は音楽の生放送番組に出演するためにテレビスタジオに来ていた。

 その番組はゴールデンタイムに放送される。そして、複数のアーティストたちが出演し、曲を生演奏で披露する番組だ。

 ちょうど今は番組の放送時刻まであと30分を切った所だった。


「雪乃、デビューしたばかりで行き成りこの番組からオファーが来るなんて本当にすごいわ」


 雪乃に声をかけたのは彼女の所属するプロダクションの社長である音無だ。


「社長……でも、すごい緊張します。しかもトリを務めるなんて……」


 音無は雪乃の肩を叩きながら彼女を励ます。

 

「大丈夫! 雪乃なら出来るわ! なんたって雪乃の才能は私とノーネーム先生が認めるほどすごいんだから自信を持って! それと……」


 音無はポケットからスマホを取り出し、雪乃に見せる。


「じゃーん、ノーネーム先生から応援のメッセージが届いてまーす!」


「先生から?! 見せてっ!!」


「ちょ、ちょっと雪乃落ち着いて……」


 雪乃は音無の声など聞こえていない様子で音無からスマホを引っ手繰る。

 メールを開くとそこには雪乃にとって恩人であるノーネームから短いがメッセージが来ていた。 


「キミの歌を楽しみにしている、楽しんで……か」


 雪乃がメールを読み上げると音無はくすくすと笑う。


「まるで恋する乙女ね、気持ちは分かるけれど。……でも、雪乃、気を付けるのよ。今日はあのオーディションの赤羽ないかとか、他にもライバルになりそうな人達が大勢出演してるんだから」


 赤羽ないかは雪乃がデビューしたオーディションを受けていた少女で、大手プロダクションの属している。

 そして、雪乃と同じく最近デビューしたのであった。


「はい、でも大丈夫です。今回も私が一番になるだけだから」


「そう……まぁ、自信があるなら心配なさそうね。あっ、そういえば、今日はあのトップアイドルの星野聖華ほしのせいかも出演するのよね。あとでサイン貰えないかしら?」


 星野聖華は雪乃の1つ上の学年で16歳。今現在トップアイドルと言われている少女の事だ。


「星野さんか……なんで星野さんがトリじゃなくて新人の私なんだろう。ちょっと憂鬱ゆううつだよ……」


 音無は本当に憂鬱そうな雪乃を見て思わず苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、でも今日の主役は間違いなく雪乃よ、貴女の雄姿、ノーネーム先生に見せるんでしょ、頑張りなさい。と、そろそろ時間みたいね。行ってらっしゃい雪乃」


「うん!」


 音無に見送られ雪乃は控室からステージ裏へと移動する。

 この歌番組の出演者たちは一度全員ステージ裏に集められ、番組のオープニングに一人一人登場する演出になっている。


 ステージ裏には既に他の出演者が既にスタンバイしていた。その中には赤羽ないかの姿もあった。

 雪乃の姿に気が付くと彼女は近寄ってくる。


「貴女もやっぱり出演するのね……。全く嫌になるわね」


 赤羽ないかは心底うんざりと言った様子で言い捨てる。


「こ、今回も勝たせてもらいます……」


 雪乃は強気な発言をしながらも人見知りが発動して相手の目を見て言えなかった。


「せめて、こっちを見ながら話しなさいよ……。別にアンタに負けたとは思っていないわ。私達よりも実力は劣っているんだから少しは謙虚にしなさいよ。全く……でも、アンタの楽曲と比べられないといけないと思うと憂鬱だわ。あと、他のアーティストに気を付けなさい。アンタ、新人の癖に行き成りトリなんて務める事になって恨みで何されるか分からないわよ。それで、あんたのデビュー曲はどんな感じよ?」


 雪乃のデビュー曲は今日の生放送で初披露になる。

 そして、それを赤羽ないかは大きな声で話すので他の出演者もちらちらと雪乃たちを見ていた。

 赤羽ないかの言う通り雪乃をみるその瞳には嫉妬の感情が含まれていた。


「え、えっと、すごくいい曲を貰いました」


「そうなの、本当に自信満々にいうのだから嫌になるわね。でもアンタ、アイドル四天王の一人、星野聖華にも勝つつもり?」


「勝ちます」


「その自信は一体どこから来るのかしら……あれのオーラはやばいわよ。もちろん、実力もね。でも、貴女の楽曲ならそれすらも覆して勝てるって言いたいのかしら? 貴女が一番比べられるのは、貴女の前に歌う星野聖華なのよ」


「わ、分かっています」


「でもまぁ、同じアイドル四天王でも椎名楓しいなかえでと一緒に出演するよりはマシよね。あれは新人潰しで有名だから」


「し、新人潰し?」


「そう、とにかく歌が上手くてね。新人アイドルは自信を無くしちゃうらしいのよ。あれと比べたら星野聖華なんて――」


「何、何?……私がなんだって?」


 雪乃と赤羽ないかの話に入ってきたのは星野聖華、本人だった。

 雪乃は星野聖華を見た瞬間に息を飲んだ。

 ――この人がトップアイドル……。存在感が半端じゃない。……でも、私と先生の楽曲ならきっと……。


「あぁ、星野さん。いたんですね……。いや、星野さんも大変だなと思いましてこの子の前座をやらされて」


 雪乃はトップアイドルにも嫌味を言えてしまうないかに関心してしまう。

 星野はアイドルとは思えないムスッとした表情で赤羽ないかを睨みつける……が、すぐに笑顔になる。

 

「別に私は、自分が前座なんて思ってないよ。それに今日は大切な人が見に来てくれるんだー。だから、私が一番目立っちゃうよ」


「へぇ、それはいいですね。所で、お聞きしたいんですけど有沢さんの曲と星野さんの楽曲どちらが優れてると思います?」


 その質問に僅かに聖華の瞳が揺らいだ。


「んー、私はどっちも素敵な曲だと思うけど?」


「本当ですか? 星野さんはちゃんと有沢さんの曲を聞いたことあります? 少なくとも私ならそんな事言えないなぁ、尊敬しちゃいます」


「もしかして……キミは私の為に小田先生が作ってくれた曲が、有沢ちゃんの曲に劣ってるといいたいのかな?」


「そう言ってるんですけど伝わりにくかったですか?」


「……そっか、キミの感想・・は分かったよ。やっぱり、一度楽曲の善し悪しだけで負けている人が言うと説得力があるね」


「なんですって……?」


「だけど、心配いらないよー。トップアイドルは楽曲だけでなれるものじゃないから、それに自分の歌う曲が有沢ちゃんの曲に負けているとは思っていないからねー」


「ふーん、まぁ、小田とかいうオバサンの曲なんてどうでもいいんですけど。精々頑張ってくださいね、そしてこの番組が終わった後に同じことが言えるか是非教えてください」


「おば――っ! もう一度言ってくれるかな? 誰がオバサンだって?」


「はぁ? もしかして耳が悪いんですか? いい病院紹介しましょうか?」


「結構だよ! いいよ……小田先生と私がいかにすごいか分からせてあげる」


「番組の最後に視聴者投票で今日一番良かったアーティストがでますからね。それで、有沢さんと競ってはいかがです?」


「私は赤羽ちゃん、キミに言ってるんだけどな」


「私は今日軽く流すつもりで来てますので遠慮しておきます。全力を出して馬鹿を見るのは嫌なので。それに、有沢さんは今日も一番になるって言ってましたよ、ね?」


 急に険悪な雰囲気の二人に話題を振られてビクッと体を揺らす雪乃。


「えっ? ……ア、ハイ」


 しかし、人見知りモードが発動してまともに話せなかった。


「しっかりしなさい、さっきの強気はどうしたの」


「ふーん、一番ね。二人とも随分とこの業界を舐めてるんだね。大体、赤羽ちゃんは、軽く流すって……私たちの為に一生懸命、作曲してくれた人やこの番組のスタッフ、それに出演するために尽力してくれた人達に申し訳ないと思わないの? その人達に恥じない様に全力を出して歌おうとも思わないの?」


「思いませんけど? あっ、そろそろ時間みたいですね。それじゃぁお互いてきとーに頑張りましょうね」


 言いたい事をいった赤羽ないかは雪乃と聖華の傍を離れていった。


「ふーん……そう言うタイプかー」


 去っていく赤羽を見ながら聖華が呟く。

 そして雪乃に向き直り、視線を向ける。


「え、えっと……」


「キミの曲は聞かせてもらったよー。リハーサルは忙しくて見てはいないけど、それは有沢ちゃんも同じで私のリハもみてないよね? まぁ、今日は全力で頑張りなよ」


「わ、私は……負けません。視聴者投票でも一番を取ります。どうしても聴いて欲しい人がいるから……私を選んでよかったって思って欲しいから、だから、私が勝ちます、私の方が良かったって思わせます」


 目をそらしたい衝動にかられながらも、なんとか強い決意のこもった瞳で聖華を見つめ返す。

 一歩も引かない、雪乃には本気を出す理由があるから。


「そっか……私も今日だけは特にカッコいい所をみせたいんだ。だから、お互い正々堂々と勝負だね」


 聖華は雪乃に手を差し出し不敵に笑った。

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