第21話 勿体ない

 俺はあの日から千鶴が路上ライブを止めてしまった理由、そして約束した日に来れなかった事などを聞いた。


「ゆう……じゃなくって、小田君、今更になってしまいますが本当にすみませんでした」


「気にしないでいいよ。雛田さんには事情があったんだし。それに、事故や事件に巻き込まれた訳じゃなくて本当によかった。曲も今から聴かせてくれるんだろ?」


「はい、ご心配をおかけしました。私、あれから頑張っていっぱい練習しました。小田君の曲は私にとって特別です」


「ありがとう、よかったらピアノは俺が弾いてもいいかな? 雛田さんのギターに合わせるから」


「いいんですか? 小田君と一緒に演奏できるなら嬉しいです」


 もちろん、と俺は答えてピアノの椅子に腰かける。少しだけ高さを調整して千鶴に視線を送ると彼女の方も準備が出来たようで軽く頷いた。……のだが、急に彼女は頬を染めて目をそらした。


「えっと、どうかした?」


「すみません、その……なんだか部屋で二人きりで見つめ合っていたら照れ臭くなってしまいまして……」


 そう言われると俺の方も気恥しくなってくる。


「そ、そうだな。でも、雛田さんは凄い美人だから中学の頃とかモテたんじゃないか?」


「そんな事ないです、中学は私立の女子校でしたから……本当は男性慣れしていないので私のお話とかつまらなくないか心配なくらいで……」


「そうなんだ。俺は雛田さんと話すの凄い楽しいよ。それに男性慣れしてなくて逆に安心したかも……なんて」


 俺は照れ笑い気味に自分の気持ちを正直に話す。


「安心ですか? も、もしかして、それは男性慣れしてない私を小田くんが自分色に染めたいとか、そう言う事なんのでしょうか、そ、それは、ひょっとすると、私もチャンスと言いますか、希望を持っても良いという事なのでしょうか……いえ、むしろ小田くんが望んでいるなら私もやぶさかではないと言いますか、望むところなのですが、でも、もっとお互いを知ってから――」


「ひ、雛田さん……?」


「ひ、ひゃいっ!」


 ぶつぶつと呟くように喋っていた雛田を呼ぶと、彼女は顔を真っ赤にしながら背筋がピンとまっすぐ伸びた。その様子が面白くて思わず笑ってしまう。


「わ、私何か可笑しかったですか?」


「ごめん、普段はお淑やかでしっかり者の雛田さんでもテンパる事もあるんだって思ったら可笑しくて」


「そ、それは私にだってありますよ。気になる男の子と一緒なんだからしょうがないじゃないですか」


 気になる男の子か……。

 それは言っていい単語なのか? まぁ、先ほどのブツブツもすべて聞こえていたので今更だけれど。千鶴も言ってから自分で気が付いたのか顔を真っ赤にしてアワアワとしだした。


「い、今のは違くて、その、気になるのは確かなんですけど! 違うって言うか! あーでも、違わないって言うか!」


 今日一日だけでだいぶ彼女の印象が変わってしまった。

 それはもちろん、悪い方向にではなくだ。学校での雛田は美人で目立つが、物静かで心に芯のある女性と言うイメージだったが今の雛田も可愛らしく自然体でいいと思う。


「ありがとう。俺も雛田さんは気になる女の子だから一緒だよ。もっと雛田さんの事を教えてよ、どんな音楽が好きとか、どんな演奏をするのかとかも」


「は、はい……私ももっと小田くんを知りたいです。だから一緒に演奏しましょう」


「うん、それじゃぁ、いくよ。せーのっ」


 俺の掛け声により二人の演奏が始まる。

 その瞬間世界に二人しかいないような錯覚すら覚える。


 二人だけの音楽が部屋を満たしていく。



 演奏を終えて雛田とお互いに楽しく感想を言い合う。


「すごいね、雛田さん。ギターも上手だった」


「小田くんもピアノ上手なんですね。はぁー、それにやっぱり、二人で演奏すると楽しいですね」


「そうだね」


 千鶴と一緒に演奏したことで一層俺たちの仲が深まった様に感じる。一緒に演奏した一体感からだろうか。


「あ、あの、小田くん。私のこと、名前で……千鶴って呼んでくれませんか?」


「えっ? 分かった。じゃぁ、代わりに俺の事も勇気って呼んでよ」


「勇気……くん」


「千鶴……さん?」


 俺は首を傾げながら千鶴の名前を呼んだ。


「何で疑問系なんですか。それに呼び捨てでいいですよ」


「いや、ごめん。今まで雛田さんって呼んでたから、さんを付けた方がいいのかと思って……」


「呼び捨てがいいです。勇気くんにはそう呼んでほしいです」


「分かったよ千鶴。あのさ、聞いてもいいかな?」


 俺は千鶴に聞きたい事があった。

 それはどうして歌手になるのを諦めてしまったのかと言う事だ。


「さっき、家族から反対されて歌手になるのを諦めたって言ったけど本当?」


「はい……」


 俺は千鶴の答えにすごく勿体ないと思った。

 先ほど一緒に演奏した曲はかなり難しい曲だった。それでも、それを歌いこなし、ギターまでひいて見せた千鶴の努力が垣間見えたからだ。

 それに、このまま千鶴の才能が埋もれてしまうなんてもったいない。彼女は有沢雪乃と同等の才能を持っている。


 ――何か、別の方法はないだろうか……。


 俺は必死に思考を巡らし一つだけ思いつく。


「千鶴……この曲をネットに、動画投稿サイトにアップしてみないか?」

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