第22話 レコーディング

 千鶴の歌をネットにアップしないかと言う俺の発言に千鶴は目を瞬かせて驚く。


「その……さっきの千鶴の歌すごくよかった。だから、ネットにアップしたら人気出ると思う」


「この曲をネットにあげてもいいんですか?」


「俺は……千鶴、キミさえ良ければ載せたいって思ってるんだけれど、どうかな?」


「ぜひ……ぜひやってみたいですっ!」


 千鶴は俺の提案に飛びついた。


「でも、本当にいいんですか? 私が歌っても……この楽曲ならプロの作曲家と比べても……ううん、それすら上回っているくらいの曲なのに。有名な歌手に渡せばそれこそ……」


「それは千鶴の為の曲だから千鶴以外なんて考えられない」


 俺がそう言うと千鶴は少しだけ安心した表情を浮かべる。

 もしかして、誰かに曲を取られるかもとか考えていたのだろうか。


「でも、俺は動画投稿については素人みたいな物だから、一から調べながらになるけどいいかな?」


「大丈夫です、曲は良いとしてイラストとか、写真も必要でしょうか?」


「写真はともかくイラストか……」


「まぁ、メインは曲なので、そのあたりは拘らなくていいと思いますけど」


「そうだね、なんならフリーの画像を借りようか」


 そう言って千鶴と俺は頷きあう。


「アップするには新規のアカウントが必要ですね。知名度ゼロからのスタートなので、どれだけの人に聞いてもらえるかも分かりませんが」


「ゼロか……それでも、初めは皆ゼロからなんだ。気にしないでいこう。そういえば、千鶴は動画投稿サイトに歌をアップした事ないの?」


「はい、その興味はあるんですけれど勇気がでなくて……」


「そうか、じゃぁ、本当に俺たちの初めての動画になるね」


「その! こ、これからよろしくお願いします、勇気くん……」


 そう言って千鶴は俺に手を差し出してきた。


「あぁ、よろしく」


 俺はその手を取って二人で無言で握手をする。

 何となく千鶴の手を離しにくくてしばらく握ったままだった。

 千鶴が俺の目を見てニコリと微笑んだので俺も笑顔を返す。

 それがしばらく続いて、何方からともなく吹き出してしまう。


「ふふっ、私たち何やってるんでしょうね」


「本当にな。千鶴の手、小さいな」


「逆に勇気くんの手は大きいですね」


 千鶴と手の大きさを比べてから互いの手を離す。

 手を離すがもったいない気もしたけれど仕方がない。


 手を離すとそんな事を考えている俺とは違い、千鶴は真剣な表情をする。


「私、一生懸命歌います、歌いますけど……私のせいで人気が出なかったらすみません」


「もし人気が出なくても気にする事ないよ。半分は俺の責任だ。でも、そしたらまた次の曲を頑張ろう」


「次……次も私に曲を作ってくれますか?」


「もちろん、千鶴さえ良ければ何度だって」


「勇気くん……」


 数秒俺と千鶴は見つめ合うが俺は、少し恥ずかしくなり視線は少し外した。


 なんだろう、この付き合いたてのカップルみたいな雰囲気は。でも、嫌じゃない。

 もう一度、千鶴をチラリとみて気恥しくなり目を背けた、それでも、再び、彼女を見ると千鶴の方も同じような感じで目が合った。それが可笑しくて二人で笑い合う。

 

「……千鶴、俺の曲、千鶴に歌ってほしい」


 千鶴はその目を一瞬だけ見開いたあと、その綺麗な瞳をキラキラさせる。

 そして、真っすぐに俺を見つめて言った。


「私も勇気くんの曲を歌いたいです」



 その頃、雪乃はCDのレコーディングの為にレコーディングスタジオに来ていた。

 収録曲はオーディションで雪乃が歌ったものと、新曲の二曲だ。

 そのどちらも作曲はノーネームが担当している。


 そして、雪乃はレコーディングするためにマイクの前に立つ。

 スタッフが雪乃に合図を送り、曲が流れ始める。

 そして、それを聞いていた人々は一瞬で曲に引き込まれる。


「すごい……」


 それは、雪乃レコーディングをガラス越しから見学する、スタッフの呟きだった。

 しかし、誰が漏らした呟きなのかは分からない。何故ならここにいる全員が同じ気持ちだったからだ。


 ディレクターは雪乃の歌を聴きながら冷や汗を流す。

 ――これが、噂のNoname先生の楽曲か? 冗談だろ……。俺は神が作曲したって言ても信じるぞ。だが、やはりオーディションの曲でも思ったが楽曲が強すぎる……誰が歌っても売れそうだ。有沢雪乃自身は良くもないが、悪くもない……いや、楽曲の力で分かり難いが歌唱力は低い。それなのに、この人を妙に惹きつける歌声はなんだ? これは下手にダメ出ししないで本人の自由に歌わせた方が良さそうだな。


「~♪」


 スタッフのほとんどが雪乃の楽曲の虜になるのに時間はかからなかった。



 無事にレコーディングが終了し雪乃は息をゆっくりと吐き出した。


「あの、上手くできたと思うのですがどうでしたか?」


 その問いにスタッフが応える。


「あぁ、バッチリだったよ!」


 雪乃は今の自分の全てを出し切れたことに安堵する。


「いや、驚いたよ。素晴らしい歌声だった」


 雪乃の歌をスタッフ全員が拍手をしながら称える。


「本当に素晴らしかったわ、雪乃!」


 雪乃の所属プロダクションの社長である音無も感動のあまり涙を流し何度も頷きながら言う。

 雪乃はそんな皆の反応に嬉しそうに笑うのだった。


 しかし、そんな雪乃達をディレクターは見ながら考える。

 ――これなら週間どころか、月間売り上げランキングも貰ったようなものだな。この楽曲に、いったい一体誰が太刀打ちできるって言うんだ。

 有沢雪乃……。確かに伸びしろはありそうだ。オーディションの時よりも歌も上手くなっている事からも努力が伺える。しかし、少なくとも今はこの楽曲に相応しいとは言えないな。それこそ歌姫やトップアイドルと呼ばれる彼女達にこそ、この楽曲を渡した方が……いや、それは俺程度が考える事ではないか。

 だがもし仮に、有沢雪乃があの魅力的な歌声でトップ層並の歌唱力の手に入れたなら……その時は間違いなくトップアイドルになっているだろう。

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