第19話 Reveal a secret

 祝勝会から数日後。

 この前、入学式をしたばかりだと思ったが既に6月になっておりクラスの雰囲気も大分落ち着いている。

 教室に入るとクラスメートが挨拶をしてくれるので、それに軽く答えながら自分の席に座る。


 自分の席に鞄を置いて、隣の席をチラリとみるがその席に本来いる筈の少女、有沢雪乃の姿はない。


「おはようございます、小田君」


 突如、そんな俺に声をかけてくれたのは同じクラスで有沢雪乃とも仲良しである雛田千鶴だ。

 彼女は仕事で学校を休む雪乃の為にノートを二冊用意していたりする心優しい人だ。あと、可愛い。


「おはよう、雛田さん」


「有沢さん、今日はお仕事で休みみたいですよ」


 どうやら千鶴は俺が雪乃の席を見ていたことに気が付いていた様だ。


「そうだね……きっと、これからもっと忙しくなるよ、いい事なんだろうけど少し寂しいよな」


「そうですね、でも、私は小田君を独占できて少し得した気分です」


 雛田はそう言って曇りなく笑う。

 そんな彼女の様子に少しだけ照れてしまう。


「なんだよ、独占って……。そう言えば、有沢さんのデビュー曲が決まったんだっけ」


 雪乃のオーディションの楽曲に続き、デビュー曲も俺が担当する事になった。

 彼女がまた俺の曲を歌ってくれると思うと嬉しさと楽しみと言う気持ちで一杯になる。


「はい、昨日少し電話でお話したんですけどお元気そうでしたよ。それにデビュー曲ではなく、オーディションで歌った曲も車のCMで使われることも決まったと、とても嬉しそうでした」


「そうか、それはすごいね。でも、CMに使われるって話をここで俺にしてよかったの?」


「はい、大丈夫ですよ、その辺も確認済みです」


「そうなんだ」


「本当にすごいですよね、有沢さんの曲ってまだフルでは配信前なのにネットとかで既に話題になってるんです。ショートバージョンが動画投稿サイトにあるのですけど、世界にはまだこんな音楽があるなんてと、感動しちゃいました」


 千鶴は目をキラキラさせてとても興奮した様子だ。

 

「そっか、誰かを感動させられる音楽か……」


「小田君?」


「ごめん、ちょっと俺も音楽で感動した時の事を思い出しちゃって」


「そうなんですね、それで……話は変わるのですが、今日の放課後小田君にご予定はありますか?」


 千鶴は視線を斜め下に向け、人差し指で自分の髪の毛を遊びながら、やや顔を赤らめている。

 やっぱり千鶴はすごい美人で可愛い。


「放課後か……特に予定はないかな。もしかして、デートのお誘いかな?」


 俺は冗談半分で千鶴にそんな言葉を投げかかる。


「は、はい……有沢さんの代わりにはなれないですけれど。私と、デートは嫌ですか……?」


 千鶴は顔を真っ赤にさせて、その透き通った瞳を不安に揺らしながらも真っすぐ俺を見つめた。

 彼女の様な美少女に見つめられ動揺してしまう。


「あ、いや、嫌じゃない……です」


「ほ、本当ですかっ?! えっと、では放課後約束ですよ。一人で帰っちゃダメですからね」


 そう言うと彼女は嬉しそうに綺麗で長い髪を揺らしながら自分の席に戻っていった。

 小さく鼻歌まで歌っていたのは聞かなかったことにした。


 それにしても、初めて女子からデートに誘われたなぁ。自分の顔が赤くなってないか不安になる。

 でも、千鶴はどういう意図で俺をデートに誘ったのだろうか? なんか勘違いしてしまいそうだ……。


◇ ◇ ◇


 放課後、俺は雛田千鶴と一緒に下校していた。

 しかし、千鶴の足取りは重く元気のない物だった。

 その理由が――。


「すみません、小田君。私がお財布を落としてしまったせいで……買い物デートする予定でしたのに」


「気にしないで大丈夫だよ。それよりお財布が早く見つかるといいな。警察の人も見つかったら電話くれるって言ってたしきっとすぐに見つかるさ」


「はい、お財布はしょうがないとしても折角のデートだったのに……」


 どうやら彼女は俺とのデートを楽しみにしてくれていたらしい。

 今朝、あんな顔を真っ赤にしながら誘ってくれたのになんだか少し可哀そうな気がした。

 なんとか、千鶴を元気づける方法はないものか。


「この後どうしようか。カラオケでも行く? あっ、もちろん俺のおごりで」


「いえ、あまり小田君にお金を使わせるのも悪いですから……。そうだ、私のうちに来ませんか?」


 千鶴の発言に思わず彼女の瞳を真っすぐに見つめてしまう。


「雛田さんの家?」


「はい、お家デートってやつです。お金も使わないしダメですか?」


「えっと、ダメじゃないです……けど、雛田さんはいいの? その、俺なんかを家に招待して……」


「もちろん、小田くんの事は信頼していますから」


「あはは……その信頼を裏切らないように頑張るよ」


 俺が彼女の瞳を真っすぐ見つめながら微笑むと、彼女も嬉しそうに微笑み返してくれた。


「はい。それと今日は使用人しか家に居ませんから安心してください」


 ……使用人ってなんだろう。


「あっ、うん、じゃぁ雛田さんの家にお邪魔させてもらうよ」


「はい。えっと、小田君、これって一応デートでいいんですよね?」


「うん、俺はそのつもりだけれど?」


 俺がそう言うと彼女は左手を差し出してきた。


「手……繋いでもいいですか? デートなので、その……家の近くまででいいですから」


 彼女は俺から目線を外して少しだけ照れている様子だった。

 なんだか、先ほどまでは余裕があるといった雰囲気だった彼女の意外な一面が微笑ましくて思わず笑ってしまう。


「もちろん」


 俺はそう言って彼女の手をそっと握った。


「……私もっと小田くんと仲良くなりたいです。だから今日はデートよろしくお願いしますね」


 彼女の笑顔はとても眩しい。


◇ ◇ ◇


 千鶴の家は名家だとは聞いていたが、とても大きな敷地を持った家だった。

 大きな門をくぐり、千鶴の家の使用人さん達に出迎えられて、玄関に入り千鶴の部屋に案内してもらう。


 千鶴の部屋は女の子らしい綺麗な部屋だった。ぬいぐるみや机の上にノートパソコン、部屋の隅にピアノ、ギターなど明らかに音楽をやっている形跡があった。


「……なんだか男の子が自分の部屋にいるってなんだか不思議な感じですね」


 千鶴ははにかんだ様子でそう言う。

 しかし、俺は千鶴のそんな言葉など殆ど聞いていなくて、ギターの方に近づいてそっと触れ千鶴に尋ねる。


「ギター……やってるの?」


「はい、ギターだけはもう何年も。私は……歌手を目指していたので」


「歌手? 目指してたって事は……」


 そんな俺の言葉に千鶴は苦笑いを浮かべる。


「はい、諦めちゃいました。路上ライブとかやっていたんですけれど人気は全然でなくって。それに家族にも反対されていたので」


「……路上ライブ」


 千鶴の言葉に一人の少女が思い浮かぶ。

 数カ月前、まだ俺が中学生の頃に作曲した曲を渡した少女がいた。歌を聴かせてくれる約束をしたが約束の日に彼女が現れる事は無かった。そして、楽譜を渡してから彼女の姿を見ていない、楽譜を渡した時あんなに嬉しそうだった彼女が何故約束の日に現れなかったのか未だに分からないが、事故とか事件とか何もなければいいけれど……。


「小田くん……一曲だけ聴いてくれませんか?」


 千鶴はそっと俺に向かって手を伸ばした、俺はその手にギターを渡す。


「あぁ、ぜひ聴かせて欲しいな、雛田さんの曲を」


 千鶴はギターを手に取りワンフレーズだけメロディーを紡いで、にこりと笑って俺を見た。


 俺はその曲に、その歌声に動けなくなる。

 だって、その曲は俺があの子に、ストリートライブをしていた少女にあげた曲だったから……。


「私の事覚えていてくれていますか? ……約束を破った私を恨んでいるかもしれませんね」


 千鶴は表情は笑顔のままだが、不安と緊張でその体は震えていた。


「お久しぶり……と言うべきなんでしょうか勇気くん。ずっと黙っていて申し訳ありませんでした」


「雛田さん、キミは……」


「私、小田くんともっと仲良くなりたいって言いましたよね。もしかしたら嫌われてしまうかもしれませんが……それでも、私がずっと秘密にしてきた事を打ち明けます。……私は一度、小田くんとの大切な約束を破りました。でもどうか、私にあの日の約束の歌を……もう一度だけ歌うチャンスをくれませんか?」


 そう言って雛田千鶴は深く頭を下げた。

 俺の頭はその時なって漸く千鶴が路上ライブの少女だという事を理解し始めるのだった。

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