第15話 最下位

 あの後すぐに、音無が戻ってきて三人のにらみ合いは収まった。

 雪乃とないかはその後控室に移動して準備を整える。


 そして、数分後にオーディション番組が始まるとスタッフに呼ばれスタジオに入るのだった。


 小田勇気 side


『さぁ、皆さん二カ月という長い間お待たせしました。新人アイドルオーディションの決勝をやってきますよー。そして、今日は特別ゲストとして作曲家の小田京子先生に来ていただいています』


『どうも、今日は宜しく頼むよ』


『小田先生はこれまでに数々の名曲を生み出してきた――』


 司会者と母さんのオープニングトークがテレビから流れる。

 自分の母親がテレビに映っているのは不思議な感覚だけれど、今日のオーディションを俺はずっと楽しみにしていた。


『さぁ、それではフリー楽曲審査スタートです。審査員はスタジオに来ているお客様の皆さんです。投票はお手元のリモコンで! それでは、さっそく一人目いってみましょう。まずは、現在の順位が8位の有沢雪乃さんからです。それでは有沢さんスタンバイお願いします!』


 テレビの画面に雪乃が映る。

 なんだかテレビで応援している俺の方が緊張してしまう。


 大丈夫だ、あれだけ一生懸命練習していたんだ。

 雪乃なら絶対に上手く歌える。


「頑張れ……」


 俺は固唾をのんで見守った。



 そして、雪乃はステージに立つ。


 その様子を見ている、同じスタジオにいる赤羽ないかは雪乃の事を完全に見下していた。

 雪乃が歌うしょぼい曲を聞いて、自尊心を満足させようと考えていた。


「さぁ、有沢さんの準備が出来たようです! それでは歌って頂きましょう!」


 司会者の言葉が終わるとすぐに、曲のイントロが流れた。たったそれだけでスタジオにいる観客も出演者も一瞬で曲に聴き入り惹きつけられる。

 その曲は、赤羽ないかが――いや、スタジオにいる誰もが今まで生きてきて聞いたことがないほどに独創的で心に響くメロディであった。


「な、なによこれ……」


 赤羽ないかの唖然とした声が思わず漏れたがそれを聞く者はいなかった。

 何故なら、他のオーディション出場者も同じような感じだったからだ。


「この曲は……」


 ただ、番組コメンテーターで作曲家である小田京子は別のある事に驚いていた。


 イントロが終わり曲の歌い出しにさしかかる。

 そして、ついにその時がやって来た。


「~♪」

 

 雪乃の透き通る綺麗な歌声がスタジオ内を満たしていく。


 それを聞いていた人々は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 特に、雪乃の事を見下していた赤羽ないかは寒気すら覚えるほどだった。


 ――なによこれ?! 最下位がこんなレベルの歌を……やめてよ。だいたい、この楽曲は何なのよ。無名の作曲家じゃなかったの?! こんな鳥肌が立つようなメロディ聴いたこともない……。


 赤羽ないかの心は驚きで一杯になり、次の瞬間には醜い嫉妬心に染まる。


 ――こんな曲の後に私達は歌う事になるの……冗談じゃないわ! いい笑いものじゃない! 絶対に比較される。ネットで何書かれるか分かったもんじゃないわ! オーディションに合格するのは私なのに! 三人の作曲家が作った中で一番いい曲を選んだのに、それでも私の歌う楽曲では相手にもならない、この曲を私の物にしたい……。私も、私にもあんな楽曲があれば――。


 赤羽ないかは親指の爪をかんで雪乃を睨みつける。

 そして、赤羽ないかとは別の出場者である現在7位の女の子は顔色を悪くしていた。

 ――私、こんな子の次に歌うの? 嘘でしょ? この子、この前と別人じゃない。それだけ努力してきたって事なの……? でも、それにしても歌唱力が……ううん、歌だけじゃないダンス一つでも以前とは比べ物にならない。曲が、楽曲がこの子の力を引き出しているんだ……。




 曲が終了し雪乃は息をゆっくりと吐き出しカメラに向かってお辞儀をした。


「あ、ありがとうございました……!」


 そう言った雪乃にすぐさま司会者が応える。


「凄い……ほ、本当に凄い歌唱でした! 歌は苦手との事でしたが今日は全然そんな感じはしませんでしたね! それにダンスも素晴らしかったです。見ているこちらまで明るい気持ちになれるいいダンスでした」


 雪乃は司会者にお礼を言いつつ、今の自分の全てを出し切れたことに安堵する。


「いや、驚いたよ。素晴らしいパフォーマンスだった」


 小田は拍手をしながら雪乃を称え、何度も頷きながら満足そうにしている。


「有沢雪乃さんの曲を作曲したのはノーネーム先生という事ですが、匿名の方でしょうか?」


 司会者の問いには小田が応える。


「いや、おそらくアマチュアではないだろうか? 少なくとも、私の知る限りのプロでこんな曲を作曲できる人物はいないよ。ノーネーム先生の今後の活躍に期待せざるおえないね」


「アマチュアですか! すごいですね、私の中では名曲クラスでしたよ。おっと、スタジオに来てくれた視聴者とスタジオ審査員の審査の得点が出たようです。有沢さんの得点はなんと……視聴者得点45/50点、審査員47/50点の合計92点です!! これは凄い! 高得点だっ!!」


 司会者の言葉に会場が沸く。


「いい曲と歌声だった」

「もっと聞いていたい」

「雪乃ちゃん最高ー!!」

「もっと歌ってー」

 そんな声がスタジオからあがる。


 雪乃は安心した表情を一瞬浮かべた後、どこを見てるか分からない、あのぎこちない笑顔を浮かべながら観客に手を振り自分の席へと戻っていった。

 そして、その後も番組は進行していく。


 7位の女の子は泣きそうになりながらも楽曲を披露したが、ポイントは伸びずに合計点数51/100点だった。

 その後も番組は続いていったが誰も雪乃のポイントを抜くことは出来なかった。

 そして最後の1位だった赤羽ないかも77/100ポイントを獲得して番組はエンディングを迎える。


 このオーディションで優勝したのは有沢雪乃、まさに奇跡の……いや、あれだけのパフォーマンスを披露したのだ。必然と呼ぶべき逆転勝利だった。

 のちにこの番組の話でネットの掲示板は大盛り上がりをするのだがそれは別の話。



 番組放送終了後、赤羽ないかは声をあげた。


「どうして……どうして私が優勝するはずだったのに……運よく、そう、運だけでいい曲に、たまたま恵まれただけのあんたが優勝しちゃうのよ!」


 ないかは雪乃に詰め寄る。

 しかし、そんな赤羽ないかに反論したのは雪乃ではなく、最初に7位の女の子で、最終的に8位になった子だった


「恵まれたんじゃないよ……。彼女はその楽曲を勝ち取ったんだ」


「勝ち取った?! なにそれ? 勝ち取ったって何? 笑わせないでよ。少なくとも実力ならニヵ月前に1位だった私の方が上じゃない?! なら恵まれたか、運で貰えた以外ありえないじゃない」


「……そうだね、確かに実力は私たちの方が今は上。だけど将来は分からない」


「なにそれ?! 私たちが――私が将来性で負けてると言いたいの?!」


「少なくてもその曲の作曲者はそう考えたんだと思う」


「嘘よ! でたらめ言わないで! 私達が負けてた所なんて楽曲だけ、それ以外ないわ!」


「でも……私には分かったんだもん、彼女の才能が……。それに楽曲の所為だけで負けたわけじゃない。私の努力と才能が足りなかっただけ、私は私が負けた理由を楽曲を提供してくれた先生の責任だけにはしたくない」


「いい子ちゃんぶらないでよ! じゃぁ、アンタは楽曲の力は関係なかったって言いたい訳?!」


「ううん、悔しいけど……赤羽さんの言う事も分かる。楽曲が有沢さんの力を実力以上に引き上げていたのも本当の事……」


「そうよ! あの曲が私のだったら優勝は私だった! いいえ、誰が歌っても歌った人が優勝したに違いないわ。だって……それくらい、凄い曲だった」


「でも、選ばれたのは……あの楽曲に選ばれたのが有沢さんだった」


「なによ選ばれたって……だいたい、前回のオーディションで敗退してたのに無理やり決勝に進んで、ずるじゃない!」


「ずる……うん、そうだね、ずるいよね。でもきっと、Noname先生は二カ月前のオーディションを見てたんだよ。そして、アイドル生命をかけてまでこのオーディションに臨んだ有沢さんを選んだんだ。きっと有沢さん以外だったらこんなすごい楽曲を提供してくれなかった。……運もなかったとは言わない、けどそれだけで選ばれた訳じゃない。それは赤羽さんも本当は分かってるでしょ?」


「なっ、そんなこと――っ! 納得……納得できないのよ……」


 赤羽ないかは力なく俯き言葉を紡げなくなる。

 そんな少女たちに作曲家の小田が声をかける。


「芸能界は弱肉強食。そして、今日の勝者は間違いなく有沢くんだ。だけど、キミたちはこれからなんだ、だからそんな顔をするな」


 小田の言葉にオーディションの参加者たち落ち着きを取り戻す。そして、悔しそうにスタジオを後にした。

 小田は残された雪乃に向き合う。


「さて、有沢くん。少々騒ぎになってしまったが優勝そして、アイドルデビューおめでとう。一つだけ聞かせてくれ、キミはアイドルの頂点を目指すかい?」


「そ、それは……もちろん、です」


 小田の射抜くような強い視線にも、そこだけは堂々と小田の目をみて応える雪乃。


「そうか……まぁ、このオーディションで優勝したんだ、きっと近いうちに彼女達に会う事になる」


「か、彼女達?」


「アイドル四天王と呼ばれている、4人のトップアイドルさ。そのうちの一人、星野聖華ほしのせいかは私が今は・・作曲を担当しているアイドルでね。きっと彼女はキミのいい刺激になるはずさ」


「そ、そうなんですね……で、でも関係ありません」


「ふむ、関係ないか……」


「わ、私は相手が誰だろうと私が一番だって……しょ、証明するだけです……今日のように」


 その雪乃の挑発的な言葉と、小田と視線を合わせないようにしている裏腹な態度が心底おかしくて思わず笑ってしまう小田。


「ふふっ……。今回の事だけで随分と天狗になったものだ。だが、今日は逆に勉強させてもらったよ、アイドルは楽曲や歌だけが全てじゃない……全てじゃないと思っていたが、一つの突き抜けたが全てを覆すこともあるとね」


 そう言って、小田は雪乃の右肩にポンとすれ違いざまに手を置き、言葉を続ける。


「覚えておきなさい、キミの地力はこのオーディション参加者の中では間違いなく最下位だったと」


「――っ!」


 雪乃は咄嗟に小田の手を払いのけて、睨みつけた。

 しかし、その瞳には怯えが混ざっている。


「すまないね、少し意地悪し過ぎた様だ。さて、私はそろそろ失礼させてもらうよ」


 そう言い残し、小田はスタジオを後にした。

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