第14話 バカにしないで

 とうとう有沢雪乃は決勝オーディションの日を迎え、テレビスタジオには雪乃の所属している事務所の社長である音無が同行してくれていた。


「雪乃、とうとうこの日が来たわね。いっぱい練習してきたし、あとはもう当たって砕けるくらいの気持ちでいくわよ」


「社長、砕けちゃダメですよ……」


「そうね、でもあれだけ練習したし楽曲と雪乃の歌声の相性も最高にいい。絶対に合格できるわっ!」


 そして二人がスタジオの中に入っていくと入口付近で一人の女性が雪乃と音無に気が付いた様で近づいてきた。

 雪乃にはその人物が誰かは分からなかったが音無は面識があるようで挨拶をしていた。


「ご無沙汰してます、小田先生」


「こうやって会うのは久しぶりですね、音無社長。この前はお力になれずに申し訳ない」 


 小田先生と呼ばれた、40歳前後の女性は音無と雪乃に頭を下げた。

 小田と言う苗字に雪乃はクラスメートの少年を一瞬だけ思い浮かべたがすぐに頭の隅に追いやる。


「いえいえ、小田先生には作曲家の方達を何人も紹介していただいて、本当に感謝しています」


「そうですか、それより、そっちの子が?」


「はい、私の事務所に所属している有沢雪乃です。雪乃、この方は小田先生といって有名な作曲家の先生なのよ」


「アッ、ハイ、お、お小田先生のお名前は存じ上げています……」


 雪乃は人見知りモードに入る。

 必要最低限以外の事は喋らず音無と小田の会話を聞くことに専念する。


「ありがとう、今日のオーディション頑張って」


「ありがとうございます先生。それで先生は何故今日ここに?」


「聞かされてないかい? 今日は私はコメンテーターとして呼ばれていてね」


 二人が話し込んでいると、ちょうど他のオーディションを受ける女の子たちもスタジオにやってくる。


「いけない、雪乃、私は挨拶と手続きをしてくるから。小田先生、それでは失礼します」


「えっ?」


 音無は頭を下げて駆け足で立ち去ってしまった。

 雪乃は音無についていくタイミングを逃し、いきなり小田と二人にされてしまいどうしたらいいか分からなくなり戸惑ってしまう。


「雪乃くんといったね、キミの曲が決まって本当によかった。キミが今日のオーディションで挽回できることを願っているよ」


「あ、ありがとうございます。で、でも、大丈夫です、自信あるので……え、えへっ」


 雪乃はいつものぎこちない愛想笑いを返す。


「そうか……それは楽しみだな」


 それ以降会話が続かず気まずい沈黙がしばらく続く。どうしていいか分からない、雪乃にとっては地獄の様な時間だ。

 しかし、そんな二人に声をかけるものがいた。


「あら、こんなスタジオの入口でなにをしていらっしゃるの? 私たちには控室が用意されているんだからそこに行った方がいいわよ」


 雪乃が声のした方に視線を向けると一人の少女とそのマネージャーと思われる女性が立っていた。

 雪乃はその少女の方に見覚えがあった、それは雪乃が出場するオーディションで現在、一位の少女だったからだ。


「あ、貴女はたしか、赤羽ないか……さん?」


 雪乃がそう尋ねると少女は当然と言った感じで答える。


「えぇ、そうよ。貴女は……有沢さんだったかしら。貴女も無茶するわね、アイドル生命をかけてまで私がいるオーディションに挑むなんて。それで貴女、楽曲は貰えたのかしら?」


「え、は、はい……な、なんとか――」


「えぇっ、本当に貰えたの?! ……ごめんなさい、少し驚いたわ。でも楽曲を提供する人がいるなんて……」


「そ、そうですね……幸運でした」


「幸運……なのかしら? まぁ、でもよかったわね楽曲を用意できて。まともな作曲家が担当してくれるなんて思えないけど」


 その言葉は雪乃にとって聞き捨てならない物だった。


「そ、そんな事ないです! 最高の作曲家さんが見つかったので……ご、ご心配なく……」


「そうなの? 信じられないわ。貴女のような弱小プロダクションとそのアイドル候補生を相手にしてくれる作曲家なんて……。もしかして、無名の新人かアマチュアでしょう? そんな人が作ったしょうもない曲でオーディションを受ける羽目になるなんて同情するわ」


「――っ!! そんなことない! Noname先生の楽曲は本当にすごい。だから、馬鹿にしないで」


 雪乃がここまで強く怒ったのは人生で初めてだったかもしれない。


「なに? ノーネーム? それが作曲者の名前なの? あははっ、変なのー」 


「……きょ、曲を聞いたら、わ、笑っていられなくなりますよ」


「あら、怖いわ……。まぁでも、お互い頑張りましょうね。まぁ、デビューするのは大手プロダクション所属の私に決まってるでしょうけれど」


「それは、どうだろうね。私はまだ安心するには早いと思うが?」


 今まで黙って聞いていた小田が声をあげた。


「あら? 誰ですか貴女は。この子のマネージャーさんかしら?」


「私は小田京子、作曲家だよ」


「作曲家ねー、貴女がノーネームさんて方なのかしら? と言うか小田京子って何処かで聞いたような……」


「違うね、でも、有沢くんはなにやら自信があるようだからね。今日は案外思い寄らないような奇跡が起こるかもしれない」


「へぇ、そんな事が起きたら面白いですわね。有沢さんはここから逆転できると本気で思っているの?」


「も、もちろん。わ、私は、私が一番って証明するんです」


「ほぅ、言うね」


「へぇ、最下位が随分大口をたたくわね」


 三人の間に見えない火花が散っているようだった。

 そんな三人を遠巻きに見る番組スタッフ達は早く出演者の楽屋に行ってくれることを切に願っていた。

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