第13話 メイド服とやる気

 学校行事の勉強合宿も無事終わり数日がたった。

 今、俺は自室にあるパソコンで学校の課題をこなしている。


「うぃーす、トップアイドルの聖華お姉ちゃんがメイド服で遊びにきたぞー」


 そう言って俺の部屋にドアをノックもせずに入ってきたのは幼馴染の星野聖華。

 今はもう夕方で、もうすぐ暗くなる時間帯だが家が近所で家族同然の付き合いがある聖華にそんな事は関係ない。


「うーっす、聖華さんちーっす。なんでメイド服なんすか? あとノックしてくださーい」


 俺はパソコンのモニターから目を離さず聖華に答える。


MVミュージックビデオの撮影で使った衣装だよ。でも、勇気くん好きでしょ? メイド服のお姉さん」


「何のことっすかー?」


 話しながらもカタカタとキーボードを打ち込み課題をやる手は止めない。


「えぇ、誤魔化さなくていいよー。パソコンのフォルダーにメイド服お姉さんのコレクションまであるくせにー」


 俺はその時初めて聖華の方を向いた。

 そして、笑顔で彼女に問いかける。


「何で知ってる?」


「えっ、本当にあったの?」


 どうやら、カマをかけたようだった。

 俺は再びモニターに視線を目にやり課題をこなしていく。


「もう、怒るなよー。ほら、可愛いでしょ? どお? 似合う?」


 聖華は俺の近くまでやってきてメイド服のスカートの端をつまんで見事な淑女の礼、カーテシーをする。

 俺は大きくため息をつきながら、課題をする手を止めて頭を抱え呻いた。


「うぅ、止めてくれ、可愛いから……可愛すぎて好きになっちまう」


「えっ?! 本当に? 恋人にしたくなった?」


 俺はすぐに顔を上げて真顔で言う。


「それは無い」


「何でだよ?! まぁ……でも、せっかくだから写真撮っていいよ」


 そう言いながらクネクネと体をくねらせポーズを決める聖華。

 まだカメラを構えてないんですけど?


「ネットには載せないでねー。あと、ローアングルも禁止。でも、少しならいいよ」


「あっ、それは大丈夫っす」


 俺たちは少しの間だけ写真撮影会を楽しんだ。


「それにしても、よくそんな服貸してくれたな」


「新曲のMVの撮影終わった後に勝手に着て帰ってきた」


「……それ大丈夫なの?」


「分からない。けど勇気くんに見せたかったんだもん」


 きっとマネージャーさんは怒られてるだろな。


「そういえば、勉強合宿行ったんだって? ちゃんと勇気くんグループに入れたの? 友達少なそうだから聖華お姉ちゃんは心配してたんだよ」


 俺はスマホに保存したメイド服の聖華の画像を確認しながら答える。


「心配しなくていいぞー。普通に可愛い女子二人と組んでもらえたから」


「えぇ?! 女子?! お姉ちゃん聞いてないよそんな話!」


 そう言うと聖華はむくれてしまった。


「でも、やっぱりメイド服の似合う聖華お姉ちゃんが一番最高だよなー(棒」


「えっ? そ、そう? 特別にパンツみる?」


 昔から少し褒めると聖華のご機嫌は治るのでとても扱いやすい。


「それはいいや、一切興味ないし」


「興味もてやっ!」


◇ ◇ ◇


「という訳で、今日はこれ持ってきましたー! はい、どーん!」


 机に叩きつけるように置かれたのは一冊の本だった。

 タイトルは『すきすき大ちゅき♡お姉ちゃんメイドハーレム』だった。

 何だ、このみりょ……頭の悪そうな本は。


「この本がどうした……?」


「あっ、間違えた。本当はこっちです! はい、どーん!」


 今度は口調とは裏腹に丁寧に机に置いた。それは一枚のCDだった。


「お姉ちゃんの新曲です!」


 俺はラノベを一端横においてから、CDをPCのドライブにセットして曲を再生する。


「どおかな?」


 聖華は少しだけ不安そうに聞いてくる。


「うん、曲全体も上手くまとまってるし、何より聞いてて心地いい……流石、母さんの曲だ」


「褒める所そこじゃねーだろ!」


 そう言って聖華は俺の頭を叩いた。


「大丈夫、間違いなく売れるよ。流石トップアイドルだな」


 そう言って聖華の頭をナデナデしてあげる。


「えへへっ、そっか。ならいいんだ。それじゃ、そのCDはお姉ちゃんからのプレゼントだからリピートして聴くんだよ」


「ちなみにこの曲のMVがメイド服って事でいいんだよな?」


「そうだよ、ネットにそのうち上がると思うから再生してね」


 そう言うと聖華は満足そうに帰っていった。


 誰も居なくなった部屋で深くため息をつき、聖華が置いていったCD……ではなく、本を手に取る。

 ――今夜は徹夜で読書決定だな。


🔶 🔶 🔶


 一方、決勝オーディションを目前に控え有沢雪乃は焦っていた。


「~♪……ここでステップ――っ」


 何度練習してもサビの部分のダンスが上手くいかない。

 大きな鏡張りの部屋で一人黙々と、もう何時間も練習を繰り返していた。


「はぁはぁ……どうしてもステップが遅れる」


 雪乃は気を取り直して一度休憩を入れることにした、スポーツドリンクを一気に飲んでいると部屋のドアがノックされ雪乃の所属するプロダクションの社長である音無が入室してきた。


「雪乃、頑張ってるわね! もうすぐオーディションだしそれはそうよね。でも、あまり無茶はしちゃダメよ」


「大丈夫です、社長……私は絶対にオーディションで優勝しますから。それで何か用事ですか?」


「ううん、たいした事じゃないわ。ただ、この前雪乃の歌を録音した音源ファイルを名無し先生に送った返事のメールが来てただけよ」


 その言葉に雪乃はすぐに音無に詰め寄る。


「――っ! 大事じゃないですか! なんて?! なんて言ってました!?」


「ゆ、雪乃落ち着いて……。ほら、これよ」


 音無は雪乃に自身のスマホを鞄から取り出し画面を点灯させる。

 雪乃はスマホを奪い取るようにして、食い気味に画面をみるとそこにはNonameからのメールが表示されていた。


――――

From:Noname

To:******************

件名:契約書類と修正対応、並びに――


――――


 雪乃が途中まで読んだ所で音無にスマホを奪い取られる。


「ダメよ、雪乃には見せられない部分もあるから私が代わりに読むからそれで我慢して!」


 音無に本気で怒られ反省する雪乃。


「ごめんなさい……」


「分かってくれればいいの。それじゃいいかしら? 読み上げるわ。『僕の楽曲を僕が想像する以上に魅力的に歌い上げてくれていて感動しました。それを彼女の才能……と一言で片づけてしまうのは失礼ですね。僕の楽曲に真剣に向き合ってくれている有沢さんの姿勢と努力を感じ嬉しく思います。近々行われるオーディションでは必ず彼女なら逆転優勝できると僕は確信しております。そして、それが間違いではなかったと彼女なら証明してくれることでしょう。それでは、彼女に伝えて欲しい事を短いですが言伝をお願いします。『気負う必要はない、ただキミが一番だと証明してきなさい。キミなら出来る』以上です。ps、音無社長がどうしても聞いておきたいと仰っておりました僕の交際相手の有無ですが今現在おりません。しかし、これは楽曲と何の関係が――』あら? ちょっと読み過ぎたわ」


 音無の言葉を聞いた雪乃は身をかがめ体を震わせる。


「くぅ~~~~~っ、やる気が、凄くやる気が出ました!」


「ふふっ、一気に元気百倍ね」


「先生が私が一番だって! それに信じるじゃなくて確信してるって!!」


「分かったから落ち着きなさい雪乃」


「絶対逆転しますっ! でも、社長、私への言伝だけじゃなくて結構呼んでくれたんですね」


「あら? 余計なお世話だったかしら?」


 雪乃は音無にサムズアップをする。


「ううん、ありがとう! 今日中にダンスも歌も完璧にします」


 そして、ダンスと歌の練習に打ち込む雪乃。


「優勝して落ちこぼれだった私とは決別するんだ……」

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