第12話 認められたいから
フライングディスクで遊んだ後に、お昼ご飯を雪乃と千鶴の三人で作ったり、勉強したりまた遊んだりしながら楽しく一日を過ごした。
そして俺は夕飯を終えてから男子が就寝するコテージを抜け出しジュースを買いに行っていた。
「あれ? 小田くん、こんな時間に何処かに行くんですか?」
そう俺に話しかけてきたのは千鶴だった。
「ちょっと飲み物を買いに行くだけだよ。千鶴の方こそどうしたの?」
千鶴は少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「それが、お風呂に行こうとしたら有沢さんがどこかに行ったきり部屋に返ってこないんです」
「有沢さんが? 俺も一緒に探してもいい?」
「はい、もちろんです。宿泊する施設内は探したんですが……おそらく森林公園かと。あそこは少し薄暗いので小田くんがいると安心します。一緒にお願いできますか?」
俺は千鶴の言葉に頷き二人で森林公園の方を探しに行ってみる。
5分ほど歩いて森林公園の広場に近づくと歌声が聞こえてきた。そして、さらに近づくと街灯の下でダンスを踊っている人影を見つけた。
「有沢さんっ!」
千鶴が雪乃を見つけて駆け出したので俺もそれを追いかける。
「っ?! ひ、雛田……さん、どうしたの?」
千鶴が近くに駆け寄ると、雪乃は付けていたイヤホンを片方だけ外す。
俺たちは雪乃を見つけて胸を撫で下ろすが、そんな俺たちの心配をよそに雪乃は理解していない様子だった。
「もうお風呂の時間ですよ、それにこんな暗い所に一人で危ないじゃないですか」
「す、すいません、でも今日は歌とダンスの練習が出来なかったから……」
「オーディションの曲の練習してたのか……やるのは良いけどせめて、雛田さんには一言ぐらい言ってから練習に来ればよかったのに。心配してたんだよ」
「ほ、本当にごめんなさい。で、でも、もうオーディションまで時間が無くて……焦って……ます、はい」
「反省してるならいいんだ。……曲が難しいのか?」
「ち、違います! そ、そうじゃないけど……。も、もっと上手く歌ったり踊ったりできるようになりたくて……」
「だからって……今日、一日くらい休んだって平気ですよ。有沢さんはいつも頑張ってるじゃないですか」
千鶴が雪乃の手を取って諭す様に言い聞かせる。
「で、でも、完璧以上に完璧にしたい……と、いいますか」
雪乃は少しだけしょんぼりとそう言った。
「どうしてそこまで……」
「あ、アイドル生命がかかってるのもそうですけど、それ以上に、わ、私に曲をくれた人に認めてほしくて」
雪乃の言葉に心臓が大きく跳ねた。
「作曲者に?」
「わ、私みたいな弱小プロダクションのしかも、が、崖っぷちのデビュー前のアイドル候補生にこんなすごい楽曲を提供してくれた人に私に『曲をあげてよかった』と思って欲しくて……。だ、だから中途半端は出来ません」
「俺は……その人はきっと有沢さんに曲を上げたことを後悔するような人じゃないと思う」
「そ、そうですよね、そうかも……です。お、小田、くん、すみません」
「ごめんなさい、有沢さん。今日の昼間も練習したかったでしょうに私が無理に遊びに誘ったから……」
千鶴は雪乃にそう言って頭を下げた。
「ひ、雛田さんは悪くない、です! わ、私も二人と遊べて楽しかったし……。練習したいのは私の我儘……なので」
「ならさ、明日の自由時間は歌とダンスの練習に当てようか。俺と雛田さんが観客で。いいだろ?」
雪乃は戸惑いから僅かに瞳を揺らす。
「そ、それだと二人の大切な時間が……」
「明日一日くらいならどうってことないです。それに三人の方が楽しいですよ」
「そうそう、有沢さんの歌とダンスにも興味あるしね」
俺と千鶴は笑みを浮かべ、雪乃は申し訳なさそうにする。
「それじゃ、今日はもう帰ろう。明日の朝から練習開始な」
「朝からですか?」
「有沢さんの事だからどうせ朝練もするんだろ? やるならとことん付き合うよ」
「……お、小田くんはエスパー?」
◇ ◇ ◇
そして、次の日の早朝。
「~♪」
雪乃は歌いながらダンスをしていた。
俺と千鶴はそれを見守っている。
「有沢さん、笑っていますね」
「そうだね。普段と違って笑顔が自然だ。それに――」
すごく楽しそうに歌っている。その言葉は口に出さなかった。
俺はわずかに目を見開く、彼女の姿があまりにも煌いて見えたからだ。
技術面はまだまだなのに、彼女の歌声はどうしてこんなにも俺を惹きつけるのだろう。まるで太陽のように輝き元気をくれる歌声に魅了される。
ダンスだってこんなに楽しそうに踊られたら見ているこっちまで楽しい気持ちになる。
「それに、なんですか?」
「いや、楽しくてしょうがないって気持ちが伝わってくるなって」
「そうですね。それにしても、この曲……すごくいい曲ですね」
千鶴は俺を見ずに雪乃に視線を向けたままそう呟いた。
俺はそれにそうだねと返事をする。
雪乃は俺が思った以上に曲を魅力的に歌ってくれている。
これなら本当にオーディションも逆転できるかもしれない。
「本当にすごい。この曲も――」
「――えっ?」
千鶴が小さく呟いたその一言、その言葉は途中で途切れた。
しかし、俺は驚いて千鶴に視線を向けてしまう。
そんな俺に千鶴も気づいたようで慌てて笑顔を作っていた。
俺の心臓の音はドキドキと大きく鳴るばかり。千鶴は確かに『この曲も』と言った。
まるでこの曲に匹敵する別の曲を知っているかのように。
「雛田さんは……あれと似た曲を知っているの?」
俺は動揺を悟られない様に千鶴に問いかける。
「えっと、知っていると言うか……えっと……」
千鶴の視線が右へ左へと流れ、しばらく言いよどんでいると雪乃の曲が終了する。
「はぁはぁ――。い、一曲通すだけで体力が限界……です」
「お、お疲れ様です!」
千鶴はそう言って雪乃の傍にタオルとドリンクをもって駆け寄っていってしまった。
「サビ……サビのステップのタイミングが少し遅れて。もっと練習しないと……」
雪乃は真剣な様子で自己分析をする。
「で、でも、逆を言えばそれ以外は凄くよかったですよ!」
そう言いつつも千鶴は気まずそうにチラチラと俺に視線をおくる。
「あ、ありがとうございます。す、少しだけ休憩したらまた最初から通しでやってみます……」
きっと、千鶴は聞いても答えてくれないだろう。
俺が雪乃に提供した楽曲は間違いなく俺の作曲した中でも傑作レベルのものだ。
もしそれと同等もしくはそれ以上の曲が存在するなら、俺は絶対にそれを聴いてみたいと強く思った。
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