第16話 キミがノーネームなのかい?

小田勇気(主人公) side


 今日の公開オーディションは雪乃の逆転優勝で彼女のアイドルデビューが決定した。

 彼女はきっとこれからどんどん成長して、凄いアイドルになる。

 そんな彼女のデビュー曲も作曲したいけれど、その辺はどうなんだろうか。


 なんとなく雪乃の姿を思い浮かべていたら急に俺が前世で作曲した曲を引きたくなった。


 ピアノのある部屋に移動して鍵盤に手を置く。

 もし、彼女、有沢雪乃に次に歌って欲しい曲はと聞かれたら間違いなくこの曲だ。


 俺は目を閉じてピアノに集中する。彼女を考えながら演奏すると指が軽く感じる。軽快な旋律が部屋を満たすように溢れ出した。



 演奏が終わると軽く息を吐く。


 ぱちぱちぱち――。


 突然背後から拍手が聞こえてきて、驚いて振り向くと母さんが立っていた。


「素晴らしい曲と演奏だった」


「母さん、帰ってきてたんだ。おかえり」


「ただいま、勇気。……やっぱり今からでも音楽学校に編入しないかい?」


「突然なんだよ、母さん……高校は今通ってる所でいいって決めただろ」


「そうだね、そうだったね……。ところで、今の曲も勇気のオリジナルかい?」


 母さんの質問に頷きながらピアノを鍵盤を軽く撫でる。


「そうか。勇気、キミには作曲者として大きな翼があると昔から言っていたが……何故、それほどの翼を持ちながら飛ぶのを怖がっていたんだい・・・・・?」


「別に怖がってなんかいないよ……」


 作曲家やピアニストになる、ならないの話は子供の頃から何度もしてきた。

 母さんの言葉の言い回しに少し疑問を抱きながらも、俺としてはあまり触れられたくない話題だったので思わず母さんから目をそらしてしまう。


「そうだね……勇気。キミは昔から聡い子だった。自分が周りに与えてしまう影響を分かっていたのかもしれない。それなのに、どうして今になって表舞台に立とうと思ったのか不思議に思ってしまってね」


「何の話?」


「……ノーネームって作曲家だけれどキミだったりしないか?」


 突然母さんからノーネームの名前が出てきてドキッとして母さんの顔をまじまじと見てしまう。

 今日の雪乃の楽曲を聞いただけで、母さんはノーネームが俺だと分かったのだろうか。


「別に……怒ってる訳じゃないよ。そう、やっぱり。あれだけの曲を作曲出来る天才なんて勇気以外にいる訳ないと思った」


 母さんには俺の前世の曲を子供の頃から何度も聴かせてしまっている、どうやら俺がノーネームだと確信してしまってるようで今更誤魔化す訳にもいかなくなった。


「俺は天才なんかじゃない、凡才だよ」


「昔から何度このやり取りをした事か。いいかい? 勇気。キミは間違いなく天才だよ、私が保証する。けど、あれだけ私が言っても頑なに作曲家になるのを嫌がっていたのに急にどうしたんだい? どうして彼女だった?」


 母さんは純粋な興味で聞いてくる。


「別に……偶々だよ。たまたま同じクラスで困ってそうだから手を貸しただけ」


「そうか、でも勇気の曲、今ネットですごい騒ぎになっているよ」


「俺の? 有沢さんの曲の間違いでしょ」


「そうだね、けれどキミが作曲した曲だ。そして、今回は作曲者にも注目が集まっている様だよ。ノーネームは誰だってね。あれだけの名曲だ、当然と言えば当然さ。まぁ、ネットの話はいいとして、勇気、母さんは今すごく嬉しいよ」


 嬉しいと言った母さんの表情は嬉しさと同時に心配が入り混じっている様にも見えた。


「キミは作曲家としての一歩を踏み出した。勇気の曲は沢山の人にいい影響を沢山与えるだろう。キミの音楽は今まで音楽に興味のなかった人ですら惹きつける魅力を持っている。そして、今日の有沢くんのように勇気の楽曲で輝きたいと思う人も大勢いるだろう。そういう人たちに影響を与え、夢を与えられるのは素敵な事だと思う」


「そう……かな」


 俺の曲が他のたくさんの人にいい影響を与えると言ってもらえて素直に嬉しい。


「あぁ、勇気の曲を沢山の子達が欲するだろう。それを聞いた人々も君の曲を望むようになる。もしかしたら、勇気……キミの曲だけを望む声で世界は溢れかえるかもしれない。それだけの影響力が君の楽曲にはあると私は考えている。勇気……もう一度だけ聞かせてくれ、何故有沢くんだった」


「……母さん、分かったよ。さっきは偶々何て言ったけれど、本当は有沢さんを選んだのは偶々なんかじゃないんだ。ニヵ月前、彼女の歌声を聞いた俺にはすぐに分かった、彼女にはすごい才能があるって……」


「才能ね……たしかに将来性はあるだろう。だけど、今の彼女の実力が楽曲に見合ってるかと言われると、少々……いや、大分実力も実績も不足していると感じたが?」


「今はね、でも、きっとすぐに追いつく……ううん、追い越すよ。彼女は努力家だからね。それに実績が無いのは俺も同じさ」


「勇気……」


「それとね、俺は有沢さんを通して試したかったんだ」


「試す?」


「俺の作曲家としての将来性をね」


「ほう……将来性ね、それはまた難しい試みだ。既に高いレベルにいるのに将来性とは……。勇気は意外と貪欲だね」


「そうでもないよ、単純に彼女と一緒に成長していきたいと思えたから彼女の曲を書いた、それだけだよ」


「そうか……共に成長したいか。しかし彼女、有沢くんは……今日キミの楽曲で実力以上に力をだして少し増長していたよ。彼女にあまり肩入れしすぎないほうがいいのではないかい?」


「有沢さんが?」


 いつもの自信がなさげな彼女からは想像がつかないな。


「あぁ、まぁ少しいさめておいたが。……あまり言いたくはないが勇気の楽曲は有沢くんのような新人ではなく、もっと相応しい人に渡すべきだと私は考える」


「相応しい人か……。作曲家として実績がない俺に相応しい人って誰かいる?」


「それは……だが、私に相談してくれていれば紹介する事はできた。そして勇気の曲なら有名な歌手やアイドルだって――」


「ありがとう、母さん。母さんが俺を思ってくれているのは分かるし、嬉しい。けど、俺は有沢さんを選ぶよ」


「そうか……すまない。出過ぎた事を言ったね。それと有沢くんは私にいったよ。トップアイドルになるつもりだとね。……勇気、キミはどうだい? プロの作曲家としてやっていく覚悟はあるかい?」


「うん、あるよ。俺も彼女に相応しい作曲家になりたい。だから、俺もプロの作曲家になる。そして、今日あらためて、有沢さんの歌声を聴いて俺は彼女とこの先も音楽をやってみたいと思った。多くの人々に俺の音楽を聴かせて世界の音楽をいい方向に変えていきたい」


「そうか……勇気は少し変わったね。自分を凡才と言うわりには言葉の端々に以前には無かった自信を感じる。正直に言うと世界の音楽を変えるとまで言えてしまう勇気が少し怖い。それが出来てしまいそうな所もね」


 きっと今のは母さんの本音なのだろう。

 母さんは俺を優しくそっと抱きしめてくれる。


「母親の癖にキミの才能に醜くも嫉妬してしまい、同時にそこまでの才能がなかった自分が悔しい……すまない、勇気。作曲家としても母親としても不甲斐ない私を許してくれ」


 俺も母さんの背中に手を回して抱きしめる。


「ううん、そんな事ないよ母さん。……俺、頑張ってみるよ作曲家として、母さんが言ったように沢山の人に夢や希望を与えられる、そんな作曲家になれるように」


「あぁ……頑張りなさい。全く、中々飛び立たない手のかかる子だと思ったが、いざ飛び立つとなるとやはり寂しいものだな。そして高く遠くまで行ってしまう。……勇気、やるなら全力でやりなさい、そしてもし何かあれば私を頼ってくれ。親としても作曲家としても勇気の力になると約束しよう」


「ありがとう母さん。やっぱり、母さんは作曲家としても母親としても俺が知る限り最高の人だよ」


 そう言って俺たちは笑い合った。

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