第9話 清々しい朝は騒がしく

 有沢雪乃に楽曲を提供した翌日の事。朝日がカーテンの隙間から差し込み、チュンチュンと小鳥のさえずりさえ聞こえる清々しい朝だった。


 俺は布団の中でとてもいい香りと、抱き心地の良いなにかと掌に感じる柔らかな感触を楽しみながら微睡んでいた。

 そのあまりの心地よさに掌を何度か開いたり閉じたりしながらその感触を楽しむ。


 ――気持ちいいし、何か落ち着く……でも、なんだろうこれ……。


 その気持ちよい物体をより感じたくて自分の体へと近づける。


「あんっ――」


 その瞬間、俺以外の誰かの声がした。

 ――ん? 今女性のような声が聞こえた気がするが、何だ?


 そう思いながら薄っすらと目を開けると、女性と思われる長い髪が見えた。

 そして俺は自分がその髪の長い女性に思い切り抱き着いている事に気付く。


「――はっ?!」


 俺は慌てて布団から飛び起きた。しかし、あまりに驚きすぎてベッドからゴンと言う音を立てながら転がり落ちてしまう。


「ぐぇっ、痛った??!!! えぇ!!?」


 変な声を漏らしながらも、視線を右へ左へ移して自分の部屋にいるかを確認する。

 そこはやはり普段見慣れた自分の部屋であり、ますます訳が分からなくて混乱する。


「な、何してんの……?!」


 俺がその少女に声をかけると少女はムクリとベッドから起き上がりお腹を押さえながら俺をみて声をあげて笑い出した。


「あははっ、勇気くんビックリしすぎ! 可笑しいー、おかしすぎてお腹痛くなっちゃうよ。あはははっ!!」


 俺のベッドの上で笑い転げる少女にムッとした表情で抗議する。


「聖華、何してるんだよ!?」


 俺が怒っているのを知ってか知らずか、二重のぱっちりとした目の端に涙を浮かべて心底おかしいと言った雰囲気だ。少女の名前は星野聖華ほしのせいか。16歳で俺の1つ年上の少女だ。


「何って添い寝だよ。勇気くんもやっぱり男の子だね。笑い過ぎて涙が出て来ちゃった」


「添い寝って、聖華……仮にもお前はアイドルだろ」


 俺の言葉に少しだけ不服そうに頬を膨らませる聖華。


「仮にって酷いなー、ちゃんとしたアイドルですよ? しかもトップアイドル!」


 そう彼女は、今の芸能界でトップアイドルと言われている少女なのだ。

 彼女は俺の母さんが作曲を担当して、家も近所に住んでいる。所謂、幼なじみと言うやつだ。


「もしかして、大切な息子が反応しちゃった? 溜まってるってやつなのかなぁ?」

 

 そう言いながらいやらしい目つきで俺を見つめる聖華。

 思わず、一瞬だけ自分の下半身に視線を向けて確認してしまうが視線をすぐに外す。


「変な冗談は止めてくれ……心臓に悪い」


「くふふっ。でも、トップアイドルの添い寝なんてファンなら泣いて喜ぶでしょ」


「ファンならな、俺は聖華のファンじゃないから」


 俺の言葉にますます頬を膨らませて抗議する聖華。


「ぶー、私で童貞捨てたくせに!」


「なんの童貞?! 俺は清いままだが?!」


「そんなの添い寝童貞にきまってるじゃん」


 この人、アホなんだ。

 ステータスを見た目と歌とダンスのセンスに極振りして賢さのステータスに振れなかった奴だ。


「添い寝童貞なら子供の時に母さんで捨てたわ」


「やだっ! この子気持ち悪い……」


「いや、普通のことだから?!」


 俺はゆっくりと立ち上がりながら聖華に軽くチョップをかました。


「あいたっ! もう、さっき布団の中で鼻息荒くしながら聖華お姉ちゃんちゅき♡ ちゅき♡ て、言いながら私のおっぱい揉みしだいたくせに」


「気持ち悪い捏造コメントありがとう」


「揉んだことは否定しないんだ。感想を要求します」


「最高でした――これで満足か?」


「もう、久しぶりに幼馴染のお姉ちゃんが遊びに来たのに酷いな」


「ふーん、じゃもう帰って貰っていいですか?」


「対応が冷たすぎない?! いや、折角私が最近勇気くんがどうしてるか気になって来たんじゃない。もうちょっと構ってよー」


 聖華は頬を膨らませながら訴えてくる。


「それで、最近はどうしてるの? まだ作曲とかしてるの?」


「まぁ、趣味程度にはやってるよ」


「ふーん、どんな曲か聴かせてよ」


「嫌だ、まだ人に聴かせられるレベルじゃないんで」


「もう昔からそればかりじゃん! 一度も勇気くんの曲聴いたことない! いい曲だったら私が歌ってあげてもいいよ?」


「上から目線のコメント有難う。お帰りはあちらです」


 そう言って俺は部屋のドアを指さした。


「もう、ツンデレですね勇気くんは、チューしてあげますよ。ほら、ぺろぺろぺろぺろ……っ」


 聖華はそう言いながらベロを出したり引っ込めたりしながら迫ってくる。


「気持ち悪いからやめい!」


 俺は聖華のほぺっを軽く引っぱたく。


「あぶっ!!」


 そう言いながら聖華は布団に倒れこんだ。

 そんな感じでふざけ合っていると部屋のドアがノックされ母さんがドアを開けて入ってくる。


「お二人さん、変なことしてないでそろそろ学校に行く時間だ」


「先生! 勇気くんが私の純情を弄んだんです」


「聖華くんが勇気を大好きなのは分かるが、余り攻めすぎると嫌われてしまうよ」


「それは困ります。そしたら勇気くんと結婚して先生と家族になれません」


「お前は、母さん狙いで俺に迫るの止めろ」


「でも……勇気くんのお嫁さんになりたいのは本当だよ」


 聖華は恥ずかしそうに体をクネラセて俺を上目遣いで見つめてくる。


「えっ、ヤダ。気持ちわるい……」


「お、おま、お前ふざけんな――っ! おっぱい揉んだ責任とらせるぞ、コラァ?!」


 そう言って聖華が俺を追いかけてくるので俺は自分の部屋からリビングへ逃げ出すのだった。

 そんな俺たちを見て母さんは頭を押さえていた。


「全く、朝から賑やかすぎるなキミたちは……」



 朝に騒ぎすぎてかなり疲れたな。ちなみに、聖華は別の学校なので登校の途中で別れた。

 家ではあんな感じだが女子校に通う聖華は学校では高嶺の花らしい、うちの学校でもたまに彼女の噂を聞いたが絶対に別人だろと言いたくなるようなモノばかりだ。


 俺が教室に行くと有沢雪乃と雛田千鶴が既に楽しそうに談笑していた。

 俺は自分の席に鞄をおいてから二人に挨拶をする。


「おはよ、二人とも」


「っ?! ……あっ、小田くん。おはようございます……」


 昨日のことがあって少しだけ気まずい。早く謝りたいな。


「おはようございます。聞いてください、小田君。有沢さんのオーディションの曲が決まったそうなんです」


 千鶴は、まるで自分の事の様に嬉しそうに有沢のデビュー曲が決まった事を教えてくれた。

 それは、俺が雪乃の事務所に送った曲なのだがそこは黙っておく。

 最近、暗い表情が多かった雪乃も今日は明るい表情を浮かべており心の底から良かったと思う。


「そうなんだ、よかった。有沢さんおめでとう。……それと、昨日の昼休みは無神経な事を言ってごめん」


「あ、頭を上げてください。全然気にしてませんから。それに小田君の言う通りでした。私を応援してくれる人はまだちゃんといました」


 雪乃のほがらかな様子から嬉しい気持ちが伝わってくる。

 彼女のそんな様子を見ると俺も嬉しくなる。


「昨日何かあったんですか?」


 千鶴が首を傾げて俺と雪乃に尋ねる。


「ちょっとね……。それより、どんな曲なのか教えてよ?」


 俺は雪乃ではなく、千鶴にあえて聞いてみた。


「私も、今どんな曲なのか有沢さんにお聞きしていた所なんです」


「そうなんだ、ならちょうどいいタイミングで来た感じだね」


「は、はい……。わ、私の曲は、ゆ、有名な人が作ってくれた訳じゃないんですけど……ほ、本当の本当にいい曲で……。い、一度聞いただけですごく気に入って、な、何度も聴いて……ます」


 俺以外を含む会話になると途端にこんな調子になってしまう雪乃だが、つっかえながらも懸命に説明してくれる。

 どうやら雪乃もあの曲を気に入ってくれたようだ、よかった。


「そんなにいい曲なんですね。よかったですね! オーディションは優勝出来そうですか?」


「ぜ、絶対逆転して、アイドルになります」


 雪乃の言葉に俺と千鶴は思ずおぉっと声をあげてしまう。

 彼女には珍しく強気な言葉だ。


「その意気です有沢さん。私たちも一生懸命応援します。ね、小田君」


「あぁ、有沢さんの声は凄く綺麗だから絶対巻き返せるよ」


「きょ、曲に負けない様に一生懸命歌い、ます!」


 そう言って彼女は胸の前で両手の拳を握って気合十分と言った感じだ。

 俺と千鶴がそんな雪乃をみてほっこりしていると雪乃も自然と笑顔を浮かべた。

 その笑顔はいつもの彼女はぎこちない笑顔ではなく、本来のとても素敵な笑顔だった。

 普段そんなに素直に笑わない彼女の笑顔に胸がドキっとした。

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