第7話 取り戻したモノ

 結局あの昼休みの後、雪乃と話をする事はなく何となくモヤモヤした思いを抱えながら帰宅した。


「ただいま」


「おかえり、勇気」


 俺が帰宅すると丁度母さんが家を出るところだったらしく玄関で鉢合わせする。


「おや、ずいぶん酷い顔をしているね? 学校で何かあったのかい?」


 母さんは俺の顔を一目見ただけで何かを察してしまう。


「別に……たいした事では、無くはないか。ちょっと友達に酷い事を言って泣かせてしまっただけだよ」


「そうか、喧嘩……ではなさそうだね。どうして、勇気はそんな事を言ってしまったんだい?」


 どうして? どうして俺はあの時『楽曲があれば勝てる?』と問いかけてしまったのだろう。

 自分でも無神経すぎる発言だったと思う。

 きっと、あの発言は俺の心の弱さから言ってしまったんだ。雪乃がもし楽曲があれば勝てると言ってくれれば……その次は『なら、俺の作曲した曲でもいいか?』と続く筈だった。そうすれば雪乃がオーディションで負けた場合、楽曲があっても負けた雪乃の責任になるから。曲がなんでもいいなら、俺が安心するから。

 そう言った自分勝手な理由から俺は彼女を傷つける発言をしてしまった。心底自分の弱さと醜さに嫌になる。


「勇気……酷い事を言った言葉は戻せないが、まだ取り戻せるモノもある。後悔しているなら、もう一度向き合ってみなさい」


 母さんは俺の頭に手を置いて軽く撫でてくれた。

 まだ取り戻せるモノもあるか……。雪乃に謝るのはもちろんだけど、彼女は許してくるだろうか? もしかしたら、許してくれないかもしれない。それでも、俺はきっと誠心誠意謝るだろう。そして、出来れば頑張っている彼女を助けたい。彼女の逆境を覆すそのためにはプロの作曲家すら超える楽曲を彼女に贈る必要がある。俺の楽曲にそこまでの力があるかは分からない。でも、雪乃のための楽曲は既に作ってあり後は彼女にそれを渡すだけだ。

 だが、その前に俺には取り戻さなくてはならないモノがある事に気付いていた。それは、作曲家としてのプライドだ。 

 この先、俺がプロの作曲家になるなら、俺の曲でもいいではダメだ。俺は俺の曲じゃないとダメだと思わせるような作曲家になりたい。

 そして今になってようやく自分の本当の気持ちを理解した。

 ――俺はプロの作曲家になりたい。


「ありがとう、母さん。ちょっと久しぶりに頑張ってみるよ」


「あぁ、頑張りなさい。さて、私はもう行くよ」


 そう言って母さんは家を出ていく。

 母さんを見送った後、すぐにPCを立ち上げて雪乃の所属する音無プロダクションのホームページを見に行く。

 

「作曲家、作詞家大募集中……まだやってるな」

 

 期限は今日の夜までだ。夜中の0時までで募集が終了してしまう。

 結局送るか送らないか迷っていて期限ぎりぎりになってしまった。

 

「ここが俺の人生の分岐点か……」

 

 送った場合を考える。 

 有沢雪乃の為に作曲した楽曲は俺が作曲した中でもかなりいい出来だと自負している、この曲なら有沢雪乃の魅力をきっと十二分に引き出せるはずだ。

 俺のこの曲なら彼女の絶体絶命の運命を覆す切り札となりえる。


 逆に送らなかった場合。

 雪乃はこのままだと楽曲を用意できずに、歌を披露できないでオーディションに落ち、アイドルになる道が断たれる。そして俺もこの先、ずっと作曲家になる事はないだろう。

 こっちを選べばきっと、俺は一生後悔する事になるに決まっている。


 不意に雪乃の元気のない、あの表情が浮かんでくる。

 本当は追い詰められて不安な癖に無理に笑う表情も、感情を抑えられず思わず見せてしまっただろう泣き顔も、俺の言葉に元気が出たと言う嘘も、全部……全部嫌いだ。消してしまいたい。

 ――取り戻すんだ、作曲者としてのプライドを、覚悟を。俺の曲で彼女をトップアイドルにだってしてみせる。


『……やれよ、お前にはそれしか取り柄がないんだから』


 またノイズが走り頭を押さえる。

 最近よく、前世の断片的な記憶がフラッシュバックする。

 

「そうだよ……その通りだ」

 

 俺は彼女の力になりたい。作曲家として。

 そして、俺にとってもチャンスだ。

 

「俺はこの世界でも作曲家として生きていくんだ」

 

 引き出しから曲のデータが入ったusbメモリを取り出す。

 ――俺が彼女の力になる。


『……いいか、自分が凡才だってことは絶対に忘れるな』


 またノイズが走る、何時もの俺を小馬鹿にする声。

 いつもなら声が飛び飛びなのに今日ははっきりとその声が聞こえた。


「うるさい……覚悟はもう決めた。才能なんて関係ない、彼女がトップアイドルになるなら俺はそれに相応しい作曲家になるだけだ」


 目をつむってノイズが引き起こす頭痛が過ぎ去るのを待つ。 

 そして、しばらくしてから完成している楽譜に目を落とすと作詞、作曲の欄は未だに空欄だった事に気が付く。

 そこにキーボードを操作して入力する。

 

 作詞、作曲:No name。

 

 名前は要らない。前世で作曲家として生きた自分の名前も、今の自分の名前も、どちらか一方の名前なんて選びたくないから。

 そして、俺は曲と楽譜のデータを募集ページにアップロードする。

 この曲が彼女、有沢雪乃の、そして俺、小田勇気の翼になると信じて。

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