第6話 嘘

 雪乃と千鶴と三人で昼食を取った翌日からだろうか、雪乃はお昼休みになるとふらふらとした足取りで鞄を持って何処かへ行くようになった。そして昼休みが終わるギリギリの時間になると戻ってくる。

 そんな日々をもう何日も繰り返している。

 流石に少し心配になった俺は昼休みに彼女の後をつけることにした。


 雪乃は人気ひとけのない校舎裏へと向かい、そしてそこにある非常階段に腰かけて何やら鞄から本などを取り出して読み始めた。


「有沢さん」


 俺は雪乃に声をかけた。


「ひゃっ――」


 体をビクリと揺らし、持っていた本を落としてしまう。


「ごめん、大丈夫?」


 俺は雪乃の近くに歩み寄り、落ちた本を拾う。

 本を拾った時にタイトルが見えた。

 その本のタイトルは『誰にでもできる、初めての作曲』だった。


「な、なんだ小田くんか。ビックリしました。どうしたんですか? こんな所で」


 彼女はぎこちない笑顔を俺に向ける。


「有沢さんが最近昼休みになると何処かへ消えるからあとをつけてきたんだ」


「そうなんですか、どうしてそんな事を?」


「それは――」


 心配だったから。そう言えるほど俺と彼女は親しい間柄なのだろうか。

 出会ってまだ数週間だ。だから俺はその言葉を飲み込んだ。


「興味本位かな……。それより、その本だけど」


「あはは、見られちゃいました? 作曲の本です」


「どうして、そんな本を……」


「小田くんは私が次の決勝オーディションで優勝できないとアイドルになれないのは知っていますよね?」


 俺は黙って頷いた。


「その決勝オーディションで歌う楽曲が手に入らないんです。当然ですよね、私みたいな落ちこぼれに大切な楽曲を任せようと思う人なんているはずなかったんです。それなに、私は無理やり決勝にすすんで……本当にバカです」


 力ない笑顔でそう自白する。

 ここまで追い詰められても頑張っている少女の力になってあげられない、自分を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。 


「でも、それでも、私は諦めが悪くて誰も作ってくれないなら自分で作るしかないと思ったんです。けど……やっぱり難しいですね、作曲って」


「曲見せてよ……途中まででもいいからさ」


「えっ? 人にお見せできる出来では……」


「いいから」


 俺は強引に雪乃から楽譜を受け取る。

 そこには、拙いながらも一生懸命考えたと思われるメロディが書かれていた。

 確かに、幼稚だしお世辞にもいい曲とは言えない。だけど、それでも彼女の精一杯の曲だと伝わってきた。


「楽曲があれば、有沢さんは勝てる?」


 俺の言葉に雪乃は俯く。

 そして、膝の上に置いた握りこぶしが強く握られるのが分かった。

 彼女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「分かっています。私なんかが作った曲じゃ勝てない事くらい! でも、他にどうすれば良いんですか? 誰も楽曲を作ってくれないなら自分でやるしかないじゃないですか!」


「ごめん……意地悪な事を言った」


「……いえ、私こそ少し感情的になってしまいすみませんでした」


 彼女はそう言って制服の袖でごしごしと目元を擦る。


「でも、まだ楽曲の募集期間だろ? 有沢さんを応援してくれる凄い作曲家が現れるかもしれない」


「そんな人いるんでしょうか? 私を応援してくれる人だっているかどうか」


「少なくても俺は震えながらも頑張っている有沢さんを応援したいと思ったよ」


「慰めてくれてありがとうございます。でも、期待はしません……期待するとダメだった時につらくなります」


「有沢さん……」


 もう、これ以上彼女になんて声をかければいいか分からなくなってしまう。

 それでも何か言わなくては……。


「有沢雪乃っ!」


 俺の突然の大声に彼女は体をビクッと揺らして俯いていた顔を上げる。


「俺は――俺がっ!」


 言いたい言葉が出てこない。思わず、左手で自分の制服の胸元をぐしゃりと強く握りつぶす。

 本当なら俺が作曲家としてキミの力になると言いたかった。

 ――くそっ、言えよ! 言ってやれよ! 俺がキミの楽曲を作るって言って安心させてやれよ!

 けど、意気地のない俺にはどうしても言えなかった。それは何の実績もない俺が作曲すると言っても彼女を困らせるだけだと心の何処かでわかっていたからだ。


 なかなか言葉が続かない俺に雪乃は心配そうな視線を向ける。


「小田くん……?」


 そして代わりに俺の口から出てきた言葉は……。


「……楽曲は必ず見つかるよ」


 そんな、頼りない言葉だけだった。


「俺はそう信じてる、キミの物語がここで終わるはずないって。……これはキミのファンの言葉だから覚えておいて」


「小田くん……少し元気がでました。有難うございます」


 そう言って彼女はあのぎこちない笑顔で嘘を言った。

 あんな言葉で元気なんて出る筈がない。彼女にこんな嘘や顔をさせてしまう自分が堪らなく嫌になる。

 そのあと俺に出来たことはその場から逃げるように立ち去る事だけだった。

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