第5話 有沢雪乃と同族?
有沢雪乃の暗い表情を気にしながらも、それ以降特に学校でこれといった事は無く入学式とホームルームだけをやって今日は下校する事になった。
「ただいま」
「おかえり、勇気。せっかくの高校の入学式なのに参加できなくてすまなかった。それで学校はどうだった?」
家に帰ると母さんが出迎えてくれた。
「別に普通だよ。それより今から母さんの仕事部屋使っていい?」
俺が問いかけると母さんは少し驚いた顔をした。
「ほう、珍しいね。久しぶりにピアノでも弾きたくなったのかい?」
「まぁ、そんな感じ……」
曖昧にボカシておく、俺の母さんの仕事は作曲家だ。
主にクラシックなどの作曲をしているが、たまにアイドルや歌手などの曲も担当している。
「勇気はピアノやギターがすごく上手だからね、久しぶりに母さんにも聞かせておくれよ。いい刺激になるから」
「……ごめん、今日は一人でやりたい気分なんだ」
「そうか、残念だけど分かった。無理を言ったね」
母さんは優しい笑顔でそう言ったが、少しだけ罪悪感を感じた。
自分の部屋に行き机の引き出しからusbメモリと楽譜を取り出し母さんの仕事部屋へと移動する。
そして、前回の続きから曲を作成していく。
だが、曲が完成したら彼女のプロダクションに送ると決めたわけではない。ただ、何となく、有沢雪乃の暗い顔はあまり見たくないと思った。
◇
曲を作り始めて数日、学校にもクラスにも慣れてきた所で曲が完成した。
あとはこれを音無プロダクションへ送るかだけど……。
チラリと隣の席の有沢雪乃を見る。
あれから数日、彼女とは席が近いのでそれなりに話をするが、たまに見せる暗い表情から楽曲が用意できていない事が伺える。
それに、薄い化粧で隠しているが目の下にクマが出来ている事からも夜もあまり眠れていないのかもしれない。
楽曲は未発表の物でアイドル候補が歌うのだ、アイドルがオーディションに合格すればお金になるが有沢雪乃は現在最下位でデビュー出来る可能性は低く、プロは金にならない仕事はしないし、かといって最下位の雪乃が逆転する楽曲となるとアマには敷居が高いと言える。
大手プロダクションならプロの作曲家に依頼して楽曲を用意してもらうんだろうけれど、有沢雪乃の所属している音無プロダクションは弱小だ。あまり、お金を持っているとは思えない。
また、彼女は学校生活もあまりぱっとせずに友達も少なそうだ。まぁ、友達に関しては俺も人の事は言えないが。
彼女ほど容姿に優れていれば人気者になれそうなものだが、残念な事に間違いなく重度のコミュ障だと判明した。まだ、高校入学してたった数日なのに会話がまともに成立せず、彼女に話しかける者は少ない。
それはさて置き有沢雪乃は美少女なので、あの番組後にネットの掲示板を覗いてみた所、彼女の容姿を褒める書き込みが多かった。その性格には難ありだけど。
雪乃は現在、机に突っ伏して一人で頭を抱えて唸っている。
これは雪乃がたまにみせる謎行動の一つだ。一体何を考えて唸っているのか、少し気になる。
「どうした? 悩み事か」
俺が雪乃に話しかけると彼女は顔を素早く上げる。
「小田くん、友達ってどうやって作るんでしょうか? このままだと私たちボッチになっちゃいます……」
「……達とは? もしや、俺も入っているのかな?」
「え? はい」
どうやら俺は雪乃にボッチ仲間に認定されていたらしい。
「あのさ、前から気になってたんだけど。他の人と喋るとき凄い『お、おう』みたいな感じになるよな?」
「はい、凄い分かります! お互い人見知りだと苦労しますよね」
俺は噛まないが? それに人見知りでもない。
「でも、有沢さん、俺と話す時だけ普通だよな」
「そうですね、同族だから安心するんですかね?」
そう言って彼女は見せたこともないような自然な笑顔を浮かべる。
――この笑顔が皆に出来れば人気でるのにな……。
でもなんかすごい腹立つ。
そんな事を考えていると雛田千鶴が有沢雪乃の所にやってくる。
「有沢さん、一緒にお弁当食べませんか?」
「っ?! ひ、雛田……さん?!」
雪乃はアタフタとした後、千鶴に一瞬だけ視線を向け愛想笑いを浮かべた。
「あ、……あの、ど、どうして、こんなコミュ障の底辺オブ底辺な私達に、クラスカーストのトップオブトップが話しかけてくれるんでしょうか? あ、べ、別に深い意味はないんです。ただ、気になってしまって」
千鶴は雪乃にそう言われて少し驚いた表情をした。
そして、さりげなく彼女がコミュ障の底辺オブ底辺に俺を混ぜたことに気付いた。
「ごめんなさい、もしかしてご迷惑でしたか? でも、私は有沢さん達とお友達になりたいんです」
千鶴は真っすぐに雪乃を見つめながら答える。
「と、友達?! わ、私達とですか?」
「はい」
千鶴の言葉に雪乃はアタフタしたと手を大げさにバタバタさせたあと、視線を誰もいない横に向けながら言った。
「あ、う、嬉しい……です」
雪乃の言葉に千鶴はぱぁあっと明るい笑顔を浮かべる。
「友達になってくれて私も嬉しいです。それで、お昼をご一緒しませんか?」
雪乃はお願いしますと言った後に、俺に視線を向ける。
「あ、あの、小田くんも一緒にいいですか?」
「えっ?」
まさかの、雪乃の発言に眩暈がした。
何故俺を巻き込んだ。美少女二人で食べればいいものを。
大体の見当はつく、千鶴と二人で何を話せばいいか分からないから俺を巻き込んだな。
「いいですね、小田くんも一緒に食べましょう」
千鶴という綺麗系美少女と、雪乃という可愛い系コミュ障美少女の二人を相手に両手に花、なんて状態をすればこのクラスの男子から嫉妬を買い、ますます孤立する事になるのではないだろうか。
クラスメートの男子は雛田千鶴派か、有沢雪乃派に分かれている。まぁ、雪乃はコミュ障が露呈して人気が下火になっているが、千鶴の方はこの前、上級生に告白をされたらしい。噂だけれど。
そんな千鶴は有沢雪乃だけでなく、俺の事も気に掛けてくれているようで良く話しかけてくれる。
嬉しいが理由が分からないからなんか怖い。もしかして、千鶴も俺を雪乃の仲間だと思ってる? まさかね……。
雪乃にも声をかける男子がいたが彼女の方は緊張と人見知りのダブルコンボで会話になっていなかった。
「二人の迷惑じゃないならよろしく頼む」
結局断る理由も勇気もない俺は二人の誘いに乗らせてもらう。
「迷惑な訳ないですよ、ね、有沢さん?」
「アッ、ハイ……」
雪乃が片言だった気がするけど気にしない。誘っておいて実は嫌だったとかないよね?
気にしないでおこう……。
三人で近くの席をくっ付け鞄からお弁当を取り出す。
「小田君は普段、テレビは何をご覧になっているのですか?」
「テレビ? まぁ、色々だよ、たまにアニメとかも見るし……」
「アニメですか。何をご覧になってるかお聞きしても?」
「恥ずかしいから秘密……。有沢さんはアニメとか見る?」
千鶴の真っすぐな視線に気恥しくなる。そして、ついでに黙って黙々と食事を続けていた雪乃に話題を振ってやる。
「っ?! あ、アニメ……ですか? ぷ、プリティアが……」
「あぁ今、新シリーズやってるらしいね。有沢さんは声がいいから頑張れば声優とかも出来そうだね」
まぁ、その頑張る度合いがデカそうだけど、そこは黙っておく。
「そ、そうですか? え、えへっ。で、でも、アイドルとしてデビューできたらいつかはやってみたいなぁ……と。そ、そう言えば楽曲がまだ……オーディションで、なぜ……私はあんなことを……もう時間がないのに……」
有沢雪乃は少し嬉しそうにはにかんだ後、次の瞬間には頭を抱えて唸りだした。
やっぱり、アイドル生命まで掛けオーディションに挑んだ事を後悔していそうだ。
――力になってあげたいが……。
そんなこんなで昼休みは過ぎていく――。
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