第4話 隣の席の少女は

 昨夜作った音源データ(作りかけ)の入ったusbメモリと楽譜は未だ机の引き出しの中だ。

 あの時はただ勢いで彼女、有沢雪乃に合う曲を書き出しただけ。

 

 ただ、気になって何となく彼女の所属する音無プロダクションのホームページやsnsを見てみる。

 

「有沢雪乃のデビュー曲の作曲家、作詞家大募集か……期限は……あまり時間がないな」

 

 何となく覗いた、彼女の所属プロダクションでは彼女の決勝オーディションの曲の募集をしていた。

 番組内で自分で楽曲を用意する事になっているが果たしてどれ程の人数がいるのだろうか。

 あの番組では最下位だけれど、それでも彼女は諦めていなかった。

 それこそアイドル生命をかけて迄勝負に出た。


『才能がないと大変だな? 安心しろ無能。代わりにこの――』


 また、いつものノイズが再生される。

 

「うるさい……俺も学校行くか」

 

 季節は春、今年度から高校一年生になったのだ。

 

 

 教室に行くともう結構な人数が来ていて、俺は教室の前に張り出されてる自分の席を確認する。

 俺の席は一番前で窓際から二番目という微妙に嫌な席だった。 

 とりあえず、既に来ている隣の席の女子に挨拶をしてから席に着く。

 

「おはよ」

 

「……っ?!」


 俺が挨拶をするとその隣の席の子がビクッとする。

 とてもラッキーな事に隣の席の女の子は、ツーサイドアップのとても可愛い子だった。

 でも、返事がもらえないので無視されたかな? そう思い、机の横に鞄を引っ掛けた所でふと気付く。

 ――あれ? 何かこの子を見たことある気が……。


 思わずその少女を二度見してしまう。

 やや小柄でスリムな体形。真新しい制服が似合い、整った顔立ち。そして容姿だけでも十分人の目を惹きつける魅力を持つ少女。

 ――なんか見たことあると思ったらこの子、オーディションに出てた有沢雪乃だよな……。


 二度目の高校生活の隣人はアイドル志望の女の子だった。 

 思わず、息を飲んで数秒の間見つめてしまう。

 

「……す、すす、すみません、べ、別に無視した訳では……ただ、わ、私に挨拶をしてくれるとは思わず――」

 

 俺が視線をずっと外さない事を怒っていると思ったのだろう。

 焦りながら弁明をする雪乃。 

 

「ごめん、怒ってる訳じゃないんだ。ちょっと知り合いに似てて……」


 少し苦しいいい訳だろうか?

 

「そ、そうですよね! わ、私に挨拶するわけないですよね……お知り合いの方と勘違いされただけですよね! わ、私こそ、勘違いしてすみませんでした」

 

 なぜか新たな誤解が生まれ困った。

 俺がどうするべきか悩んでると一人の少女が声をかけてきた。

 

「あの……少しよろしいですか?」


「ひゃっ――っ?!」


「ひゃ?」

 

 雪乃の言葉に首を傾げるその少女は、黒い綺麗な髪を腰のあたりまで伸ばした美しい女の子だった。その容姿は誰が見ても美人だと答えるだろう。今世でも見かけたことのないレベルの美しい少女に俺は思わず見とれてしまう。

 有沢雪乃も一瞬だが彼女に見とれていた様で、固まってしまう。だが、すぐに再起動して、あの番組で見せていた、ぎこちない愛想笑いを浮かべる。

 本当に彼女は笑顔が苦手なんだな。


「有沢さんですよね? 昨夜のオーディションの番組を拝見させて頂きました。私は有沢さんのダンスや演技、それに歌声も良かったと思いました」

 

「えっ……あ、あり、ありがとうございます。……え、えへっ」


 雪乃は愛想笑いを浮かべながらも視線は決して合わせない。

 

「申し遅れました、私、雛田千鶴ひなたちづると申します。よろしくお願いいたしますね」

 

 そう言って千鶴は軽く微笑んだ。その笑顔だけで彼女の背後にあでやかな花達が咲いている様に見えた。 

 頑張れ、有沢雪乃。見惚れてる場合じゃないぞ。さっそく友達を作るチャンスだ。


「ア、ハイ。……す、すみません、私は極度の人見知りとあがり症で」

 

「そうなんですね、ゆっくりで大丈夫ですよ」


 そう言って上品に微笑む千鶴。


「あ、有難うございます……」


「どういたしまして、それと、そちらの彼もよろしくお願いしますね」

 

 そう言って千鶴は俺にも笑顔で手を振ってくれた。

 

「あぁ……小田勇気です、よろしく」


 和服とかすごい似合いそうだな。 

 もう少し話したかったけれど、ちょうどチャイムが鳴り雛田は自分の席に戻っていく。


「すごい、綺麗な子でしたね……」


「だな」


 でも、雪乃も可愛さでなら負けていないと思うけど。

 それと、せっかくなので俺も有沢雪乃にこの前のオーディションの正直な感想を伝えておこう。

 

「俺もさ、有沢さんのこと良かったと思った」

 

 ぎりぎり有沢にだけ聞こえる声で呟いといた。

 

「――アッ、ハイ。……あの! 有難うございます。でも、私は、昔から何をやっても落ちこぼれでお世辞でも嬉しいです」

 

 彼女は俯きながら小さな声で、またあの作り笑いを浮かべながら応えた。俺は彼女の言葉に二の句を告げなくなる。

 そしてその日、しばらく彼女の暗い表情が頭を離れなかった。

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