二人の朝
休日らしいカラッと晴れた空から差す太陽の光が、シーツの白色をさらに清潔に染めてくれる。
「おはよう紗奈」
「おはよう。ごめん起こした?」
「ううん。なに聞いてたの?」
侑は、まだ半分しか開いていない目を擦り、イヤホンを指差した。
「なんでもないよ、侑の新曲」
そう言い、ふざけて侑の顔ごとシーツにくるみ自分はそのままベッドから出ようとすると、腕を力強く引っ張られ、あっという間にぶ厚い胸の中に抱き込まれてしまった。
「おかしいなー新曲はまだリリース前だもん。ほら、白状しなさい」
さらに両手できつく抱かれると、抵抗できそうにないと悟った紗奈は、脱出を諦めそのまま侑の腕の中で目を閉じた。
ああ、この心拍数は、あの時の自分と一緒だ。
紗奈が初めて、高校生だった侑を見たときに感じた、胸が締め付けられるあの感じ。今でもキラキラしたホログラムをかけて心の真ん中に大切に保存してある思い出のような。
でも、侑みたいな有名人と、紗奈の人生が交わることなんて絶対にないだろうと思っていたので、まさかこうして出会えて、結婚まですることになるとは。
すると、侑の携帯が震えだす。侑は紗奈を腕から解放し、しぶしぶベッドから起き上がると、携帯の画面をこちらに見せてきた。
「隣からだ」
「隣くん、相変わらずだね。八時ピッタリ」
侑が笑いながら電話に出て、「おいおい、朝早すぎだぞ、弟よ。どうするんだ? もし俺らがすっっっごいイチャイチャしてたら……え? まってください、ごめんなさい……はい、はい。大丈夫です。夕方持って行きます」などと会話しているのを横目に、紗奈は「朝ごはん、用意する」と口だけを動かし、キッチンに移動する。
まったく本当に、どっちが兄なんだか。
昨日買ってきたパンがあるはずだから、軽く焼いてコーヒーでも淹れよう、紗奈はそう決めるとパンを二つオーブントースターに入れてから、コーヒー豆を選ぶべくキッチンよりさらに奥まったスペースにあるパントリーを開けた。
そして、調味料のストックなど種別された手前のカゴを取り出し、さらに隅にあるジップロックの束を眺める。
傍から見たらさぞかしおかしな行動なのだが、紗奈は秘密を見つけてしまってから、毎回この風景を眺めるのが癖になってしまっていた。
最初にこの大量のジップロックを見つけたときは、一体何が起こっているのか分からなくて、へたへたと床に座り込んでしまった。紗奈は本気で、見てはいけないパンドラのジップロックを見つけてしまったのだと思ったのだ。
しかし、ふと人生で初めてメールが読まれたときのラジオを思い出した。忘れもしない高校三年生。受験生だった、辛く苦しかったあの夏。
まさか、と、思った。
投稿したメールが読まれた当時は、まあネタだろうな、と思っていたのに。いや、正しくは、お題にあったYUを想像しながら、本気で採用されようと思って書いたことに間違いはない。だけど……。
じゃあ、目の前のこの大量の青い袋は本当に……?
怖さもあったが、一つひとつ日付入りで丁寧にパッキングされている袋の中身を確認する。すると、そこには紗奈が付き合って初めて贈ったチョコレートに同封したメッセージが入っていた。
震える手を押さえながら開けてみると、「これから一生大事にしようと思う」という、付箋に書きなぐられた侑からの返事らしき一文をかろうじて読むことはできたのだが、そのあとは涙で霞んだ。
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