最終話『開会前のひととき』と、『ある日の閉会宣言』


『開会前のひととき』


 もうすぐ、怪談会に参加する幽霊たちが集まる時間だ。

 紺色の作務衣さむえ姿のカイ君が、古寺の本堂でペタンコ座布団を並べている。

 その背後で、本堂の木戸がスッと開いた。

 月明かりに照らされ、ひとりの青年が立っていた。呆然とした表情で、カイ君に目を向ける。

「カイト……」

 灰色のコートに身を包んだ、小柄で色白の青年だ。

 カイ君は抱えていた座布団を床に置き、明るい笑みを見せた。

「ススギ。来てくれたのか」

「……うぅ」

 飛びつくようにカイ君に抱きつき、青年は泣きべそをかきだした。

「また泣いてるのか」

「あぁ、カイトに触れる。やっぱり、嘘だったんじゃ……」

「いや、死んでるよ。ここが怪談会の会場になってる間だけだ」

 肩を落としながら言い、カイ君も青年の背をポンポンと撫でてやった。

「死者に会えるとか、触れ合えるとか言い触らすなよ?」

「わかってる……そんなこと知られたら、ここで怪談会できなくなっちゃうもんな」

「うん」

「ずっと、行き違いで会えなくて……でも、いつでも会えると思ってたのに……」

「死ってそういうもんだよ」

 と、カイ君は抱きつかれたまま苦笑する。

「……お坊さんみたいだ」

 と、青年はつぶやいた。

「ほら、準備しないとだから」

 ギュッとしがみ付いていた青年は、やっとカイ君から手を離すと、

「うん。邪魔してごめん。でも、また会いに来てもいい?」

 と、涙を擦りながら聞いた。

「いいよ。ススギも仕事、頑張れよ」

「うん。ありがとう。会えてよかった……」

 夜の境内へ、青年は鼻をすすりながら歩き出した。

 月明かりの中を、とぼとぼと寂しげな背中が遠ざかっていく。

 

 怪談会には様々な参加霊たちが集まるが、毎回MCを務める青年カイ君には、生きている友だちが会いに来ることもある。




――――そして、その日の終わり。


『ある日の閉会宣言』


 ハフハフという柔らかい拍手の音が広がっていた。

 薄ぼやけた幽霊たちの手は、パチパチというハッキリした音を出さない。


 楽しい怪談会が続いている。

 この世に残らずにはいられない残存霊たちだが、自分の苦労を話し、他の霊たちに聞いてもらうことで気持ちを軽くして逝くのだ。

「えー、それでは……」

 MCの青年カイ君が言いかけたところで、本堂の外から、ギシッギシッと廊下のきしむ音が聞こえた。

 参加霊たちは驚いて木戸に目を向けた。

 古寺の外廊下を、誰かが床をきしませて近付いて来るのだ。

 参加霊たちが顔を見合わせている。

 すでに死んでいる幽霊だろうと、意図しない存在には恐怖する。

 用意された座布団も全て埋まっている。途中参加の幽霊ではないはずだ。

 ギシギシギシと、軽いテンポの足音が近付く。

 暗闇を歩いて来た人物は、すらっと木戸を開けた。

「あ、親父」

 カイ君が言った。

 顔を出したのは、濃い灰色の作務衣姿に坊主頭の中年男。

 怪談会を開いている古寺の住職だ。

 参加霊たちが目をパチパチさせている。

 住職は本堂に入って木戸を閉じると、床に膝をつき、

「もうすぐ朝になるぞ」

 と、言った。

「そっか。じゃあ、今夜はお開きだな」

 頷きながらカイ君は言い、怪談会に集まった幽霊たちに視線を戻した。

「宴もたけなわではございますが、お時間となってしまいました。貴重なお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。名残惜しいですが、本日の怪談会は終了です。また次回をお楽しみに!」

 明るく言葉を終えると、カイ君は座布団に正座したまま深々と頭を下げる。

 参加霊たちも、お辞儀しながら拍手した。

 ハフハフという拍手が、溶けるように周囲へ散っていく。



 ろうそくや線香の火すらない暗闇の本堂に、座布団が円形に並べられていた。

 上座にいたカイ君の姿も消えている。

 ひとり本堂に残った住職は、暗闇の中で立ち上がり、並べられたままの座布団を拾い上げた。

 慣れた足取りで座布団を拾い集めると、本堂の隅に置かれた座布団の山に重ねる。

 住職は本尊の前で手を合わせ、ゆっくりと頭を下げた。



 古寺の本堂では、夜な夜な幽霊たちが集まり、怪談会を開いている。

 また暗くなる頃に、次の参加霊たちがやって来るだろう。


 次回も、またすぐに……。


                    了

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怪談表裏 天西 照実 @amanishi

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