怪談『腕時計』と、真相『大切だったもの』


 こんな怪談がありました。


『腕時計』


 携帯で時間を見るようになってから、腕時計を着けることがなくなりました。

 それ以前はずっと身に着けていたのに。

 でも腕時計って嫌いじゃありません。

 電子よりアナログ派です。

 針が動いていると、確かな時間が進んでいる気がして好きなんです。



 エレベーターの中で、カチカチカチと時計の針の音が聞こえました。

 久々に、この音を聞いた気がしたんです。

 一瞬、タイマー式の爆弾を想像してしまいましたよ。

 きっと誰かの腕時計ですね。

 それで、腕時計ってしばらく着けてないなって思い出していたんです。

 ところが、エレベーターを降りても、カチカチという音が聞こえ続けていました。

 私ひとりで歩き回っていても、音が離れません。

 小さい音だし、耳に残っているだけだろうと。

 動き回っている内に、気にならなくなりましたけど。


 その日の帰り道で、またカチカチという音がハッキリ聞こえました。

 昼間、エレベーターで聞いた腕時計の針の音と同じです。

 誰も居ない夜の道。

 右後ろ辺りから音はついて来ますが、人の気配はありません。

 駆け足で家へ帰り、戸締りをしても、耳を澄ますとカチカチ聞こえます。

 玄関ドアの覗き穴から外を見ても、やっぱり誰の姿もありません。

 耳が変になったのかと、入念にうがいをして手洗いも済ませ、部屋着に着替えた頃には聞こえなくなりました。

 そして、やっと気付きました。

 着ていたジャケットの右ポケットに、自分の腕時計が入っていたんです。

 ほっとしたのも束の間、やはり妙だと気付きました。

 何年か前に電池交換したものの、この腕時計はアクセサリーケースに仕舞い込んでいたはずなんです。

 ジャケットも、しょっちゅう着ているものなので、腕時計を入れっぱなしのまま気付かないことはないはず。

 どうやって腕時計がポケットに入り込んだのか、いまだにわかりません。


 この腕時計は、お出かけしたかったのかしら。

 明日は久々に、この腕時計を着けて出かけようと思っています。




 ――――という怪談の、真相を聞いてみましょう。


『大切だったもの』


 その夜の怪談会では、田舎の古寺に似合わぬオルゴールの優しい音が聞こえていた。


 次の話し手は、オルゴール箱を持った二十代半ばに見える女性だ。

 怪談会MCの青年カイ君は、

「素敵な装飾の箱ですね。オルゴールですか?」

 と、聞いた。女性は明るい笑顔で、

「はい。とても高価な骨董品なんですよ。でも、そんな価値も忘れるくらい、大好きでした。幽霊になった今でも、こうして手元にあることがとても嬉しいんです」

 と、話す。

「思い出深いオルゴールなんですね。詳しく、お聞かせいただけますか」

「はい。私は幽霊になってから、持ち主に『大切にされていた物』と会話が出来るようになったんです」

 オルゴールを眺めながら、女性は話し始めた。



 薄着で夜遊びしていた両親からインフルエンザをうつされて、私だけ重症になって死んでしまいました。

 家族にうつらないように配慮することもなければ、自分たちがうつしたインフルで娘が死んだことも気にする両親ではなくて。


「私たちは軽症で済んだんだから別のインフルでしょ」

「そうそう、関係ないし。逆に、うつされなくて良かったよ」

「そんなことより、あの子の預金がちょっとあったよ。何買う?」


 幽霊になると、そういう本心って伝わってくるようになるんですね。

 わかっては、いましたけど。

 両親にとって価値がある私の遺品はそのまま使われたり、優越感を得るために他人にあげてしまったり。

 娘が大切にしていたという理由に、両親は価値を感じませんから。

 中古ショップに売れないものは、さっさと処分されてしまいました。

 最近は仕舞い込んでいましたが、祖母にもらったこのオルゴールも私が小さい頃から大切にしていたことを知っていたはずなのに。

 ただの古い玩具だと言って、ゴミ袋に放り込んで捨ててしまいました。

 私を死なせて反省もしていない人たちが、もちろん罪になど問われず。

 そんな人たちが、どうして普通に生きてるのか。本当に、おかしいと思ったんです。

 あぁ、怨念って、こういうものなんだなって実感しそうでした。


 ……愚痴が長くなりましたね。

 私が怨霊になる前に、祖母が止めてくれたんです。

 生前から見守ってくれていた守護霊は、死後も一緒に居てくれるんですね。

 私が両親を怨む悪霊になるのを、止めてくれたんです。

『ああやって居られるのは生きている今だけ。両親の罪と罰は、地獄に任せなさい』

 って。両親はオルゴールも燃えるゴミに捨てたものですから。

 焼却されたオルゴールの霊を、祖母が連れて来てくれたんです。

 オルゴールでも、霊っていうのか魂というのかわかりませんけど。

 それが、このオルゴールです。

 ショーケースに飾るとか、価値のわかる来歴を一緒にしておくとか。

 私がもっとオルゴールを、両親でも価値がわかるようにしておけば、生ゴミと同じ袋で燃えるゴミに出されることなんてなかったはずなのに。

 申し訳ない気持ちでいたら、オルゴールが『気にしなくていいよ』っていう、気持ちを伝えてくれたんです。

 物が言葉を使うわけではありません。言葉ではない気持ちを伝えてくれるんです。

 それ以来、生きている人たちが『大切にしていた物』とも、気持ちを通わせられるようになりました。


 大切にしていたけど、最近は引き出しの奥に入れたきり忘れてしまっている物とか。

 保管する入れ物がないからとりあえずビニール袋に入れておいたら、それを忘れてゴミに出されてしまいそうな物とか。

 大切にされていた物たちだからこそ、持ち主が捨ててしまったと気付いたとき後悔するのも前もってわかるみたいで。

 そういう物たちのSOSを聞いて、私はちょっとだけイタズラするんです。

 引き出しの奥で書類の間に挟まれたままシュレッダーにかけられてしまいそうな、思い出の写真を引き出しの手前側に出しておいたり。

 アクセサリーケースが欲しいという友人に中身ごと、もらわれてしまいそうな腕時計を持ち主のジャケットのポケットへ入れておいたり。

 本当に、ちょっとしたイタズラですけど。

 祖母は、私がそういう幽霊になったようだと教えてくれました。

 怨霊にならず、本当に良かったです。



「それは、素晴らしい能力を身につけられましたね」

 と、カイ君は拍手しながら言った。

「ええ。失われるはずの物の運命を変えるのはよしなさいって、怒られるかなとも思うんです。私の一存で、左右させてはいけないことも理解はできるので」

 と、女性が苦笑する。

 カイ君は軽く首を傾げながら、

「んー。そのイタズラで驚きすぎた人が転んで大怪我とか……そんなことでもない限り、よしなさいとは言われない気がしますよ」

 と、答えた。

 女性は、目をパチパチさせながら頷いた。

「なるほど……驚いて尻餅をついてしまう人も居ますもんね。気を付けます」

「素敵なお話とキレイなオルゴールのメロディーを、ありがとうございました」

 カイ君がもう一度拍手すると、オルゴールを眺めていた参加霊たちも明るく拍手をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る