怪談『定食』と、真相『飢え』
こんな怪談がありました。
『定食』
いつも俺は、てりやきバーガーのセットを注文するんです。
友だちはチーズバーガー。
その時の気分によって、ナゲットとかパイとか追加するんですけど。
最近、店の1階部分が改装されて、食べるところもキレイになったんです。
でも2階は昔のままで、ちょっと小汚い印象なんですよね。
だから逆に2階は、空いてる席でのんびりできる穴場だったんです。
この前も友だちと
昼時なんで、改装された1階は混んでたんですけど、2階には俺ら以外に誰も居なかったんです。
階段も奥まってるし、2階があるって知らない客も多いんじゃないかな。
もちろん、店員さんがテーブル拭きに来たりゴミ片付けに来たりしてて、普通に客が使っていい場所なんですけどね。
暑い日だったんで友だちは、いつものセットにバニラシェイクも頼んでました。
俺も追加すれば良かったと思って、
「ひと口ちょうだい」
って、声をかけたんですけど。
「……ん」
友だちが、壁に顔向けたままなんです。
「なに見てんの」
って聞いたら、小さい声で、
「
って言うんです。
友だちが見てる方を見ても、誰も居ないんですけどね。
「どこに?」
「あそこ」
「誰も居ないけど」
俺が言うと、友だちは一瞬、変な顔をしてから溜め息を吐き出しました。
「……はぁ? そういうのいいから」
とか言うんです。
俺らがいるソファー席から、通路を挟んで壁際にテーブル席が並んでいます。友だちは、誰も居ないテーブル席を見ていました。
そもそも2階には、どう見ても誰も居ないですし。
「いや、なに見てんの」
と、俺がもう一度聞くと、友だちはテーブル席の方を気にするように、
「よせよ。その人たち、居るだろ」
めちゃくちゃ声ひそめて言うんです。
まあ、すぐ近くの席に誰か居るなら失礼なこと言ってますけど、誰も居ないものは居ないんですよ。
一応、俺も小さめの声で、
「俺らが来た時、誰も居なかったじゃん。それ、いつ来たの」
と、聞いてみました。
「あとからじゃん?」
「その客、なに食ってんの」
「……白米と味噌汁」
「ここバーガーショップだし。そんな裏メニューあんの?」
俺が聞くと、やっと友だちも気付いたようです。
「……あれ?」
「今日は帰る?」
「そうしよう」
残ってたポテトを口に詰め込んで、コーラのコップを持って店の外に出ました。
友だちは、いつの間にか暗い感じの爺さん婆さんが来てたと言っていました。
夏なのに厚着してて、変だとは思ったそうです。
それからしばらく行かない内に、2階は従業員以外立ち入り禁止になっちゃったんですよ。
使う客が少なかったからだと思いますけどね。
その場所、かなり昔は定食屋だったらしいけど、友だちが見たのと関係あるのかな。
――と、いう『怪談』になっている幽霊たちの話を聞いてみましょう。
『飢え』
次の話し手は、暗い面持ちの老夫婦だ。
先ほどから、ふたり揃って腹の音が鳴っている。
とある寺で行われている、幽霊による怪談会。
集まった参加霊たちは、MCの青年カイ君の背中に目を向けていた。
カイ君は、本堂の奥にある棚をあさっている。
「どれだったかなぁ……あ、これかな。いや、こっちだ」
棚の奥から、薄茶色の線香の束を取り出して来た。
御本尊の手前のMC席には、すでに銀の
カイ君は線香を焚き、香炉に立てると御本尊に一礼した。
煙の昇る香炉を持って立ち上がり、腹を鳴らし続ける老夫婦の前に置く。
暗い面持ちだった老夫婦は途端に目を輝かせ、舌なめずりしている。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
と、カイ君は言った。
その言葉を聞くや否や、老夫婦は両手で煙を掻き込んだ。
煙は本堂に広がることなく、老夫婦の口の中へ吸い込まれていく。
飢えた動物のようにガツガツと煙を食べるふたりに、参加霊たちは目を丸くしていた。
カイ君は自分の座布団に戻ると、
「空腹を満たす線香です。食事による、気持ちの満足感も得られる煙なんですよ」
と、参加霊たちに解説した。
勢いよく昇る煙を漏らすことなく、老夫婦はその口へ掻き込んでいる。
「遺族や親しかった人物からの、お供え物には及びませんけどね。空腹な霊にとって、この線香はお供えに近い効果があります。一時的なものですけど」
参加霊たちは、煙を食べるふたりを珍しげに眺めていた。
一般的なものより数段早く、線香は燃え尽きてしまった。
ほんのりと香りを残して、すでに煙は消えている。
全ての煙を吸い込んだ老夫婦は、銀の香炉に名残惜しそうな視線を向けた。
「お話し、お願いできますか」
カイ君が聞くと、老人が頷いて話し始めた。
見ての通り、飢えに苦しんでいます。
働いても金が溜まらない人間は、金が入って来ない訳じゃない。
出て行く金額が多いということだ。
そういう人間からは、金を引き出しやすい。
……まあ、そういう所を狙った商売を、あれこれ続けていました。
足元をすくうのも弱みを突くのも、当然の手段だ。
それを当たり前に続けていたので、悪徳商法と訴えられた時は驚きました。
金も家も取り上げられ、できる仕事もなく……あっという間に、惨めな
店仕舞いの時間に行くと、余った白米と鍋の底の味噌汁を出してくれる定食屋を見つけて通いましたね。
それでも、なぜ自分たちがこんな惨めな物を食べなければいけないんだ、なんて思っていたんです。
施しを有難いとは、思えなくて。
それもあって罰を当てられたんでしょうね。
死ぬ前後の記憶はありません。
いつの間にか、汗水流して働く人間に『悪徳成金のなれのはて』に見える存在になっていました。
生きている人間たちは、我々が幽霊に見えないようで。
飢えて惨めな老人として生き恥を曝している。
とっくに死んでいて、なにが生き恥だ。
同じような商売をしている人間はいくらでもいるのに、なぜ我々ばかりが罰を当てられなければいけないのか……。
そう思い続けて、ずっと
大きな溜め息を最後に、老人は話し終えた。
カイ君も小さく息をつくと、
「救われたいですよね。その状態から」
と、聞いた。
「もちろんだ」
「ではまず『罰を当てられる』という表現をやめてみましょう。自ら招いた状態を、受け入れる事が大切です。その先に、救いは用意されていますよ」
「受け入れる……」
ずっと俯いていた老夫人が呟き、小さく頷いている。
老人の方は疲れたような苦笑いを見せ、
「なるほど。ここは寺だ。僧侶の言葉のようだな」
と、言った。
珍しく、カイ君も苦笑いだ。
「住職が朝夕に読経しています。よろしければ、耳を傾けにいらしてみて下さい」
老夫婦は、揃って頷いた。
「ありがとうございました。それでは、次のお話に移りましょう」
参加霊たちの半透明な両手が、ハフハフと拍手する。
静かな怪談会は続く。
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