怪談『せっけん』と、真相『悪食』
こんな怪談がありました。
『せっけん』
石鹸派です。
ボディーソープではなく、だんぜん石鹸派です。
泡切れが良いので、節水にもつながります。
泡立てネットでふわふわに泡立てた、真っ白い石鹸で体を洗うのが好きでした。
でも最近、石鹸離れしそうな現象が起き始めたのです。
私が石鹸派と知る友人が、古い箱入り石鹸を10個もプレゼントしてくれました。
物置を片付けていて、もらい物の石鹸を見つけたそうです。
印字は剥げて見えなくなっていましたが、有名な赤い箱の石鹸だと思います。
昔のパッケージのようで、知っている絵柄とは違いました。
その友人は、好きな香りのボディーソープでなくては嫌なのだそう。
使わないからと言って、物置から出て来た10個全てプレゼントしてくれたのです。
ちょうど、お風呂場に置いていた石鹸が小さくなっていたので、早速1個、箱から出して使ってみました。
古い石鹸でも、泡立ちや洗い心地の劣化などは無さそうに感じました。
洗い上がりも清潔感があり気持ちが良いです。
ただ、この石鹸はどこか妙でした。
翌日になって驚いたのです。
おろしたての石鹸が、半分ほどの大きさになっていました。
一人暮らしなので、誰かが使いまくった訳ではありません。
古くなると溶けやすくなるのでしょうか。
そんな話は聞いたことありませんが……。
その日の夜も、小さくなった石鹸で体を洗いましたが、特別、溶けやすいという印象はありません。
夜中にトイレで起きた時にも見てみましたが、半分ほどの大きさのまま変化はありませんでした。
でも、翌朝になって、その石鹸は消えてしまいました。
先日まで使っていた薄い石鹸だけが、石鹸置きに残っています。
ネズミが食べたのでしょうか。
2年前から住み始めた小奇麗なアパートですが、ネズミがいると言うことでしょうか。
この古い石鹸が、ネズミに好まれる物だったのでしょうか……。
古い石鹸は残り9個あります。
真相を確かめてみようと思い、また新しく個装箱から取り出し、石鹸置きに乗せておきました。
半分になっていた石鹸が、消えているのを確認したのは朝のこと。
すぐに新しい石鹸を出しておきましたが、外出から帰っても新しいまま無傷です。
夜になって、その石鹸で体を洗いましたが、1回使った程度では大きさに変化もありません。
石鹸らしい優しい香りが、お風呂場に広がっています。
ネズミの気配など感じませんが、夜になると活動を始めるのでしょうか。
お風呂場の上にでも住み着いていたら嫌ですね。
翌朝、目が覚めてすぐに石鹸の様子を確認しました。
石鹸は、半分になっていました。
厚みはあまり変わっていません。丸みを帯びた長方形の石鹸を、真二つに切ったように小さくなっているのです。
使われた減り方ではありません。
石鹸の縁を見ても、齧歯類がかじったような歯形は見当たりませんでした。
触ってみても、つるんとしています。
こんなにキレイに、かじるものなのでしょうか。
さらに翌朝、半分になった石鹸も姿を消していました。
試しに今度は、買い置きしていた別銘柄の石鹸を出してみました。
食べ物の場所を覚えたネズミが、銘柄の違う石鹸も食べに来るはず……。
でも、残念ながら翌朝も翌々朝も、別銘柄の石鹸に変化はありませんでした。
やはり、赤い箱の古い石鹸だけが消えてしまうようです。
インターネットで調べてみると、ネズミが石鹸をかじるのは歯を削るためとのこと。
果物などの天然素材を使った石鹸の場合は、好んで食べることもあるのだとか。
歯を削ることが目的なら、銘柄の違う石鹸でもいいはずです。
古い石鹸の成分が、ネズミに好まれる物だったのでしょうか。
やはり、石鹸が半分ずつ消えていくのは、ネズミが原因とは思えません。
ネズミでないなら、何が石鹸を半分ずつ消してしまうのでしょう。
親しみのある石鹸そのものが、不気味に思えてきました。
箱の外からも香りのわかる石鹸です。
友人の家の物置にあった時点で、ネズミが来ているはずとも思います。
石鹸が物置にしまい込まれていたのは、不気味な減り方をする石鹸だったという理由のような気がしてきました。
また友人と会ったときにでも、それとなく聞いてみようと思います。
――――という、怪談の真相は?
『悪食』
「犯人は、私なんです」
少女の霊が、突然言った。
「昔ながらの商品も、時代に合わせて改良されているでしょう。私は古い霊なので、現代の物では駄目なんです。久々に手に入れた人が居て、引き寄せられてしまって……つい、食べてしまったんです」
セーラー服を着た、おさげ髪の少女の霊だ。
両手で顔を隠し、
「もう幽霊なのだからお腹は空かないのに、つい食べてしまって……恥ずかしいです」
と、言った。
怪談会のMC青年、カイ君は首を傾げながら、
「なにを召し上がったんですか」
と、聞いてみた。
言いにくそうに視線を伏せ、
「その……せっけんです」
と、セーラー服の少女は答えた。
食べ物が少ない時代ではありました。
それでも、私は変わっている方だったと思います。
私の周りでは、せっけんを食べた人なんて聞いたことありませんでしたから。
きっとお腹が空いている時に食べたからですね。
とても、美味しく感じてしまって。
あの味が忘れられないなんて、たいそうなことではないんですけど。
幽霊になってからも何度か見かけて、かじったことはありました。
でも、改良された商品は、すっかり別物に感じました。
もちろん、食べることを前提にした商品ではありませんからね。
時代が変わってしまって、二度と味わうことはないのだと思っていました。
まさか、こんなに時が経ってから、また出会えるなんて。
あんな古い物、どこにあったのか……あの頃と同じに見える古いせっけんを、どこからか手に入れた人が居て。
私はすぐに引き寄せられました。
かじってみると、あの味だったんです。とても懐かしい味……。
人の歯形が残っては怖がらせてしまうだろうと思って、歯で削って、半分に切ったような形にしておきました。
でもやっぱり、無理がありますよね。
いっそ、ネズミがかじったように見せかければ良かったかも。
持ち主に不審がられてしまって、古いせっけんは仕舞い込まれてしまいました。
その人には申し訳ないことをしました……。
もう……恥ずかしいです。
話し終えるとセーラー服の少女は、もう一度両手で顔を隠した。
「時には、そんな不思議現象もありますよ」
と、カイ君は優しく言った。
「不思議現象、ですか?」
「人間は不思議に思っても、『謎は解けない』という答えに辿り着けるものです。知らない内にせっけんが半分になっていても、その謎は謎のままで良いと思います。謎の方から答えをくれることはありませんから。謎が解けないからこその、不思議というものですし」
「……幽霊なのに、せっけんに
「その通りです」
カイ君が頷くと、少女は恥ずかしそうな笑みを見せた。
「一応、付け加えさせていただきますが」
と、前置きし、カイ君は円形に並ぶ参加霊たちを見回すと、
「よい子は真似をしないように」
人差し指を1本立てて、そう言った。
セーラー服の少女が、うんうんと頷いている。
参加霊たちの笑い声と、明るい拍手が広がった。
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