怪談『画面のシミ(人怖)』と、真相『ネット移動』
こんな怪談がありました。
『画面のシミ(人怖)』
ノートパソコンの画面の左下に、黒いシミが入るようになってしまいました。
毎日、少しずつ影のような黒いシミの面積が広がっていきます。
古いパソコンですが仕事に使うので、あまりシミが広がると不便です。
会社からの貸し出しパソコンで、在宅ワークをしています。
コロナ過から在宅ワークが増え、一時期は出社が必要な場合、総務への出社連絡をする必要がありました。
徐々に緩和されたり、また感染者が増えると元に戻ったり、新しい規制が加わったり。
自分など、最新情報はどうだったか、すぐにわからなくなりました。
誰かに確認すればいい話ですが、
「え、どういうこと?」
「連絡きてるよね?」
「今までどうしてたの?」
などと聞かれるばかりで、いつまでもこちらの質問の答えは得られません。
確認できる相手が、その手の『お
クセはあっても会社に必要とされている『お局様』とは違うんですよね。
本人は『私が居ないと職場が回らない』つもりでいますが、実際には知識も経験も浅く、余計な仕事を自ら作って忙しそうにしているだけの非生産的な言動ばかり。さらに、他人を非生産的な時間に巻き込む迷惑行為も。その行動内容がわからない上司は、テキパキとよく動いていると勘違いして褒め称えてしまう。
まぁ、厄介なタイプの人で……いえ、愚痴を言いたい訳ではないんです。
在宅ワークのおかげで、その忙しそうな演技を見ずに済むのは良いですが、時間の無駄は変わりません。
最新状況を把握していない自分が悪いのはわかっていますが、だからといって時間を無駄にされて良い事にはならないと常々思っていました。
そんな事を考えている内に、パソコン画面の黒いシミが、髪の長い人の後頭部だと気付きました。
キューティクルの光るサラリとした髪の左右に、小さな耳も見えています。
機械類には良くないかも知れませんが、塩を使いました。
ノートパソコンを閉じて、その上に盛り塩を置いたんです。
そして一晩おいてから盛り塩を捨てます。
ノートパソコンを立ち上げてみると、画面のシミは消えていました。
すぐに、社内メールを開きました。
夜の間に、お局もどきに空メールを送る設定をしておいたんです。
確かに送信されています。
画面のシミが霊的な何かなら、盛り塩で追い出され、メールと共に届けられたのではないでしょうか。
あとは、トイレに行った隙に猫がキーボードの上に乗って、メールを送信してしまったらしいとでも連絡しておけばいい。
数日後。社内通知に、お局もどきが辞めたという一文がありました。
そのため一時的に仕事量が増えるものの、多少の手当てが付くとのことでした。
辞めた理由はわかりませんが、知りたいですね。
―――という『怪談』に登場する幽霊の話を聞いてみましょう。
『ネット移動』
次の話し手は、どこか浮世離れした様子の女性幽霊だった。
「次のお話を、お願いできますか?」
怪談会のMC青年、カイ君が声をかけてから数秒の間を置き、ゆっくりとお辞儀した。
サラサラの長い黒髪に上半身が包み込まれている。
顔を上げると口元は見えるものの、前髪に隠れて表情はうかがえない。
「……」
もう一度、カイ君が声をかけようか迷っていると、
「私は、浮遊霊です」
と、女性は言った。
黒髪の中から白い手が伸び、軽く手櫛を通す。
「あちこち、移動なさっているんですか?」
と、カイ君が聞くと、黒髪の女性はゆっくりと頷いてから、
「……浮遊霊ですが、生きている人たちの近くを移動するのは嫌なんです。それで、いい通り道を見付けました」
独特な間の置き方で女性は話す。
「通り道ですか。詳しく、お聞かせいただけますか」
「……」
また数秒の間を置いてから、黒髪の女性は話し出した。
私の通り道は、ネット回線。
いつも、インターネット回線を通って移動しています。
――水の流れ、空気の流れ、人の流れ。
流れるモノが、よく見えます。
流れに、身をまかせるのが好きなんです。人の流れは、嫌いですけど。
初めは、電話回線でした。
回線の流れへ乗る内に、自分で自由に移動できるようになったんです。
電話機は出入り口、
いつの間にかWi-Fiなんて、あちこちから出入り自由な便利なものができましたね。
まあ、移動し放題ですけど。Wi-Fiは、どこに行きたいのかハッキリしていないと、すごく迷いやすいですよ。
下手をすれば、海外まで流れてしまうなんて事もありますから。
昔の回線の流れを知らない、若い浮遊霊さんたちにはお勧めしません。
個人的には、
それで、先日。
いつものように、居心地の良さそうなパソコンの中で休憩していたんです。
そのパソコンの持ち主さん、画面の隅に私の姿が見えていたようで。
時々居るんですよね、見える人。
それで、閉じたノートパソコンの上に、盛り塩をしていました。
もちろん、適当な盛り塩に、私を追い出すような効力はありませんよ。
狭い部屋の中で、ちょっと変なニオイがしてきたような。
その程度の感覚でしたけど、居心地がよくはないので。
ちょうど出口があったので入ってみたら、電子メールでした。
メールで、別の人のパソコンに移動させられていたんです。
移動先は、まだ有線LANを使っていたので、パソコンの外へ出てみました。
薄暗くて、ゴチャゴチャしていて湿気も溜まった家で。
空気の流れも無くて、固定電話もありませんでした。
その家からの出口を見付けるのは、ちょっと苦労しました。
メールに乗ってしまうと、自分では行先がわからないので。
移動手段には、向いていないなと思ったんです。
話し終えると、女性は髪に手櫛を通した。
黒髪の中から、小さな耳が覗いている。
「……電波なお話でしたね」
少し失礼な言い方になったろうかと、カイ君は女性の反応をうかがった。
女性はすぐに、長い髪の中でふふふっと笑った。
「インターネット回線を使った移動ですか。ちょっと未知の世界ですが、浮遊霊の移動方法も進化していきそうですね」
カイ君の言葉に、他の参加霊たちは頷くような首を傾げるような。
しっかりと頷いて納得できる霊は、今夜の怪談会には居ないらしい。
「なかなか新しいお話でした。どうもありがとうございます」
カイ君と参加霊たちが拍手する。
口元に笑みを浮かべながら少々の間を置き、黒髪の女性はゆっくりとお辞儀した。
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