怪談『図書館の女』と、真相『住所は図書館です』
こんな怪談がありました。
『図書館の女』
……怪談? 怖い話には、なるのかな。
うちの
祖父ちゃんは海外とかよく行くから、外国の面白い本を時々寄贈してるんだって。
俺も、館長と何度か話した事がある。
エアコンも効いてるし、学校も夏休みになったから、昨日も図書館に行って来たんだ。
借りる本を迷っててさ。
見比べて選ぼうと思って、何冊か抱えてたら落としちゃったんだ。
バサバサって音がたったら、すぐにスーツのおばさんが走って来て注意されたよ。
『他のお客様のご迷惑になりますから』
って。ネームタグっぽいの首から下げてたけど、動いて揺れまくってたから司書さんなのか警備系のスタッフなのかわかんなかった。
とりあえず、すいませんって謝ったよ。
でも、そのおばさんが居なくなってから、若い女の人が近付いて来てさ。小声で、
『あの人、図書館の人じゃないのに勝手に注意してくるのよ』
って、言ったんだ。
その若い女の人は、花粉の時期にクシャミで注意されたんだってさ。
それで受付にいる司書さんに、クシャミで注意されたけど、せめてこの時期は窓を開けっぱなしにしないでもらえないかって相談したら、
『クシャミで注意されましたか? それはどんな人ですか?』
って、聞かれたんだって。
部外者が図書館関係者を装って勝手な注意をしてて、この図書館はこんな事で注意してくるってネットの書き込みとかされて困ってたらしい。
俺も、注意されたのを司書さんに伝えた方が良いって言われてさ。
被害届じゃないけど、そういう苦情は数を集めないと公共施設では対応できなかったりするからって。
そういうもんなんだなぁって思いながら、その若い女の人と話しててもまた注意されるからってんで、すぐ分かれたんだけど。
俺が一般書籍コーナーから海外書籍コーナーに行こうとしてたら、キッズコーナーから慌てて出て来た若いお母さんを見かけてさ。
抱っこしてる赤ちゃんが泣きだしちゃったんだ。お兄ちゃんっぽい子が見てた本を片付けて来させて、帰ろうとしてたところだったのに、例のおばさんが出入り口に走って行ったんだよ。
カーペットの床を、ヒールでゴツゴツいわせてる方がうるさかった。
それで、帰ろうとしてる若いお母さんを捕まえて、
『他のお客様のご迷惑ですから』
って。もう出口に向かってるのにさ。そのお母さんも子どもたち連れて、
『すいません、もう帰ります』
って答えてたけど、おばさんは、
『泣いてしまう赤ちゃんには、ご配慮いただければ』
とか言っててさ。
赤ちゃん連れて来んなって意味だろ?
若いお母さんは、すいませんって言いながら涙目になってた。
キッズコーナーもあるのに、図書館ってそこまで沈黙を守らせる場所じゃないだろ?
確かにやり過ぎだなと思ってたら、ちょうどよく館長を見かけてさ。すぐその話をしたんだよ。
図書館の外に小さい公園があって、若いお母さんがまだそこにいたから、館長が出てって謝ってた。警察に相談しようと思ってたところだって言ってたよ。
そのあと俺は、館長に警備室みたいなところに呼ばれてさ。
防犯カメラに映ってるのを見て、このおばさんで間違いないねって。
若いお母さんを追い出してるところと、俺が本を落として注意されてる場面も見て、このおばさんですって答えたんだ。
それで、本当に図書館とは関係ない人で、自分で勝手に作ったネームタグつけて図書館の人を装ってたってわかったんだ。
『当たり前の事を言っているだけ』
とか言ってたらしいけど、普通に警察に連れてかれて丸く収まった。
でもさ、気になる事が残ってるんだ。
防犯カメラを見てた時に、俺が本を落として注意されたあと、自分もクシャミで注意されたって言って来た若い女の人が映ってなかったんだよ。
俺が誰かと話してるところは映ってるんだけど、女の人が立ってたはずの場所は見えるのに誰も居ないんだ。
館長に聞いたら、エアコンで空調管理してるから春でも窓を開けっぱなしにする事はないって。
俺に話しかけてきた女の人は何者だったんだろう?
もちろん、職員に成りすまして注意なんかしてくる人間の方が怖いけどね。
―――という『怪談』に登場する幽霊の話を聞いてみましょう。
『住所は図書館です』
「図書館で、私が見える男の子に会ったんです」
と、女性幽霊が語り始めた。
なぜか、図書館の本やパソコンだけは、死んでからも触る事ができたんです。
他の場所の物はすり抜けてしまって、手にする事が出来ないんですよ。
そりゃ、図書館に住み着いちゃいます。
現住所は図書館です(笑)。
ずっと、気にはなっていたんですけど。
私の住む図書館で、変な女が子どもや若い人を狙って、勝手に注意して回ってたんです。
ちょっと本を落としたり、咳き込んだり、転んだり。
そんな事でも見かけると走って行って、
『他のお客様の迷惑になりますから』
って、注意してるんです。
もちろん、生きた人間の女ですよ。
でも、図書館の職員じゃないんです。
ほら、私たち幽霊なので、表面的な言動だけでなく、生きてる人間の心情がわかる事もあるじゃないですか。
その女は、他人を注意する事で気持ち良くなっていました。
そういうタイプの変態って言うのかしら。
時々見かける男の子も、注意されていたんです。
その子は、図書館の館長と知り合いっぽくて。
試しに声をかけてみると、私の姿が見える子だったんです。
私が生きているように見えていたので、私も注意された事にして、あの女は図書館関係者じゃないって伝えました。
信じてくれて、嬉しかったです。
図書館の館長は、いつも決まった時間になると図書館内を一周するんです。
館内の様子見と運動を兼ねて。
なので、ちょっと館長室の時計にイタズラしましてね。
時間を進めておいたんです。
そうしたら、いいタイミングで男の子と館長が鉢合わせしてくれました。
男の子が、勝手に注意してる不審な女の話を伝えて、館長も警察を呼んでその女を捕まえてくれたんです。
防犯カメラに私が映っていなかったので、男の子には怖い思いをさせてしまったかも知れませんけど。
でも、男の子はその後も図書館に通って来ているので、安心しています。
男の子の読書の邪魔をするつもりはありませんが、私を見える子がいると知っているだけで、なんだか嬉しいものです。
もう一度お喋りできたら、うっかり成仏できてしまいそうなので、男の子の前に姿を見せないように気を付けています。
フフッと笑って、女性はぺこりと頭を下げた。
怪談会に集まる幽霊たちが拍手する。
「他人に注意されるのって、嫌なものですからね。注意されるほどの事でないならなおさら。そういう嫌な思いをした人が多かったでしょうから。良い事をなさいましたね」
MCの青年カイ君が、感心するように言った。
「上手くいって良かったです」
と、女性は苦笑する。
「男の子とも、素敵な出会いになりましたね。関わりをもたない
しみじみとカイ君が言うと、女性は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございました。では、次のお話に参りましょう」
薄ぼやけて見える幽霊たちの、ハフハフとした拍手が続く。
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