怪談『モグラミミズ』と、真相『もぐらみみず』
こんな怪談がありました。
『モグラミミズ』
ひと月ほど前から、庭でモグラが土山を作るようになりました。
モグラ塚というそうですが、モグラが巣作りで掘った土を地上に出してできるものだそうです。
ボコッと出っ張った土山を踏みならすのも面倒で、モグラ除けを考えなくてはいけないと思っていました。
早朝に庭で水やりをしていると、通路に突然、ボコボコとモグラ塚が現れました。
土山が動いているのでモグラが出て来るのかと思い、遠目に眺めていたんです。
モグラ塚はいくつも見てきましたが、実物のモグラは見た事がありません。
モグラ除けを調べている時に見た写真では、黒くて
でも我が家に現れたのは、黒いモグラではありませんでした。
土の中から野球ボールよりも大きなピンクの半球が見えたと思ったら、筒状にニョキッと伸びあがりました。
男性の腕より太い、特大ミミズが顔を出したように見えました。
それはクネクネと動きながら、すぐに土の中へ引っ込んで行きました。
その場には、いつも通りのモグラ塚が残されています。
実物のモグラを見た事がなくても、それがモグラでない事ははっきりわかります。
凹凸もなくツルリとした、キレイなベビーピンクの動くもの。
……早朝だったので、寝ぼけていたのかも知れません。
その日の昼間。インターネットで注文していた、モグラ
微量な電気を流すことでモグラ忌避効果を得られる、土に刺して使うタイプのものです。
ちょっと迷いましたが、使ってみました。
それ以来、庭にモグラ塚ができる事は無くなりました。効き目があったようです。
謎の存在が、地下で暴れ出したらどうしようかと不安でしたよ。
我が家の下に何が居たのか、どこへ行ったのか。
今は、あまり考えたくありません。
――――という、怪談の正体は?
『もぐらみみず』
MCの青年カイ君も他の参加霊も、目が点になっている。
大抵の事には動じない自信のあったカイ君だが、話しかける言葉が見付からなかった。
先ほどまで、明るいピンクベージュのスーツを身に着けたマダムが座っていたはずだった。
しかし、マダムに話し手の順が回ってくると、その姿が消えている。
マダムのいた座布団には、ピンクベージュの巨大なミミズがとぐろを巻いていたのだ。
丸まっているので長さはわからないが、男性の腕よりも太い。
目も鼻も口も判別できないが、恐らく持ち上げている先端が頭なのだろう。
両隣りに座っている幽霊たちが、さりげなく距離を取っている。
「えっと……先ほどと、お姿が違うようですが」
とりあえずカイ君は、そう声をかけてみた。
このまま進めるの? と、参加霊たちは驚きの顔をカイ君に向ける。
しかし、巨大ミミズが、
「人の姿に化けていました」
と、答えたので、参加霊たちはギョッとして巨大ミミズに視線を戻した。
――しゃべった!
と、叫びそうになるのを堪えて、カイ君は、
「あー、なるほど。えー、そちらが、本当のお姿で?」
と、言葉に詰まりながらも聞いてみた。
「私はもぐらみみずです。民家の下に住んでいましたが、怖い体験がありましたので、それをお話ししようかと」
ピンクスーツのマダムをイメージする声で、巨大ミミズは話す。
ミミズの幽霊という訳でもなさそうだが、怪談会の主旨は理解しているらしい。
「あっ、では、よろしくお願いします!」
とりあえず元気のある声で言い、カイ君が拍手すると、参加霊たちも困惑の表情のまま拍手した。
もぐらみみずと名乗った巨大ミミズは、頭と思われる先端でペコリとお辞儀した。
地中でモグラが掘った穴を追ってモグラを食べているので、もぐらみみずと呼ばれています。
私は、その大型種でしてね。
小型種は集団行動でモグラを襲いますが、大型種は単独行動でないと、モグラが掘り進む穴を通れないんです。
モグラは巣作りで掘った土を地上に出して、土の山を作りますでしょ?
あれはモグラ塚と言いましてね。
土を出すために地上へ向かう背後から忍び寄って、パクッといくわけです。
この近くに、モグラの多い住宅地がありますので。
しばらく住処にしていましたが、ある家の地下で怖い事があったんです。
早朝に食事をしまして、ゆったりと過ごしていた昼下がりのこと。
突然、ビリビリビリッと、体が痺れたんです。
なかなか治まらなくて。
地表近くから、ずっと刺激が伝わってくるんですよ。
その家の地下を離れたら、痺れは感じなくなりましたけどね。
人間らしく、機械を仕掛けたのかしら?
……農薬散布みたいなものだったのかしら。
全く、人間の考える事は理解できませんわ。
「……」
必死に営業スマイルを維持しながら、カイ君は目をパチパチさせていた。
「もう、人の住んでいない山に引っ越します。その前に、誰かに愚痴りたいと思っていたんです」
ミミズマダムは、ご立腹な様子で溜め息をひとつ。
「こちらにお邪魔できて良かったですわ」
そう言って、ペコリとお辞儀する。
「こ、光栄です!」
大袈裟すぎる身振りで、カイ君は拍手した。
参加霊たちも、つられるように拍手している。
「それでは、お先に失礼。食事の時間なので」
ミミズマダムは、とぐろを巻いていた体をニュルッと床へ伸ばした。
伸び縮みするように、木戸へ向かって進んで行く。
慌ててカイ君が駆け寄り、木戸を開けた。
「あら、どうも」
振り返るように先端を向けると、また前方を向いて伸び縮みして行った。
「こちらこそ、ご参加ありがとうございました……」
すぐにミミズマダムの姿は、夜の闇の中へ消えて行った。
木戸を閉めてカイ君が振り返ると、参加霊たちは皆ポカンとした表情を向けている。
「いやぁ、あはは……」
苦笑いで自分の座布団に戻ったカイ君は、
「微量な電気を流してモグラ忌避効果を得るような、モグラ避けグッズが使われたのかなって……伝えて良いのか、わかりませんでした」
そう言って、頭を掻いた。
参加霊たちも苦笑いだ。
「えっと、他に、人に化けてらっしゃる方は居ますか?」
カイ君が聞くと、参加霊たちの笑いが広がった。
「いえ、もちろん、人に化けて参加して下さっても、化けずに参加して下さっても構わないのですけどね。でも、驚きました」
もうひと笑いするとカイ君は、
「それでは、次のお話をお願いします!」
と、いつもより大きめの拍手をした。
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