怪談『スープ』と、真相『温かいお茶』


 こんな怪談がありました。


『スープ』


 『昼間はまだ暑いが、夜になると風が心地よく……』


 その日の気温や天候を、日記帳に書きとめています。

 昨日も同じような一文だったので、『虫の声』とか『道行く人の服装』という文言でも入れましょうか。

 考えていると、網戸にしている窓の向こうから、

「ねえねえ」

 と、若い女性の声が聞こえました。

 私が目を向けると、そこには誰の姿もありません。

 ここは、マンションの8階。

 ベランダもない窓なので、その向こうに人がいるはずありませんが、

「ねぇ、ねぇ」

 また聞こえます。

 網戸にしているので、他の階から聞こえているのだと思いました。

 でも、妙に声が近いような気がして、もう一度窓に目を向けましたが、やっぱり誰の姿も見えません。

 まるで網戸の向こう側から、こちらを覗き込んで言っているような声の距離なのですけど。

「ねぇ。温かいもの、何か飲ませて」

 また、姿の無い声が言いました。

 自分に言っているとは思いませんでしたが、

「温かいもの?」

 と、聞き返してみたんです。

「緑茶も良いけど、スープとかが良いなぁ」

 と、声は言いました。

 会話が成立したのか、私の言葉はなくても良かったのか。わかりません。

 台所からインスタントのコーンスープを作って来て、窓際に置いてみました。

 変化があるでしょうか。

 ねえねえという声は、聞こえなくなっています。



 数分後、窓際を確かめると、スープは半分ほど減っていました。

 数分で蒸発するものでもないでしょう。

 網戸越しに誰かが、スープを飲んで行ったのかも知れません。


 もちろん、この部屋に私以外、誰も居ませんでしたよ。

 夏の終わり、ちょっと不思議な体験でした。




 ――――という、怪談の真意は?


『温かいお茶』


「家出して、悪い人たちにつかまって、殺されて埋められました。もう、ずいぶん昔の事です」

 長い黒髪に長いスカート。

 スケバンという印象の女子高生は、大変な事件をサラッと話した。



 死後の望みは、ひとつしか許されないなんて事は無いんですよね。

 私の場合、怨念と救われたい気持ちが分裂したんです。

 怨念は無意識の状態で、家族や私を埋めた人たちの元へ行きました。

 意識をもった今の私は怨念が抜けているので、気が済むまでこの世をふわふわしています。

 でも、ちゃんと死に切らないまま埋められたから、寒くて喉がカラカラな状態で幽霊になってしまったんです。

 ……温かい飲み物が欲しくて。

 実は、このお寺のお坊さんに、時々温かいお茶をもらっているんです。

 他にも、生きている人に声をかけて、温かいものをもらえた事もありました。

 ねぇねぇって声をかけると、時々振り返ってくれる人がいますから。

 私の声が聞こえない人は無反応ですけど、聞こえる人は振り返ってくれます。

 姿は見えないのに声が聞こえると、ビックリして逃げてしまったり、不思議そうな顔できょろきょろしていたり。

 色んな人がいますけど『温かい飲み物が欲しい』って言ってみると、聞こえる人って案外、お茶やスープをくれるんです。

 幽霊を理解できる人って、幽霊に対して優しい人も多いですよ。

 そのおかげで、やっと成仏できそうなんです。



 怪談会のMC青年、カイ君は頷きながら、

「生前は当たり前に飲んでいましたが、温かいお茶って有難さが身に染みますよね」

 と、言った。

 黒髪の女子高生も、うんうんと頷いている。

「幽霊になっても人間ですから。人の優しさも嬉しいものです」

 と、言うカイ君の言葉には、怪談会に集まる参加霊たち皆が頷いた。

「実は今夜、ポットと急須が用意してありまして」

 本尊の前に座るカイ君は、背後から電気ポットを出して見せた。

 お盆に大きな急須と、いくつも重ねられた湯飲み茶碗も用意されている。

 カイ君が急須のフタを取ると、中にはすでに茶葉が入れられていた。

 ポットから熱湯を注ぐと、緑茶の優しい香りが広がった。


 この世の物に触れなくなった幽霊たちにも、温かいお茶を出せる不思議な怪談会だ。

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