怪談『脱衣所の会話』と、真相『別人』


 こんな怪談がありました。


『脱衣所の会話』


 とある温泉の脱衣所でAさん(女性)が髪を乾かしていると、若い女性たちの話し声が聞こえてきたそうです。

「あれ、C? Dじゃなかった?」

「痩せちゃったの。二の腕とか太いままなのにさー」

 Cでも羨ましいなんて思いながら、Aさんはちょっと聞き耳を立てていたんです。

「そう言えば、サブリーダーのHさんが激痩せしてるじゃん」

「うん」

「いつも旦那さんの愚痴言ってるわりには、晩御飯なにが良いってラインしたりさ」

「ずっとそうだよね。もう仕事中にのろけるような歳でもないのに」

 含み笑いが聞こえ、少しの間があり、

「うちの伯父さんがさ。管理人なの。Hさんが住んでるマンションの」

 声を潜めるような口調になった。

「へー、偶然。何かバラされた?」

「ううん。Hさんの旦那さん、去年、亡くなってるんだって」

「……いやいや。先週なんか電話してたじゃん。なんとか君って、旦那さんの名前呼んでたよ。トイレットペーパー買っといてとか言ってた」

「個人情報だし、姪っ子が同じ会社ですよなんて言ってないみたいだけどね。旦那さんが亡くなってから激痩せしてるから、伯父さんが心配しててさ。会社での様子わかる? って、私に聞いて来たのよ」

「別のHさんと人違いしてるんじゃないの?」

「私もそう思ってね。この間の飲み会の写真を見せたの。そうしたら、あのHさんで間違いないって。マンションでは、めっちゃ未亡人みぼうじん感が出てるんだってさ。ずっとひとりで、暗ぁい感じで。飲み会の写真では笑顔だったから、伯父さんはちょっと安心してたけど」

「どういうこと……怖いんだけど」

「妄想でも幽霊でも怖いよ」

「やめてよぉ」

「怖くて、誰かに聞いてほしくてさぁ。でも、内緒ね」

「ちょっと人には話せないよ」

「確かに」

 そう言って、ふたりは大浴場へ入って行きました。

 髪を乾かし終え、バッチリメイクも完成させていたAさんは、

『怖い話になるとは思わなかった……』

 と、少々蒼ざめながら脱衣所を後にしたそうです。




 ――――という怪談の、真相は?


『別人』


 次の話し手は、ずっとソワソワして落ち着かない様子の男だ。

「どうも、早坂はやさかと言います」

 怪談会のMC青年カイ君が促す前に、早坂という男は語り出した。



 子どもは居ないもので、私が死ぬと、妻はマンションで一人暮らしになりました。

 私は妻が心配で、ずっと側で見守っていたんです。

 でも、変な霊が私たちの部屋に上がり込みまして。

 ある日、妻が仕事から帰ると、玄関に私の靴が出ていたんです。

 妻が下駄箱に残しておいてくれた、私のスニーカーです。

 驚いた妻が部屋の電気をつけると、知らない男の霊が居ました。

 なぜか妻にも、男の霊の輪郭が見えたんです。

 私の靴を出したのは、その男の仕業でした。

 確かに背格好は似ていますが、別人なんですよ。

 でも妻は、それが私の霊だと思い込んでしまいました。

 ……妻は喜んでいました。幽霊でも、また私に会えたと言って。

 私も、嬉しかったんです。

 怯えたりお祓いしようとせずに、受け入れてくれましたから。

 でも、妻が見ている幽霊は赤の他人です。

 すぐに追い出そうとはしましたが、

『奥さんの喜ぶ顔を見ただろう。君は想われているんだね。でも、君には奥さんを笑顔にできないだろう』

 そう言われて、何も言い返せなかったんです。

『迷惑はかけないし、奥さんに触れたりもしない』

 と、言って、けっきょく居座られてしまって……。

 妻は楽しそうに、その男の輪郭に話しかけているんです。

 その男も妻と話しはしませんが、頷いたりして答えています。

 その男が現れてからすぐ、妻はふたり分の食事を作るようになりました。

 テーブルに向かい合って座るものの、その男も霊なので食べません。

 妻がふたり分の食事を平らげます。

 元々食べるのが好きで、ふくよかだったんですが……ふたり分の食事を食べているのに、どんどん痩せていくんです。

 最近やっと、その男の霊が妻の生気を吸い取っている事に気付きました。

 追い払えない事もない気はするんですが、嬉しそうな妻の姿を見ると、どうしたら良いのか……。



 肩を落とし、溜め息交じりに早坂という男は話している。

「やっぱり別人でも、妻が喜んでいるなら――」

「なに言ってるんですか」

 早坂の言葉の途中、カイ君が口をはさんだ。

 いつも笑顔のカイ君だが、眉を寄せて難しい表情を向けている。

「奥さん、殺されちゃいますよ」

「――っ!」

「生気を吸われて、激痩せしてしまっているんでしょう。痩せた人が痩せ続けるには限界があるんですよ?」

 少し厳しい口調で言った。

「……はい」

「そんな、まやかしの喜びじゃなくて、奥さんが前を見ながら生きられるように、願いながら側にいてあげればいいんです。奥さんを想うあなたなら、側に居ても奥さんの生気を吸い取って死に向かわせる事は無いんですよ」

「た、確かに……」

 両手を握りしめ、早坂は顔をげた。

「会の途中で、すみません。家に戻ります!」

「どうぞ。お気をつけて」

 会釈し、早坂は立ち上がった。

 座布団に座る幽霊たちの後ろを足早に進み、早坂は本堂の外へ駆け出して行った。

「早坂さん。奥さんを守れると良いですね」

 カイ君が言うと参加霊たちも頷き、ひとつだけ開いた座布団に目を向けていた。

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