第4話 ヴァイス342号

 MASTマストの活動は多岐にわたる。


 もちろん最優先事項は怪人の殲滅せんめつではあるが……

 さきの定例会でも話題にでていたように、茜がMASTに入った頃と比べて、怪人の数は半数程度にまで落ちており、ひどい時は週に1、2回といった出現頻度になっている。


 そのため、どんな下らない催しにでもわりと簡単に呼べるマスコット的な扱いもしばしば。


 昨日は、草野球チームに助っ人で呼ばれ、バットを振り回して大活躍をしたり。

 一昨日は1日駅長をしつつ、痴漢を捕まえたりと日々忙しい。


 レッド以外も介護施設への慰問や、小学生の交通安全の指導等も、メンバーに合った人材が派遣されている。



 またこの様子は、MASTチャンネルでネット配信されており、しばしばテレビでも放映される人気コンテンツだ。


 しかし、本来は怪人と戦い町を守るカッコいいヒーローとしての見せ方をしていた筈なのだが、戦闘が減り、今ではその人気に陰りを見せている。

 唯一それを支えているのは、レッドのパンチラといった悲しい現実に直面していた。



「おいこら! 今日のドローンも中野だろっ!」


 持っているバットを振り回すレッドだが、空を切るばかりでドローンには当たらない。


「正解ですよ」


 そう言いながら低空飛行を続ける──。



 その様子をネット配信で見ている男がいた。


「ハァ」


 回りに聞こえるほどの大きなため息をつくと、隣の男がそれに答える。


「どうした342号?」


 呼ばれた名前も不思議だったが、その服装も不思議なものだった。

 全身を黒いタイツに身を包み、顔まですっぽり覆われている。


 しかも回りには同じ格好をした人間がズラリといて、各々作業をしているのだ。



「いや、最近怪人様が振るわないなと思ってさ」


 342号と呼ばれた男は、画面に映るレッドのどうでもいい動画を見ながらそう言った。


「おいおい。幹部にでも聞かれちゃまずいことになるぜ」


 焦りながら言う彼の肩にも数字が書いてある。


「MASTが、こんなアホなことをしてるのも全部報告してるんだ。幹部がわかってない筈ないだろ」


「だとしても342号、お前の言う事じゃぁない」


「まぁ確かにな……」


 そういうと342号はまたモニターを見続ける。




 ここはエーデルヴァイスの秘密基地。

 342号と呼ばれた人物が働いているのは、宿敵MASTを監視する部署で。一般人に成り済まし、戦闘を見守ったり、ネット配信を監視し、新しい武器や、メンバーが増えていないか情報収集をする仕事をしている。


「お疲れ様」


 そこに声が飛び込んできた。


「お疲れ様です!」

 部屋にいるものが全て立ち上がり、その声の主に頭を下げた。


「ははは、気を遣わなくて良いよ、仕事終わったヴァイスから食堂においでよ、今日は俺の奢りだから」


 一瞬で場が浮き足立つ。

 「やった」「頑張るぞ」「早く終わらせなきゃ」そう言った声を背中に聞きながら、上司らしき人物は部屋を後にする。



「やっぱ30番台は違うなぁ」


 そう呟く同僚は、尊敬の眼差し……といっても目は見えないのだが、そんな雰囲気で仕事に戻る。


「こんな不毛な仕事を続けるのも、ヴァイスに恵まれているからか」


 なんて事を嬉々として話している。そんな同僚を342号は怪訝けげんそうに見つめていた。

 普段ならそこで終わりなのだが、今日は何だか虫の居所が悪い。ついつい言わなくてもいいことを言ってしまった。


「お前さ、初心忘れてないか? エーデルヴァイスに入ったのも、総統様の考えに賛同したわけだろ、何で普通にしてるんだよ」


 342号は、この状態に不満を持っていた。


 彼は元はと言えば冴えない普通の人間だった。しかし、恋人に裏切られ借金を背負う事になった時から、人生は転落の一途をたどった。


 そんなドン底にいた時に、怪人が現れたのだ。


 想像絶する大きさ!

 圧倒的な力!


 こんな腐った世界をぶっ壊してくれると思って、気分が高揚したのを今でも覚えていた。


 そんな彼が、なんの因果か構成員として働いている。

 もう20年も前の話だ。


 ここにいる連中も、だいたい似たり寄ったりで人間を捨て、ヴァイスとしてここで活動している筈なのだが……。


「初心? 忘れるわけないじゃないか」


 同僚は心外だと言わんばかりに語気を荒らげたが、その言葉が響くことはなかった。


「どうだかな……」


 そう言うと、今日の放送が終わったMASTチャンネルを閉じ、レポートを提出すると食堂へ向かう342号。



 エーデルヴァイスはかなり大きな組織で、地下にあるにも関わらず、すべてのインフラが整っている。

 この中では沢山の人間が生活していて、様々な役割が当てられている。


 食堂の厨房では、タイツに身をくるんだ上で、エプロンとコック帽をしたヴァイスが食事を作っているし。

 洗い物をしているものもヴァイスだ。ボディラインがはっきりする服であるため、胸の膨らみが強調されていて、女性であることがみてとれる。


 342号は自分で食券を買った。

 このところ彼を苛んでいる腑に落ちない感情が、上司に対しての不満になっているのか。彼におごって貰う気になれなかった。


 奥で盛り上がっている一団を無視してテーブルに座ると、黙々と食事を始める。


 ヴァイスにとって、この服装は風呂の時以外は外すことができない。

 ただ食事の際には、首のあたりからまくり上げ、口だけを出す形で食べ物をるのだ。



 子供がいるヴァイスの多くは、隊員として扱われ地上で生活しており、ヴァイスの番号もタイツも支給されない。

 子供は、親がヴァイスの一員だと知らないまま、地上の学校に通ったりしている。


 そんな準隊員は戦闘員などではないが、資金集めや基地の存続に関わる資材、食料調達などに一役買っている。


 こうしてエーデルヴァイスは社会への不満を持つものに宗教的に崇められ、信者のような準隊員によって成り立っているのだ。



 しかし342号は、そのシステムにかげりが来ていることを悟っていた。

 下っぱとは言え20年もこの組織にいた人間だ、嫌でも肌で感じるものがある。



『最近の怪人は弱い』


 一撃でレッドに殺された時などは、落胆のあまり涙が出そうになった。



 ──昔は良かったな。


 5人で現れるヒーローにひとりで立ち向かう怪人。

 彼らを追い詰めるも、卑怯なヒーローは弱点を狙ってくる。

 弱った怪人に対して、5人全員の力を合わせた必殺技で倒す……


 まるでお約束のような流れではあったが、拮抗きっこうしたその戦いに、怪人を応援する気持ちにも力が入った。



 だがどうだろう。

 今となっては、バットで一撃。

 怪人のお粗末さにイライラする。


 今のMASTも気に入らない!

 昔は戦隊が集合する際に、こちらの怪人は攻撃しなかった。

 それがいまや、こちらが名乗りを上げる前に攻撃してくる。


 美学というか、様式というのか、そう言うものが今の宿敵には欠如している。

 それが、たまらなく気に入らないのだ。


「こんなんじゃねぇよな」


 口癖のような独り言を繰り返しながら、食べ飽きたA定食を口に運ぶのだった。



 食事を済ませて自室に戻ると、おもむろに携帯を取り出す342号。

 「7時か、そろそろ……」


 画面には全身ピンク色のVTuberが映っていた。


『はおはお! 川を流れてどんぶらこ、みんなの桃姫こと、ピーチクイーンが見参しましたぁ』


 それをニヤニヤしながら見ている。

 まぁ実際にはマスクで顔は見えないのだけど。


「クイーンなら女王だろー」

 小さく口に出しながら、そんな文面を送る。


『あーまたコタローさんがそこ突っ込むぅ!』


 登録者数は数万人いる筈なのに、自分の文面を読んで貰えて、嬉しさに悶え苦しむ324号。

 彼にとって、この時間だけが至福の時だった。


「もうだれも突っ込んでないからな」と打つと。

『7年もこのままやってるんだもん、もう変えれないってば』と返ってくる。


 開始と同時に入ったことで今日は2回も会話が続いてご満悦だ。

 少しすると閲覧の数も増えて、目で追うのが困難なほどにコメントが流れてしまう。


 実際、上司のおごりに付き合ってたら間に合わなかっただろうと思うと、やはり意地をはって正解だったと思えた。


 その後は、飛び交う有料アイテムに「ありがとう」を連発しながら、質問を追えた分だけ、一生懸命答える桃姫を眺めながら、配信時間が過ぎていく。


『みんな、そろそろ時間なんだ。ごめんね! でもでも、そんなみんなに朗報だよ!』


 珍しく最後に何か報告があるらしい。

 342号は耳をそばだてる。


『なんと会場を貸し切って、桃姫ライブイベントってのをやることが決定しました! パチパチパチ』


「ってことは、桃姫ちゃんとリアルで会えるかもってことか!?」


 342号はベッドから飛び起きる。

 狭い二段ベットの上に居るため、したたかに頭を天井に打ち付けてしまった。

 その痛みに、自分が何処にいて、どんな役割を持っているのかを思い出してしまう。


 そして好きな人が嬉々として話すその内容に、悲しい気持ちになってしまった。


 ……彼はエーデルヴァイスの構成員。

 よほどの事がない限り、表の世界には出ることが出来ない。


「俺、なんでこんなことやってんだろうな」


 携帯を置くと、二段ベットの上で、近い天井を見ながら呟く。

 そこには総統、つまり怪人のスチールポスターが貼ってある。


 彼にとって、この仕事は名誉あるものだったが、それは昔の話。今では思い描いた仕事もできず、組織自体も成果を上げることができない。


 しかも、会いたい人に逢うことすらできない。


 かといって、ここ以上に自分の望みを叶えることが出来る場所もない筈なのだ。


 携帯から『またねー』とピーチクイーンの言葉が聞こえたのを最後に、静かになった。


「少しくらい、自由にしても良いよな」


 20年、ここに居るのだから。

 多少のコネもある。

 一度で良い、一度で良いから。


 地上で、おもいっきり好きなことをしたい!

 桃姫に逢いたい!


 そう願う342号だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る