第3話 平和な時間
「では今日の報告は終わりになりますが……最後に新装備の支給を致します」
中野の言葉に、みんなの顔がぱっと明るくなった。
「今度は何が来たんだ?」
いつも眉間にシワがよっている茜も子供のようにはしゃぎ、せり上がりで小さな箱がのった台がモニターの下に現れるのを、わくわくしながら待っている。
蒼士が代表してその箱を開けると、中にはさらに小さな箱が五つ。五色に色分けされていた。
「こいつはウチのだなっ!」
一番乗りした茜は奪い取った赤い箱を速攻で開ける。
しかし中身を見て一気にテンションが下がったように
「なんだよ、眼鏡かよ……」
と
「眼鏡は間に合ってるんですが……」
初めから眼鏡をかけている蒼士も困惑気味だ。
「スーツを着ていないときでも、端末として使える優れもので、レンズの内側に情報を表示できるようにしてあります」
と、モニター越しに中野が補足説明をしてくれる。
「あー私のフレームピンク色だ」
桃海だけは嬉しそうにはしゃぎながら、さっそくかけてみている。
「メンバーカラーに合わせていますが、ブルーのものだけは、普段かけているフレームを採用してあります」
蒼士が箱を開けると、今にかけている物と同じデザインの眼鏡が入っていた。
「ありがたい気遣いですね、青いフレームなど似合うとは思えませんし」
そう言いながら変えても変化のない眼鏡を入れ換えた。
「赤フレームかよ……似合うのか? これ」
文句をいいながらも、茜もそれをかける。
その様子を見ていた桃海と蒼士は一斉に後ろを向いた。
「おいっ! お前らなんだよその反応は! こっち向いてみろ、笑い堪えてんだろ!」
二人が振り向くことはなかったが、突然の大声に今まで寝ていたローズが目を覚ました。
十分に背伸びをすると、回りの様子を伺うようにキョロキョロと辺りを見回す。まるで猫のような仕草だ。
「なんだよてめぇら、なめてんのかよオラっ!」
叫ぶ茜の方を見てローズが一言。
「わぁ、可愛いわね茜っち。イメチェンなの?」
その言葉に、わなわなと拳を震わせる茜。
「ウチは可愛いって言われるの嫌いなんだよっ!」
──っとまぁ、ひと悶着あったものの、通信機能や情報の共有も含めて便利なアイテムではあったので、取り敢えず携帯する事を義務付けられ、茜もしぶしぶそれを鞄に放り込んだ。
「今回の定例会は終わりです、同時に給料も振り込みをしておきましたので、皆さんで親睦を深めてみてはいかがですか?」
中野がそう提案しながら、モニターを切る。
「余計なお世話だよばか野郎」
茜はそう言うと、早々に鞄を肩にかけて、自分の部屋の横のシューターへ向かいはじめた。
「もう帰るのですか?」
蒼士が茜の背中に向かって言うが。
「ああ、ウチは今日仕事した。怪人が出るならあとは任せた」
背中越しに指で別れを告げると、カプセルに飲み込まれていった。
「あーあ、行っちゃった。……YouTubeの編集でもしよーっと」
桃海もつまらなさそうに自分の部屋に戻っていく。
「私は暇ではないので、別に良いのですがね」
蒼士はモニターのある部屋へ消えていく。
一人取り残されたのは、地面に寝転んだままのローズただ一人。
「うーん。どういう状況?」
少し悩んだかと思ったが。
横になり、すぐに寝息をたてはじめた。
こうして月一回、全員が顔を合わせる定例会は終わったのだった。
鍵を開ける茜は、ギギギと軋む木の扉を引きながら部屋に入った。
鍵はかかっているが、思いっきりやれば小柄な女性の茜でも一発で蹴破れそうな程粗末な扉だ。
靴を脱ぐために目線を下げると、一足の靴が玄関に投げ出されている。この家のもう一人の住人が、先に帰宅しているのだろう。
「帰ったぜ。靴はちゃんと揃えろよな、ったく……」
愚痴りながら自分の靴と一緒に、薄汚れたスニーカーを並べ直す。
「ねーちゃんお帰り!」
奥の部屋から小学生高学年の男子が走ってくると、そのまま茜に抱きついてきた。
「なんだよ元気だなぁお前は」
そう言いながら抱き締め返して、頭をワシワシとなで回す。
お互いにふれあうつるつるとしたほっぺたの弾力を感じながら。気持ち良さそうにグリグリと顔を動かす仕草はまるで小動物のようだ。
茜の弟、木月
姉の愛情を一心に受け、すくすくと育っている。まるでヒーローのような、実直で快活で正義感の強い男の子だ。
二人はしばし無言で帰宅の挨拶を終え、離れた。
「今日ね、学校でね……」
と早速報告を始める弟に、茜は頷きながらも台所へと向かう。
食卓の椅子にかけてあったエプロンを掴むと、慣れた手付きでひもを結ぶ。
そして冷蔵庫から食材を取り出すと、そのまま調理にかかった。
──父親の失踪、母親の死。
身寄りもない二人は、肩を寄せあい慎ましやかに暮らしている。
二人だけになった時は、どうしていいのかわからなかった。
なにせ、茜は12歳、紅太に至っては2歳だったのだ。
そこに救いの手を差し伸べてくれたのが、今の仕事の上司である「司令」こと、長岡のおっちゃん。
彼には感謝してもしきれない恩がある。
今の仕事も、長岡のおっちゃんの紹介だ。
仕事に就くとおっちゃんが、
「これからは私の事を司令と呼ぶのだよ」
と言ったときには正直笑ったが、二年経った今ではそれにもずいぶん慣れた。
仕事を始めたのを切っ掛けに、このボロアパートに引っ越してきたのは、流石にこれ以上おっちゃんに迷惑を掛けるわけにはいかないと思ったからだ。
もちろん今では、茜も公務員として働いているため、生活が苦しいわけではないが。この愛すべき弟が、これから先苦労しないようにと、無駄遣いをせずに貯めている。
それに茜にとっては、紅太さえいればどこでも良かったのだ。
食事を終え風呂に入ると、電池が切れたように紅太が眠ってしまったので、ようやく茜は自分の部屋のドアを開ける。
壁には暴走族の特攻服が飾られ、バットや単車のハンドル等が戦利品のように並んでいた。
これは彼女の物ではない。
今は亡き彼女の母親の遺産だ。
レディースをやっていた母を、警察官だった父親が補導して、そこで恋が芽生えたと聞いている。
まるで現実離れしていたが、街に巨大な怪獣が現れたという昔話よりは、こっちのほうがまだありそうだと、子供ながらに思っていたものだ。
結婚後、母はレディースを辞めたが、時折この特攻服を眺めては懐かしそうに目を細めていたのを思い出す。
茜の服装のセンスや、口調は母譲りの物なのだろう。
彼女は気付いていないが、母のように振る舞うことで、父のような素敵な男性に巡りあうことが出来ると思っていたのかもしれない。
その幻想も、父が失踪するまではの話だが。
それに、茜自身が街の平和を守る側になっているというのも皮肉な話だ。
「おねぇちゃん?」
ぼーっと部屋を見渡す茜の背中に、紅太が声を掛けてきた。
「どうした紅太、トイレか?」
「あした、バイトじゃないの?」
MASTは秘密の戦隊だ。
自分がそのレッドだと知られれば、家族が危険になる恐れがあるため、紅太には自分はバイトで生計を立てていると言ってある。
「そっか、わりといい時間だな……紅太、一緒に寝るか?」
「うん!」
茜は襖を閉めると寝室の電気を消し、紅太のお腹を抱き抱えて、ベッドにダイブした。
「うわびっくり!」
放り投げた紅太と、今から寝るぞと言ってるにも拘らず、くすぐりあったり、笑いあったりしながら、疲れて寝るまではしゃぎあう。
こんな日常を守るためにも。
彼女は明日も怪人を倒すのだった。
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