第2話 定例会議

 公園を出たレッド……こと木月きづきあかねは、辺りをキョロキョロと見渡す。それはまるでトイレを探しているような素振りで気忙しい。


「シューターを探しているのですか?」


 ドローンが間髪入れずに語りかける。


「そーだよ」


 別段苛立っている訳ではないが、ぶっきらぼうにそれに答えると、ドローンは少しだけ黙ったあと「端末に転送しました」と言った。


 その答えを聞き、茜は左腕の端末に触れる。

 目の前に簡単な地図のようなものが浮かび上がり『シューター』と呼ばれた施設が表示された。


「サンキュー気が利くな中野さん」


「お褒めに預り光栄です」


 中野というのは、ドローンの操縦者の名前だろう。

 声質から茜よりはだいぶ歳上のようだが、不敬な態度にも動じず淡々と仕事をこなしている。


「ほんと、気が利くし助かるんだが、もっと高く飛べよおめぇ……毎回スカートの中を狙いすぎなんだよ」


「検討致します」


 絶対に検討する気の無い抑揚に、レッドがドローン目掛けてバットを振る。

 先ほどの怪人に対してより殺気立った一撃だったが、容易にかわされてしまった。

 中野は淡々と仕事をこなしていると先程記載したが、実は結構楽しんでるかもしれない。


 レッドは「クソッ」とか「ふざけんな」とか、ヒーローらしからぬ発言をしながらバットを振り回しつつ進行。

 端末が示す目的地までやってきた。

 そこには近未来的な形をした、電話ボックスのようなものがあった。形はカプセルの錠剤の大きいやつと言えば伝わるだろうか。


 ドローンを撃破することはあきらめ、腕の端末を近付ける。

 すっと扉が開き、同時にカプセルを支える柱にドローンが収納された。


「やれやれ、ようやくゆっくりできるぜ」

 独り言とも愚痴ともつかない口調で茜がシューターに入ると、扉が閉まり、スポンと地下に吸い込まれていった。




『──到着しました』


 その音声案内とほぼ同時にカプセルが開く。


「っ痛てて、なんかこう、他に無いもんかなコレ」


 中から出てくるなり、目眩を吹き飛ばすように頭をブンブンと振って、辺りを見回す茜。


 窓ひとつない円形の部屋は、20畳程度の広さ。

 そこは閉塞的な空間ではあったが、明るく清潔なため、閉塞感を感じることはないだろう。


 カプセルの隣には扉があり、その組み合わせが幾つかと、正面に大きなモニターのある部屋に続いている。


「仕方ないだろう、怪人に素早く対抗するために、ありもので対処しなきゃならなかったんだ」


 モニター部屋から、茜の愚痴に答えながら現れた男性。


 スーツにネクタイがピシッと決まり、顔には銀縁眼鏡が掛かっている。

 片手にティーカップを持ち、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


 その見るからにインテリジェンスな男性は、身長が178cmと少々高めで、小柄な女性である茜に対し、見下ろすようにしながら紅茶をすすった。

 茜はこれもまた気に入らない。


「ったく、メガネはまた居るのかよ、暇なのかお前はよ?」


 目を合わせずに喧嘩腰な口調でそう言いながら、カプセルの隣の部屋へ向かう。

 端末が反応しドアが開くと、男性の返事も聞かずに中に入っていく。


 メガネと呼ばれた男性も表情ひとつ変えることなく「暇じゃないからここに居るのですがね」と、くいっと眼鏡の位置を直しながら、聞こえずとも構わないといった音量で、ため息混じりに吐き出す。


 彼の名前は森田もりた蒼士そうし

 戦隊のブルーを務めている。

 冷静な分析で現場の作戦を立てるエリートだ。

 


「確かに。シューターの原理は遥か昔に設計された、物を運ぶための装置で、人間用では無いですからな! 茜たん萌えっ!」


 蒼士とは別の男性の声が、スピーカーから聞こえてきた。


 声の主は川浪かわなみ翡翠ひすい

 戦隊のグリーン担当だ。

 部屋からでてくるのを嫌い、殆ど戦わない引きこもりだ。


「それはその昔、顔を合わせずにお金を受けとるシステムとしてラブホテルで使われていた物とほぼ同じなのでござるっ!」


 楽しそうに語るその声質から、太り気味の男性のイメージが想像できる。

 実際のところ彼は、この仕事に就いてから殆んど部屋を出ていないため、だいぶ体重が増えてしまった。

 就任時に渡されたスーツが入らないのではないか? ともっぱらの噂だ。


「っせぇなデブ! その話は何べんも聞いたわ、ラブホラブホ言うんじゃねぇ」


 怒鳴りながら部屋から出てきた茜、その装いは普段着に変わっていた。


 金髪をポンパドールに纏め、余った髪をヘアピンで止めてある。

 服装はスカジャンに人口革のスカート。

 昭和のヤンキーのようなスタイルだが、身長が低いせいなのか、威圧感は全く無い。


「で、デブ。なんで今回の出撃はウチだけだったんだ?」


 スピーカーに向かって質問する茜だったが、答えは蒼士から返ってきた。


「今回の怪人はバッタと電気鯰でんきなまずの怪人、名前はバッテリー。グリーンが言うには、今回の怪人の弱点は『バット』だったらしい。レッド以外が行っても無駄足だっただろう」


「ハン! バッテリーにはバッターが天敵ってか? 相変わらず何の冗談なんだよ! お前らがバット持って殴りに行けや!」


 相変わらず口が悪い茜。一応蒼士は年上なのだが、気遣う様子もない。



「まぁまぁ、喧嘩しちゃぁダメですよ」


 別の扉が開いて、女性が一人出てくる。

 ふわふわピンクのドレスのようなワンピースを着た、いかにも女の子だ。


 川浪かわなみ桃海ももか

 名字で気付いた人も居るかもしれないが、翡翠の妹だ。

 彼女もネットの海に潜る系の人種だが、兄とはまた毛色が違って見える。


「別に、喧嘩なんてしてねぇし、してたらこいつの顔面血まみれだし」


 喧嘩イコール殴り合いという思考の持ち主は、口を尖らせながら蒼士を指差す。

 口より先に手が出るような性格だとはいえ、さすがに付き合いが長くなると、そうもいかないようだが。


「実際に何度眼鏡を割られたことか……」


 過去にはそういうこともあったようだ。

 銀縁を指で押し上げながら、脳裏に苦い記憶が甦ったのか、ため息をはく。


「昔の話だろっ、いつまでもグチグチいってんじゃねぇ」


「まぁまぁ茜さん。──そうそう、ローズさん呼んできてくれませんか?」


 桃海が茜と蒼士の間に割り込みながら、お願いしますと言わんばかりに手を合わせてペロッと舌を出してみせた。

 狙い過ぎではないかと思えるほど媚びた動きだが、容姿端麗な彼女がやれば、心がときめく男性は少なくないだろう。


「ハァ? ウチに指図すんじゃねぇよロリババァ! ……ってか、姉さんも居んのかよ、どうしたんだ今日は?」


「今日は定例会だ、皆が集まっていても不思議では無いだろう」

 眼鏡を拭きながら蒼士が説明する。


「そうだっけか?」


 茜はどうでもいいといった感じで、いくつかに区切られた部屋の一つを開けると、遠慮もなく中に進んでいく。

 そして電気のついていない部屋の奥から、女性を一人担いで出てきた。


 赤み掛かった髪はウエーブがかかり、大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 しかし、それ以上に目が行くのは、この女性が下着姿だということだ。


 そんなあられもない姿の女性を、広場まで引きずり出すと、その場に無造作に放りだした。


「うほっ! ローズさん眼福ナリっ!」


 スピーカーから翡翠が興奮した声を上げるが。


「本っ当……お兄ちゃん、マジでキモいからやめてくれる?」


 先程媚びてお願いポーズを取っていた者と同一人物か? と疑う程に怒りに満ちた低い声と、汚物を見るような目付きがなんとも恐ろしい。

 うらはらにその手つきは優しく、寝ている女性にピンク色のタオルケットを被せてあげている。


 幸せそうに寝ているこの女性は美空みそら薔薇ろーず

 戦隊のマゼンタを担当している。

 酒が大好きでいつも飲んだくれている。こと戦闘においては酔っている方が強いと言うのだから困ったものだ。



 ここで設定に突っ込みたくなった人も居るだろう。

 赤、ピンク、マゼンタという。

 なんとも偏った色の配置には触れないでほしい。この組み合わせも公募で決まったのだ。


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「さて、全員揃ったな。これより定例会を始めよう」


 蒼士がそう言うと、部屋の中心にモニターが浮かび、アラフォーの男性の顔が写し出された。

「本日定例会を進行させていただきます、中野隼人はやとです」


 その声は、先程レッドを追いかけていたドローンの声と同じだ。

 真面目そうな雰囲気だが、少しつり気味の目がちょっとだけ意地悪そうというか、Sっ毛があるというか……。だが、見た目どおり仕事は真面目にこなしてくれる。

 さっそくテキパキと話を進めはじめる中野。


「まずは先月からの怪人の出現状況とその傾向についての報告です……」


 中野が機械的に業務をこなしていますといった口調で話し始めると、それぞれ思い思いにそれを聞く。


 茜は先ほど怪人に邪魔されて、いつもの昼寝が出来なかったのを思い出したのか、早速あくびをし始める。

 蒼士は情報を聞き漏らさないよう真面目に聞いている、まるで一字一句暗記でもしているかのようだ。

 桃海も退屈そうにはしているが、モニターを見て……いや、髪に隠れて見えないが、ブルートゥースイヤホンで音楽でも聞いているのだろう。無意識に手でリズムを取っている。

 ローズに至っては未だ夢の中だ。


「──以上が今月の報告になります。質問はありますか?」


 その声に、蒼士が手を上げる。


「では、先月よりも、怪人の出現率は減少傾向にあるんですか?」


 機械的な数字の報告を聞くのは、短時間でも長く感じるものだ。蒼士以外のメンバーは話を切り上げたそうにしているが、質問された中野も生真面目きまじめにそれに答え始めた。


「そうですね、この一年、上がったり下がったりしてはいますが、おおむね減少の一途をたどっています」


 確かに、彼ら隊員も出撃の回数が減っているのを感じていたし。怪人自体も弱体化し、全員で出撃する事などとんと無くなっていた。


「けっ、今にウチらはお払い箱になるかもな!」


 会議もそろそろ終わるとなると眠気が収まってくるのか、お決まりの悪態が出はじめた。


「そうも行かないだろう、一体でも出るなら瞬時に対抗できるのは自分たちくらいのものだからな」


 蒼士がいう瞬時の対応とは、通報から5分と経たずに現場に到着できるという自信からのものだ。

 自衛隊のように許可や命令で動く部隊だと、到着までに若干の被害が出るのは仕方ない。しかし、仕方ないで済まされないからMASTは存在価値があるのだ。


「破壊された家屋の見舞金や、亡くなった方への慰霊金をかんがみれば、自分達が解散することは殆ど無いでしょう。怪人が居る限りはね」


 茜も別に解散を望んでいた訳ではない、現実問題そんなことは分かっていたが、何となく悪態をつきたかっただけだ。


「難しい話はやめてくださーい」

 流石に面倒になったのだろう、桃海が横槍を入れる。


「話が脱線しましたね、他に質問がなければ進めますが」


 投げ掛けたモニターの中野に、茜が口を開く。


「ああ、ウチのおとんの情報はないか?」


「すみません、特に新しい情報は入っていません」


 申し訳なさそうに返す中野に「そうか」とあからさまに肩を落とす茜。


「しかしこの件に関しては、司令に話を通した際に、必ず生きているから希望は捨てるなとお言葉を頂いております、私も引き続き情報を集めるように指示が出ておりますので、気を落とさないで下さい」


 その言葉に「そっかサンキュー」と軽く返事をするのだった。



──彼女の父は10年前、母と小さな茜、産まれたばかりの弟を置いて、突如失踪した。


 置いていかれた母も、父の失踪の直後に謎の死を遂げる……


 それは、メンバー周知の事実ではあったが、古傷に触れることをためらい、話題にするものはいなかった。

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