第6話 俺様御曹司様【1】

 結局、芹の拒否は受け入れられずに会場から連れ出された。満足顔の暁と不貞腐れている芹は、ホテルへ車を取りに行った駿を待つ。抵抗を諦めた芹はコスプレから私服姿に着替えた。


「芹、なにか食べたいものはあるか?」

「別に……」

「どこか行きたいところは?」

「家に帰りたい……」

「却下」


 俺様な暁とかたくなな態度の芹は、ずっとこの調子だ。いつもクールで恐いイメージの暁が、芹の前だとなにを言われても苛つくこともなく執着している。ただ目の奥には欲望がギラギラと見え隠れする。


 俺様御曹司には興味はないが、ツンデレを発動されると芹は弱いのだ。今後ふたりの駆け引きはどちらに軍配があがるのか……。


「おまたせしました」


 高級車を運転してきた駿が会場の裏に車を止めた。


「芹、乗って」


 暁が後部座席を開けて芹をエスコートする。


「は、はい」


 抵抗を諦めていやいや乗り込むが、エスコートされて不覚にもキュンとしてしまった。些細なことなのだが、乙女ゲームでのキュンポイントをリアルに暁によって再現されたのだ。


 この時の暁はエスコートとするというよりは、逃げられまい逃がすまいとして必死の行動だ。


 駿も運転席で驚きの光景を目にして固まっていた。普段の暁では考えられない気の利いた行動を目の当たりにしたのだ。芹がエントランスで転けてから、信じられないことばかりが起こっている。


「どちらに向かいましょうか?」

「俺のマンション」

「え゛……」

「なんだ?どこかへ行きたいのか?」

「家はちょっと……」

「なにを心配しているんだ?すぐに取って食ったりはしない」

「暁、お前……。不器用だな……。プッ」

「マンションなら、人目を気にせず食事ができるだろう?」

「人目を気にせずって、余計に警戒するだろう?成宮さん、暁のマンションは頼めばシェフが来てくれて、自宅に居ながらコース料理が食べられるんですよ」

「リアル廉くんの世界……」

「芹はなんでもゲームと比べるんだな」

「だって現実離れしすぎてリアルには思えない。新城社長の感覚が一般人とかけ離れ過ぎてるんです」

「暁だ」

「はあ?」

「新城社長って、他人行儀だろ?」

「他人ですよね」


 出会いが出会いなだけにしゃべり方は砕けているが、当たり前だが呼び方は社長のままだ。


「廉くんに旬くんだったか、その流れで俺の名前も言ってみろ」

「ブハッ、暁、お前おもしろすぎるだろう」


 駿の笑いは止まらない。


「お断りします」


 そんなふたりのやりとりをよそに、はっきりと断る芹はある意味勇者かもしれない。


「じゃあ、言いたくなる状況に追い込むか?」


 物騒な物言いで壁ドンならぬ、後部座席で芹に迫る。


「ちょっ、何するするのよ」

「ほらキスされたくなかったら、俺の名前呼んでみろ」

「はあ?嫌ですが」

 

「じゃあ」と口を近づけてくる暁に思わず「ぎゃあ」と悲鳴をあげた。


「暁、いい加減にしろ」


 呆れた駿が止めに入ってくれるが、今度は暁が不貞腐れている。


「面倒くさい人ですね」


 芹がボソッと呟いた声が思いのほか車内に響いた。


「……」

「ブハッ」


 黙り込む暁と笑いの止まらない駿。


「あっ」


 まさか聞こえると思っていなかった芹は、自分の口を覆うがもう遅い。


「成宮さんごめんね。俺も、こいつがこんなにめんどうな奴だとは思わなかったわ」

「どういう意味だ?」




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