第5話 彼女のプライベート【3】

 確かめるべく、人だかりの方へ向かった。芹奈という名前と暁の野生の勘で胸が高鳴る。今までに経験したことのない高揚感だ。


 長身の暁は、やっとのことで中心にいる人物の姿を捉えた。小柄な可愛い女性だが、よく見ると見覚えのある顔。芹を探してエントランスで観察していた時に、今の姿に近い化粧の芹を見たのだ。


「見つけた……」


 暁は無意識に呟いていたようだ。駿には暁が何を見つけたのか訳がわからない。


「何を?」

「芹がいた」


 今までの不機嫌さが嘘のように笑顔を見せる暁だが、駿は身震いする。駿にしか分からない、初めて見せる暁のこの表情。獲物を見つけた目をしている。こんなに、何かに執着し欲する暁を今まで見たことがないのだ。


 そして、芹を少し気の毒に思う。もう暁から逃げることは不可能だろう。普段から物や人に執着しない興味を示さない男が、本気になったらどうなるのだろう……。


 楽しみでもあり不安だ。


 どういう展開が待っているのだろうか。考えながら暁に視線を戻すと、今度は嫉妬に燃える目をしている。


 どうやら『芹奈』としての芹は、かなりの有名人で人気があることがわかった。


「芹奈さん、握手して下さい」

「芹奈ちゃん、一緒に写真撮ってくれ」


 男女関係なく競い合うように、芹の取り合いをしている。一体芹は何者なのだろう。暁は自分の知らない芹を見た驚きと、人を惹きつけている嫉妬とで、今までにない感情が次から次へと溢れ出す。そして気がついた時には勝手に体が動いていた。


「おい」


 腹の底から湧き上がる嫉妬の声が思いのほか辺りに響き渡り、視線は一気に暁に注がれる。


「えっ⁈」


 まさかの暁の登場に驚き固まる芹と、勝手に嫉妬の炎を燃やしている暁。二人の間には微妙な空気が流れる。


「きゃあ〜」

「何〜?」

「素敵〜」


 次々に声が上がる。会場は、ハピカレの廉のコスプレに見える暁が、このイベントのナンバーワンの人気を誇る芹奈と並んだことで、一気に注目を集めたのだ。目立つツーショットに、カメラを持った人達がさらに集まりだす。


 嫉妬で無意識に声を掛けたが、まさかこんな公衆の面前で不機嫌丸出しの姿で新城堂を背負う暁が暴れるわけにもいかず一気に冷静になる。今は気づかれていないが、後々気づく者も出てくるだろう。


「芹奈さん、お手をどうぞ」


 咄嗟の判断で王子様のような爽やかな笑顔を浮かべ跪き、芹に向かって手を差し伸べた。芹はこんな状況になったことへ不満を感じるが、こんなに目立っていては断る選択肢はない。


「ありがとう」


 芹は内心で舌打ちをしながらも、なんとか今の状況を打破するべく嫌々だが手を取った。


「「「ギャ〜」」」

「「「ウォ〜」」」


 会場には絶叫と雄叫びが響き渡った。


「廉さん、芹奈さんこちらへ」


 状況を一番理解している駿が、こちらも咄嗟の判断で状況に合わせてふたりを守るSP風に登場した。


 駿の行動で完全に周囲は、イベントの一環のパフォーマンスだと思った。暁の腕にそっと芹が腕を組み駿の先導で歩き出すと、周囲からはどよめきと歓声と拍手が起こる。そしてカメラが次々に向けられる。


 この状況で写真を撮るなとは言えず、駿は今後の対応を考え頭を抱えたい気持ちを隠してSPを演じ出口に向かう。途中騒ぎに気づいたイベントスタッフが、スタッフ用の控室の方に誘導してくれた。裏にはけて会場から見えなくなったところで、三人同時に盛大にため息をつくのだった。


 



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