第5話 彼女のプライベート【2】

 未だかつてこれほどスムーズに打ち合わせが終わることがあっただろうか。


「さあ、今日のスケジュールは終わりだな」

「あ、ああ」

「さあ、行くか」

「車を回しましょうか?」

「歩いてもすぐだろう。たまには歩くぞ」

「はあ……」


 いつもなら近くても車を出すことも多く、暁が自ら歩くことを選択することも驚きなのだ。ホテルの駐車場に車を置いたままにして、徒歩で幕内メッセに向かう。だが歩き出してすぐ異変に気づいた。


「なんか、やけにコスプレをしたやつが多くないか?」

「そうだな。なんなんだ⁇」


 アニメのキャラなのだろうか。完成度が高い本格的なコスプレから、衣装を着ただけのコスプレまで、たくさんのコスプレイヤーが同じ方向に向かって歩いている。


「まさか、今日のイベントって……」

「アニメ?コスプレ?」

「でもその割には、コスプレをしていないやつも大勢いるぞ。まあ、カメラはぶら下げているが」


 幕内メッセに近づくと人が溢れている。そして、スーツを着た暁と駿は異質でかなり目立っている。イケメンがスーツを着ている姿は、コスプレに見えなくもない。


 そして本日のイベントの正体がわかった。


 『ゲーム&アニメの祭典』と看板が見えたのだ。どうやら、大人向けの対戦ゲームから、女性向けの乙女ゲーム、アニメ、コスプレなど、ありとあらゆるオタクと言われる分野のイベントのようだ。


「そういえば、うちも出ているんじゃないかな……」


 駿がポツリと呟く。新城堂もこの手のイベントに出展しているが、さすがに社長や社長秘書はそこまで細かく把握しきれていない。今日のイベントは大きなイベントではありそうだが、どちらかというとマニアックな部類だ。


「芹はここに来てるんだよな?」

「今日のイベントはこれだけみたいだな」

「……」

「どうした?やめるか?」

「駿、おまえなに言ってるんだ?ゾクゾクする」

「まあ、おまえならそう言うと思ったよ」


 実は暁には秘密がある。駿しか知らない秘密が……。


「この中から芹を見つけるのか……」


 人、人、人で会場の外まで人が溢れている。


「無理じゃないか?」

「いや。俺にはわかるはずだ」


 どこからくる自信かわからないが、暁が言うと可能な気がするのが不思議だ。


 ところが会場に入った途端、なぜか一気に女性達の視線が暁に向いた。ザワザワと暁を指差しなにかを口々に言っている。訳の分からないまま注目され、暁の機嫌は一気に下降する。


「あの〜」


 そこへ女性が暁にオドオドと声を掛けてきた。眼鏡をかけた大人しそうな女性だ。


「ああ?」

「すみません。『ハピカレの廉くん』のコスプレですか?」

「はあ?ハピカレ?廉⁇」

「はい」

「なんだそれ」

「えっ、違うんですか?すごく似てたから」

「……」

「失礼しました」


 女性は暁の迫力に押されそそくさと去って行った。


「駿、なんだ?ハピカレって」


 すでにスマホで検索していた駿は、暁に画面を見せた。


「乙女ゲームみたいだな」

「乙女ゲームって、うちにもあったよな」

「ああ。女性がプレイヤーでイケメンと恋愛するゲームだな。これは、うちのゲームのソフトではなく、スマホ用アプリだな」

「……。それは面白いのか?」

「俺に聞くな」

「で?そのゲームの中のやつに、俺が似てるのか?」

「わからん」


 だが、その後何度も声をかけられる。辟易してくるが、芹を見つけるまではと我慢する。普段の暁では考えられない。


 その時、少し離れた所でざわつき出した。


「今度はなんだ?」


 暁がそちらに目を向けると、ひとりのコスプレイヤーがたくさんの人に囲まれているようだ。声をかけられ写真をせがまれている。だが、囲まれている人物は小柄なのか暁からは顔が見えない。


「きゃ〜、芹奈さんだ」

「ホントだ。芹奈さ〜ん」

「芹奈ちゃ〜ん」


 野太い声まで混じっている。男性にも女性にもモテモテのようだ。


「芹奈……」


 自分が探している人物に似た名前。騒がれるほどの容姿。なんとなく予感がした。



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