第4話 攻防戦【2】

 毎日服装や小物まで念入りに変えて俺の目を誤魔化していた女性。今日はどんなタイプに変身しているのだろう。楽しみで仕方ない。どれが本当の彼女なのだろうか。


 今日こそ逃さない――。


 定時になりいつもより足取り軽く最上階からエントランスへ下りて来た。彼女は退社ラッシュのいつも後半だ。いつものベンチに座り捕まえる瞬間を待つ。


 いつも通りたくさんの社員が退社していく。ここ数日で暁には頭を下げても声を出して挨拶はしないという暗黙のルールができていた。暁が出現するまではにぎやかだったはずのエントランスは、ここ最近は静かで人の足音だけが響いている。事情を知らない人が見たら、異様な光景だ。


 そして、数分後――。


 今日は、清楚系のワンピースを着ているが間違いなく彼女だ。さあ、どうやって声を掛けるべきか。彼女を目で追っていると、都合のいいことにスマホを手に人波を避け、暁とは反対側の端に寄りなにやら忙しそうに手を動かしている。


 機嫌がいいのか薄っすら笑みまで浮かべて……。


 何を見て機嫌がいいのか気になる。彼女は余程なにかに必死なのか、まったくその場から動き出す様子はなく夢中でスマホを弄っている。


 退社する社員達でごった返していたエントランスの人が疎らになりだした。


 暁はチャンスとばかりに女性に気づかれないように足音を消して近づき、逃げ道を塞ぐかのように立ち声をかけた。


「芹、やっと見つけた」

「えっ?ギャッ‼」


 いきなり声をかけられて驚き悲鳴を上げてしまう。そして声の主を見てあからさまに嫌な表情をする。


「俺は歓迎されていないようだな」

「なんのことでしょうか?すみませんが人違いです」


 何とか逃れようとするが、暁が立ちはだかり進めない。


「間違いないよな。成宮芹さん」

「……」


 芹は、あることに気を取られて油断してしまったことを後悔する。あれだけ毎日警戒していたのに……。


 万が一自分が探されていたらと思っていたのに……。


「ここでは目立つ。一緒に来てもらおうか」

「お断りしたら?」

「そうだぁぁ。明日からも待ち伏せして、今度は大勢の前で声をかけようか?」


 悪い顔をして恐ろしい脅しをする。今はエントランスに人が少なくて良かった。


 もう暁に従うしか選択肢がない状況で、いやいやだがついて行く。芹を捕まえて満足気な暁と、その後ろを項垂れてトボトボと歩く芹が対照的だ。それでも逃亡の機会をうかがう芹だが、後ろに目でもついているかのように隙がない。


 乗ったことのない専用エレベーターに乗せられた。小さい箱の中はもちろんふたりきりで張り詰めた空気が漂う。芹は思わずため息が出そうになった。


 暁の気配に気づかないほどにスマホに夢中になっていたことに後悔する。そのスマホは、中途半端なまま画面を消してしまった。すぐにでも続きをしたい……。


「おい」

「……。はい?」


 考えごとをしていた芹は反応が遅れる。


「俺を無視して考えごととは余裕だな」

「無視したつもりは……」


 あっという間にエレベーターは目的地に到着した。そして、開いた扉の前には駿が待っていたのだ。


「暁、今日は早かったな。やっと諦めたか?」


 駿からは、暁の陰になって芹の姿は見えていなかった。


「あ?諦めるわけないだろ?芹、行くぞ」

「えっ?」


 駿が驚きの声をあげ、暁の後ろをのぞき込んだ」。



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