第4話 攻防戦【1】

 翌日も退社時間になるとエントランスに暁が姿を現して周囲を驚かせる。


 同じビルで働いてはいるが、子会社で働く芹に暁が直接仕事で接する機会はない。従って呼び出す理由もない。社長という立場を利用することは、暁のプライドが許さない。駿や名取からは呆れられるが、諦める気は微塵もないのだ。自分の手で捕まえると意気込んでいる。


 数日続くと最初は驚きを見せていた社員達も慣れてくる。暁を気にすることなく通り過ぎる。


「暁、気はすんだか?」


 秘書としては、社長の奇行をなんとか止めさせたい。そこで名取に頼んで、芹がオフィスを出たタイミングで連絡をもらっている。それでもなぜかエントランスには姿を現さない。


「なぜ通らない。いや見逃してるのか?」

「きっと見逃してるんでしょうね……」

「俺は芹の姿を鮮明に覚えている」

「そうは言われましても……」

「クソッ、なんとかならないか?」

「なりません!」

「次の手を考えるか……」

 

 芹に警戒されては元も子もない。


 だが暁がここ数日エントランスに出現していること自体が、オフィスビル全体で話題になり警戒されているのだが、本人は無自覚で気づいていない。暁は芹を見逃すまいと夢中で、他はまったく見えていないのだ。


 すでに、芹も連日の暁の行動に警戒している一人だ。たまたまなのか、自分が新城社長の前で転けた日から始まった待ち伏せのような行為。しかも、まだ目的は達成されていないのか続いている。


 芹は万が一、新城社長の目的が自分にある時の用心のため、すでに対策をしている。だから、余計に暁には見つけることができないのだ。

 

 見逃すまいと必死な暁と、用心に用心を重ねる芹。


 そして数日経った時、暁があることに気づいた……。


 元々、人の顔を覚えるのが得意な暁は、連日エントランスで退社する社員達を眺めていると大体の顔ぶれを把握していた。もちろんどこの誰だかはわからないが、見た顔だと認識出来る。


 ところが毎日見覚えのない女性がひとり通るのだ。化粧はバッチリしているのだが、美人だったり可愛かったりと雰囲気が全く違うのだ。身長は女性の平均くらいだと思われる。


 最初は、見慣れない女性だと気になる程度で別人だと思っていた。だが、暁はあることに気づいたのだ。その女性は、毎日鞄や靴や服装を変えてはいるが、スマホのカバーが同じだったのだ。手に持っていたり、鞄にしまうところだったり、見えたのは一瞬だが間違いなく同じカバーだ。


 そして、さらに観察していると決定的なことに気づいた。女性は確実に厚底の靴を履いている。実際の身長より10cm以上高くなっているのではないか。


 身長を小さくして、化粧を取ったところを想像すると……。


 おそらく、暁の予想は間違っていない。やっとそのことに気づいた翌日、気合を入れて定時にエントランスで女性を待ち構えた。




 

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