第55話 自分さえ良ければそれでいい
新築を購入して、そこに幽霊が現れるだなんて、とても不幸な話だ。この人たちも被害者に違いはない。いくら請求されたか知らないが、よほど大きなお金だったのだろう。
でもだからといって、これから人が住むと分かってる家に霊を押し付けて、自分たちは平和に暮らしていたなんて、あんまりではないか。自分さえよければいい、そういうことじゃないのか。
そうか、だからーーみんな隠していたのか。柊一さんも言っていたが、素直に幽霊が出ますと言ってくれたら、私たちは天井の仕掛けに気付かなかったかもしれない。周りがやたら隠したからたどり着いたのだ。その隠した理由は三石さんの家に細工をした罪悪感なんかではなく、もし怪奇現象が他の家にも起きていると分かれば、除霊料金の支払いを請求されると思ったからなのか。
私はぎゅっと握りこぶしを作った。そこにいる人たちを睨みつけ、低い声を出す。
「買った家で怪奇現象が起こることについては深く同情します……でも、他の家に忍び込んで細工までして押し付けるなんて、良心は働かなかったんですか? それをひたすら隠して。弥生さんは霊に驚いて失神したこともあるんですよ。お腹も大きいのに! 何かあったらどうするつもりだったんですか!」
私の怒りに対して、袴田さんが鼻で笑いながら言い返す。
「無関係の人はいいですねえ、綺麗ごとが言えて! 実際自分の立場になったらどうなるでしょう? 私たちだけで除霊料金を払って、あとから入った人は支払わずに済むってことにもなるんですよ。不公平でしょうが!」
「だからと言って、こんなやり方しますか!? みんなで協力して陥れてるようなもんじゃないですか!」
「私たちは自分を守っただけですよ、何が悪いんですか! 三石さんがあなたたちを呼んだのは、緊張もあったけどほっともしたんですよ。あの天井裏の仕掛けに気付かず、除霊だけしてくれれば、みんな平和でいられたのに……」
悔しそうに指の爪を噛んだ姿を見て、私はなお怒りに震えた。
「ああ、そうですねえ。そしたら料金は三石さんたちだけで支払うことになるから、あなたたちは痛くもかゆくもないですもんね! そんなことして恥ずかしくないんですか? もっと他に解決策はあったでしょう!」
「そもそも除霊でお金をぼったくるあんたたちみたいなやつらが悪いんでしょう! 私たちに探りを入れていたのも、どうせお金を巻き上げられると思ってたんでしょ!」
カッとなってさらに言い返そうとした時、すっと暁人さんが私を制した。そして、冷たい声で淡々と言う。
「あなた方、馬鹿ですか?」
普段、礼儀正しく優しい彼が発した言葉とは思えず、驚いて暁人さんを見てしまう。怒りに燃えた彼の顔は、初めて見るものだった。
「莫大な料金を請求された後、他の除霊師にも見てもらいましたか?」
「え? そ、それは……」
口籠る袴田さんに、今度は柊一さんから低い声が出る。これがまた、普段のフワフワした柊一さんから発せられたとは思えない、怒りの声だ。
「除霊師にもいろんな人がいるんだよ。まさかたった一人の話を鵜呑みにしてこんな強行に出たわけじゃないよね? 僕たちはそこまでの高額を要求しない。たまたま詐欺まがいのへたくそな除霊師を呼んだんじゃない? ここの霊は確かに数はいるしそこそこ強いけど、そんなに大変な相手じゃないからね」
みんなが驚いたように目を見開いた。私も一緒になって二人を眺めてしまう。結局のところ、除霊料金がいくらするのか具体的な話を聞いたことはなかった。私は時給でそこそこいいお金を頂いているし、安くはないとは思う。
でもきっと、三家で割って支払いが苦しい、となるぐらいの料金には程遠いのだろう。そりゃそうだよね、そんな高額料金を請求していては、支払えなくなる人がたくさん出てきてしまう。
暁人さんが睨みつけながら言う。
「足元を見られたんでしょうね。まあ詐欺まがいの除霊師に当たったことは不運だったと思いますが、たった一人の意見を鵜呑みにして、他の家に押し付けようなんて案を出す人間には同情できませんね。下調べ不足ですよ」
「それに分かってる? 当時は三石さんたちは越してきてなかったとはいえ、建築会社が所有している家なんだから、立派な不法侵入なわけ」
そう言って、柊一さんはにやりと笑うと、ポケットからスマホを取り出した。ボイスレコーダーが作動しているのを見た人々は、小さな悲鳴のようなものを上げた。今までの会話はしっかり録音済み、というわけだ。勝手に家に忍び込んだという自白が入っている。
男性陣がスマホを奪おうと柊一さんに襲い掛かるが、彼はひょいと軽く交わし、暁人さんにスマホを投げ、私を背中で庇うように立った。暁人さんは上手くキャッチすると、冷静に言う。
「回収した鏡や水などは、そのまま置いてあります。警察には届けますから、調べたら誰が侵入したのか分かるのは時間の問題だと思いますよ」
しん、と沈黙が流れた。それぞれ青ざめた顔で小さく震えている。
そんな様子を見て、私は小さくため息をついた。
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