第54話 真実



「俺たちの推測ですが」


 暁人さんはそう前置きして言う。


「ここに引っ越してきたあなた方はすぐに怪奇現象に悩まされた。そこで、それぞれ家に霊を遠ざける結界を張ってみたのではないですか。でも、あそこにいる霊たちは数も多くなかなか強力です。素人が張った物はすぐに破られ、結局霊が入ってきてしまった。困り果てて相談し合ったあなた方は、まだ入居していない売り出し中の一軒に目を付けた……」


「三石さんの家ってこと。ゴミ捨て場が目の前にあったから、あの家だけ売れるのに時間がかかったって話は聞いたよ。そこに忍び込んで、見つからない場所に霊が集まるようなものを並べまくった。それが上手く行っちゃったってことだね。霊は三石さんの家に集まりがちになって、さらには弱いとは言え他の家には結界が張られていたから、三石さんの家にだけ怪奇現象が起こるようになってしまった。そして、あなた方は怪奇現象に悩まなくてすむようになった」


 さらに暁人さんは、思い出したように付け加える。


「昨晩、うちの家の前にいた人影はあなた方でしょう? この土地に囚われた霊たちが、敷地外に集まるのは不自然です。俺たちの存在を情報共有していたあなた方は、屋根裏のことがばれないか心配で、こうやって集まって話していたのでは」


 そう、私が夜中に見た人影は、幽霊ではなく生きている人間だったみたいだ。


 真っ暗で人影しか認識できなかったし、先入観もあり幽霊だと思い込んでしまった私の早とちりだ。あれはこの家を見張る周りの人々だった。


 つまり、突然やってきた私たちが除霊師である可能性に気付いたみんなは、屋根裏の物たちが見つかるのを恐れた。あれが壊されれば、また自分たちの家の結界を崩して霊が出没するようになってしまうからだ。それに、人の家にあんな仕掛けをしたのだとバレれば問題になる。だからみんな力を合わせ、じっと私たちを観察していた。


 柊一さんたちの説明に、誰も反論はしなかった。その様子が、彼らの話が間違っていなかったのだと証明している。呆れたように柊一さんが言った。


「僕たちにこれだけ必死に隠したことが仇になったよ。とにかく無関係だって顔したかったんでしょ。『自分たちの家にも怪奇現象が起きています』って正直に言ってくれれば、僕たちはこの不思議な現象にも気づかず除霊して終わってた。人の家に細工した罪悪感からからなのか、それとも他に理由でもあったのかな?」


 人々はそれでも何も答えなかった。


 ずっと黙っていた私は、ついに我慢しきれず声を出して質問した。


「どうしてこんな回りくどいやり方をしたんですか? 怪奇現象が起きたら、そりゃ怖いしびっくりします。でも普通、今回の三石さんたちみたいに、除霊できるプロを呼んだりしませんか?」


 一番の疑問はそれだった。柊一さんと暁人さんも、大きく頷いた。


 自分で出来ることをやってみよう、からの結界を張るまでは普通の流れだろう。どう結界を張ったのか知らないが、例えば塩を盛るとかお札を定められた位置に張り付けるだけでも、効果が出ると暁人さんは言っていた。普通みんなそこから始める。だから理解できる。

 

 でもそれが破られた、だから今空いている家に霊を集めてみよう、なんて……普通思いつかなくないか? それに、その家は今後誰かが住むと分かっているのに。


 私の疑問に、ずっと黙っていた朝日野さんが小さな声で答えた。体を震わせ、真っ青になっている。


「私たちも……はじめは呼んだんですよ、プロの人を」


「え? 呼んだんですか……?」


「でも、ここにいる霊は数もそれなりに多いし、長くこの世にいすぎて力も結構強くなってる。だから除霊するのは」


「無理だって言われたんですか?」


 私が首を傾げると、朝日野さんは困ったように視線を泳がせながら答えた。


「……料金が、すごいことになるって」


「……は?」


 私と、それから柊一さん、暁人さんの声まで重なった。


 予想外の言葉に唖然としている私たちに向かって、今度は松本さんが急に大きな声で叫んだ。リンゴを持ってきてくれた時の優しい雰囲気はまるでない。


「みんなで料金を割ったとしても、すごいお金だったんですよ! 新築を買ったばかりだというのに、とんでもない出費で……元は駐車場だったっていうから安心して買ったのに。不動産屋はのらりくらりと責任を逃れるし!」


 それに便乗するように、朝日野さん、そして袴田さんも叫んだ。


「私はずっと義母の介護をして、ようやく夢の一軒家を買ったんですよ! なのに、家を買ったら幽霊がいるから、除霊に大金を出せ? めちゃくちゃじゃないですか! 老後はお金がかかるんですよ!」


「うちは子供も二人いるんですよ、これから出費はもっと大きくなります! 家だってローンもまだ残ってて、貯金だってそんなにない。なのにこんな予想外の大きな出費なんて、無理なんですよ! それで、みんなで集まって話し合いを重ねて……物は試しだ、ってことで、夜あの家に忍び込んで例の仕掛けを……こうするしかなかったし、藁にもすがる思いで」


 まるで自分たちは悪くないと言わんばかりの様子に、私は言葉が出なかった。

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