第53話 上にあったもの
暁人さんがきっぱり言った。
「あの家には完全ではないものの、結界が張られている」
人々は視線を落としたまま何も答えない。暁人さんは続けた。
「それだけなら、おかしな話じゃないんですよ。土地から考えても、あの家に霊が出没するのは当然のこと。袴田さんも怪奇現象に悩んで対処したのかな、で終わる話です。でもそれまでにおかしな点が多々あった。まず、それほどの体験があったというのに、オカルトライターという柊一に相談や世間話をすることは一切なく隠していた。そして、俺たちが中に入るのを凄い形相で止めていた。つまり、俺たちにばれると厄介だと思ったんでしょう。なぜか? それが一番の謎でした」
「そして、さっき暁人が言ったように、あの結界は完全なものじゃない。プロじゃなくて、素人がやったものだね。自分で調べたか誰かに助言されたかで、袴田さんがやったんじゃない? それなりの道具と手順を踏めば、結界は案外簡単に張れる。強度の違いは大きく出るけどね」
「つまり袴田さんの家にも、やはり霊は出没していた。となると、他の家も同じだと考える方が自然です。でも、みんな頑なに怪奇現象は起きていませんって顔をして誤魔化している。それがなぜなのか……すぐには分かりませんでしたけど、三石さんの家で感じる不思議な空気感を思い出せば、おのずと答えは見えてきました」
柊一さんが後ろを振り向く。静かに建つ三石さんの家は、ぱっと見他と何も変わらない。でも、中では多くの霊たちと、どこか緊張感が張り詰めたような不思議な空気感があった。素人の私ですら感じてしまうほどの。
柊一さんが屋根裏で見つけたものたちのせいだったとは。
「僕たち、結界とかはよく見たりするからすぐ気づいたんだけど、逆は見たことないからすぐに分からなかった。あれは『霊を集めるもの』だね」
家を見つめながら柊一さんが言うと、聞いていた人々はみな項垂れた。
屋根裏には柊一さんがのぼり、中の物を全て片付けた。
私は覗くことはしなかったが、彼が上から出してきたものの異常さに震え上がった。
鏡、鏡、鏡。
そしてグラスに入れられた水、水、水。
それが大量に回収された。
柊一さん曰く、屋根裏に敷き詰めるようにして並べてあったらしい。
『これ……なんですか?』
集められたもの達を見て、私は呆然と尋ねた。こんなものがどうして新築の家の屋根裏にあったというのだ。
暁人さんが顔を歪めながら説明してくれた。
『霊を引き寄せるもの、ですね』
『引き寄せる!?』
『霊は水辺に集まりやすいとか、合わせ鏡はよくないとか聞いたことありませんか? 有名すぎる話で迷信だと言われることもありますが、あながち間違っていない。これだけの数の合わせ鏡を設置して、さらに供えるようにして水もあったとすれば、故意に霊を集めようとしたので間違いないかと。そして、実際集まってたんでしょう。今回の場合、特に鏡より水が大きな効果を出しています』
『このグラスに入った水がですか? 何か特別なものなんでしょうか?』
『いえ、恐らく中身はただの水でしょう。でも考えてみてください。火事で亡くなった人たちが死ぬ寸前まで欲したものと言えば、何だと思いますか』
ぞっとした。
あの子供の霊と遭遇した時を思い出す。息も出来ないほど喉が熱かった。あの子の皮膚は焼けてただれていたし、熱さで苦しみながら亡くなったのなら、水を求めていたに違いなかった。火を消したい、と心の底から思っただろう。
その死ぬ間際の思いがいまだあの人たちの中に残っている。
だからあの火事で亡くなった人たちが自然と集まってしまったのか。
『でも、これ一体誰が……』
私の呟きに、暁人さんは黙り込んでしまっていた。
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