第56話 どうか
三石さんの家にしか現れない怪奇現象の原因が、こんなことだったなんて。まだ事の真相すべてを三石さんに話していないけれど、これはどう説明すればいいんだろう。特に弥生さん、お腹が大きいのに、こんなショックを受ける話を聞くなんて……。
少し沈黙が流れた後、誰かの震える声がした。
「そ、そうですか……じゃあ、いくら払えば黙っていて頂けるんですか?」
ぎょっとした。もはや正気を失ったかのような人々が、暁人さんに群がる。
「子供がいるんです、警察になんて届けられたら困ります」
「うちもですよ。若くて子供もいないあなた方には分からないかもしれないが」
「私たちだってやりたくてやったわけじゃないんですよ」
「そうです、俺たちも被害者なんです」
「あなたたちが黙っていてくれればみんな幸せになれますよ」
「三石さんたちもすべてを知るのが幸せとは限らない」
「お金が欲しいんでしょう、みんなで頑張って払いますから、除霊だけして帰ってもらえませんか」
「どうかお願いします」
「どうか」
「どうか」
ぞろぞろと暁人さんに群がり、抑揚のない声で言いつつ頭を下げる人々を見て、得体のしれぬ恐怖を感じた。心臓が冷えていくような、そんな感覚に陥る。正直、霊と遭遇した時よりずっと恐ろしいと思った。
結局反省なんてしてないんだ。何事もなかったように三石さんの家を囲んで暮らしていくつもりでいる。自分たちは悪くない、私たちもお金が欲しくてこんなことをしてるんだと思い込んでる。
その恐ろしさについ後ずさりした。
暁人さんも戸惑ったように言う。
「正気ですか? ここまで来てまだ隠そうと?」
「そんなにおおごとじゃないですよ」
「誰も住んでない家にちょっと入って色々置かせてもらっただけ」
「私たちが何もしなくても、あの土地には幽霊がいたんだから、どのみち三石さんたちは怪奇現象に悩んでたんですよ」
「そう、結果は何も変わらないんですよ」
淡々とみんな口を揃えてそう言った。反省の気持ちがこれっぽっちもないということに、ああもう何を言っても無駄なんだと悟った。
するとその時、暁人さんがハッとした顔でこちらを見た。私ではなく、前に立ってる柊一さんのことを見ている。私もつられて柊一さんを見ると、その後姿から何かを感じた。
何だろう、この不穏な空気は。彼の背中からゆらゆらと何かが出てくる気がした。それはあの廃ホテルで見た、悪霊を食べる時のオーラに似ていた。でも、ここに悪霊はいない。
禍々しい空気感に、自分の息が一瞬止まった。
暁人さんが愕然とした顔になる。
「柊一!」
そう叫んだと同時に、私は反射的に柊一さんの腕を両手でつかんだ。寒くなってきているとはいえ、驚くほど冷たい感触がした。なぜ彼の腕をつかんだのかは分からない。ただ、無性にそうしたくなっただけだ。
見えない彼の顔は、今一体どんな表情をしているの。
「柊一さん?」
震える声で呼びかける。その途端、今さっきまで感じていた空気感がふっと消えた。ゆっくり振り返った柊一さんは、さみし気に、でも普段通り綺麗な顔で力なく微笑んだ。
「うん、大丈夫。ごめんね」
何が大丈夫で、何がごめんねなのかも分からなかった。でも安心すると同時に、彼の腕を離してはいけない気がして、私はそのまま柊一さんの腕を握り続けた。離してしまっては、何か大変なことが起こる気がする。
離れた場所にいる暁人さんがほっとしたように表情を緩める。そして、話を切り上げるようにして周りの人々に言い捨てた。
「あなたたちの要望には応えられません。三石さんに真相は全て伝えます。これからどういう動きになるのかは全て三石さんたちに決めてもらいます」
決定事項だと言わんばかりのその言い方に、さすがに誰も言い返さなかった。絶望を覚えたように洟をすする音がしたが、泣きたいのは三石さんたちだろうと思う。
暁人さんがこちらに歩み寄り、私たちに声を掛けた。
「家に入ろう、まだやることは残ってる」
暁人さんの呼びかけに、柊一さんは黙って頷いた。そしてそのまま私たちは、多くの目に見送られながら、家へと戻った。
部屋に戻ると、柊一さんはぐったりとしたまま布団に転がり、丸まって寝てしまった。私は暁人さんに訊こうと思ったが、何が訊きたいのかもよくわからず黙っていた。それに、暁人さんからもあまり訊かれたくない雰囲気を感じたのだ。
朝になったら三石さんに説明しましょう、という暁人さんの言葉に頷き、私は自分の布団に入って横になった。
でも全く眠れなかった。この家を囲む悪意の人々が恐ろしかった。まるで誰かにじっと監視されている気がして仕方ない。
結局朝方まで起きていたので、ほぼ眠ることが出来なかった私は、眠い目をこすりながら起きた。暁人さんと柊一さんはすでに起きていて、朝食の時に三石さんに説明することを聞かされた。その時は、柊一さんもいつも通りの様子でほっと胸を撫でおろした。
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