第17話 三人で……手!?

 ぽん、と肩を叩かれた瞬間、喉から叫び声が漏れた。そしてそれとほぼ同時に、目の前の扉が大きな音を立てて破られたのだ。暁人さんが蹴ったのか、片足を上げたままの姿が見える。


「井上さん!」


「遥さん、無事!?」


 二人が呼びかけてくれて、私は一気に力が抜けた。その場に崩れ落ちるように膝をつき、ただがくがくと震えて返事すら出来ない状態だった。


 柊一さんが素早く私の隣に駆け寄り、背中をさする。


「大丈夫!? 何があったの、全然こっちの声に反応しないし」


「血、血が……あって……私、叫んだのに、聞こえ、届かなくて」


「落ち着いて。ゆっくり深呼吸してごらん」


 隅の方を見ても、今は血だまりはすっかりなくなっていた。それを確認した後、言われた通り深呼吸を繰り返してみる。その間ずっと柊一さんが背中をさすってくれているぬくもりを感じていた。


 心配そうな顔が私を覗き込む。


「大丈夫?」


 私はとりあえず頷く。暁人さんは周囲を細かく観察し、眉を顰めながら言う。


「何かがいた空気が残ってるな。だが、すでにいなくなってる。井上さんに縋りついてきたのかも」


「遥さん、とりあえず部屋から出ようか」


 柊一さんが支えてくれたので、私はやっと立ち上がる。ふらふらしながら廊下に出て、長い息を吐いた。柊一さんが私に尋ねる。


「声、出してたんだね? 僕たちからは全然聞こえなかった」


「叫んでました。柊一さんたちの声も聞こえてました。でも私の声は届いてなかったみたいで」


「なるほど。何か見た?」


「カーペットの上には動く血だまりと……あと、真っ赤な手。血で染まった真っ赤な手でした。見えたのは手だけ。とにかく怖くて……」


 私が震える声で説明をすると、柊一さんは申し訳なさそうにうつむいた。


「ごめん。やっぱり君を連れてくるのは間違ってた。遥さんには危害が及ばないように頑張るって約束したのに……」


「そんな! 私が二人から離れたのがいけないんです、お二人のせいじゃありません!」


 怖さより、落ち込んでいる柊一さんの顔を見る方が辛かった。二人とも私を凄く気遣ってくれてるし、こうして助け出してくれたのだから、そんなに責任を感じてほしくない。


 私たちの後ろにいた暁人さんも、同じように項垂れていた。


「井上さん、申し訳ありませんでした。怖い目にあわせて」


「暁人さんも……! あの、私も油断してたんです。二人ともそんなに気にしないでください。怖かったけど、無事ですし」


 慌ててそう言った。暁人さんは顔を上げ、私の右肩をちらりと見ると、なおさら厳しい顔になる。


「井上さん、上着を脱いでいただけますか」


「え、あ、はい……」


 言われるがまま、一旦ライトを外してパーカーを脱いだ。暁人さんに借りた白いパーカーだ。それを差し出すと、暁人さんが無言で広げた。


「あっ!」


 無我夢中で全く気付かなかったが、パーカーの右肩には赤い手形がくっきりと残っていた。全身の身の毛がよだつ。


 暁人さんが観察しながら言う。


「井上さんが見た手の仕業ですね」

 

「汚れたのが暁人の服でよかった!」


「柊一、そういう問題じゃないんだが……まあ、それもそうか」


 頭を掻きながら納得した暁人さんは、自分が羽織っていた黒いジャケットを脱いだ。そしてそれを私に差し出す。


「こちらを着ていてください」


「え!? い、いや、それじゃあ暁人さんが寒いです!」


「俺は大丈夫なんで。冷えますよ」


 ずいっとさらに差し出され、おずおずと受け取り、お言葉に甘えて羽織った。恐怖で心がいっぱいだったというのに、彼のジャケットを羽織ったことにより、別のことに意識が向く、おお、暁人さんが脱いだばかりなのでそのぬくもりが残っている……って、何を考えているんだ自分は。


 またしても大きかったので、袖を軽く折り曲げておいた。


 柊一さんが暁人さんに言う。


「やっぱり、遥さんは無理なんじゃないかな。今日は撤収しようか」


「……そうだな」


 二人が相談しているのを見て、私は慌てる。それってもしや、私の浄化する仕事は無理ということだろうか。


「だ、大丈夫です! 怖かったけど、怪我とかそういうのは何もなかったし。私が油断したのもいけなかったんです。今日は最後まで付き合うって決めてきたので、このまま同行させてください」


 離れるな、とさんざん言われたのに、部屋の中へ入って行ってしまったのは自分の落ち度だ。ほんの数歩でも離れてはいけないのだとこれで学んだ。次からは気を付ければいい。


 確かにめちゃくちゃ怖くてたまらなかったし、どうやら自分も霊を見る能力があるらしいと分かってしまった。とはいえ、こんな中途半端なところで終えたくはない。あれだけ気遣ってくれた二人に申し訳ない。


 柊一さんは眉尻を下げる。


「でも、今までの経過を見るに、遥さんはここの奴と相性がよさそうだよ。狙われてるかの」


「ねらっ……いえ、もう絶対に二人からは離れないので大丈夫です」


 一瞬ビビってしまったが、しっかり自分を落ち着けて答えた。暁人さんがほっとしたように言う。


「強い人ですね。柊一、ここまで言ってくれるんだから、もう少し様子を見ようか」


「……まあ、遥さんがそういうならいいけどさ。んじゃあ、離れないように三人で手でもつなぐ?」


 にっこり笑って私に手を差し出したので、ついのけ反ってしまった。な、なんだと? 三人で手をつなぐ!? こんなイケメン二人に囲まれてるだけで凄いのに、手なんか繋いだら、私の呼吸は止まってしまう。


 暁人さんが呆れたように言う。


「それは無理だよ柊一」


「そ、そうですよ!」


「両手を繋がれたら、井上さんが懐中電灯を持てなくなる」


「……」


 突っ込みどころはそこじゃないんだけど……もしかして、暁人さんも天然入ってる??


 そして、柊一さんも納得したように頷いた。


「それもそっかー。じゃあ好きな方と手を繋いでおけばいいよ!」


「!? あのいえ、私なんかがお二人の間に立ってるだけで申し訳ないのに、手を繋ぐなんて本当、畏れ多いので! 大丈夫です! 繋ぐならお二人で!」


「え? どういう意味?」


「とにかく大丈夫です!」


 私がきっぱり断ると、ようやく柊一さんも引いてくれた。ああよかった、柊一さんにしろ暁人さんにしろ、手なんか恥ずかしくて繋げないよ。

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