第3話

「共感覚」という言葉を知ったのは、中学2年の時だった。


 共感覚とは、ひとつの感覚刺激から、通常の感覚に加えて別の感覚が無意識に引き起こされる現象である。

 文字や数字に色がついているように見えたり、味から形、匂いから色を感じたりする認知特性だ。


 つまり、私の能力はバドル系マンガやファンタジーに出てくるような異能ではなく、2千人にひとりだか、200人にひとりだかの割合でみられる特性なのだそうだ。

 やや珍しいというだけで、特別なものではなかったのだ。


(なんだ。つまんない……)


 それを知った時、私はがっかりした。

 ちょうど中2だったので、いわゆる中二病だったのかもしれない。



 その頃、私には気になる男子がいた。


 特にイケメンというわけでもなかったけど、明るく元気で人懐こい犬みたいな子だった。


 ある日の夕方、私はその男子と帰り道で一緒になった。


「ちょうど良かった。オレ、お前と話したいって前から思ってて」


 その言葉を聞いたとたん、口の中に甘い味が満ちて、私はドキドキした。

 2度目の離婚の後、父はすっかり無口になって家での会話がほとんどなくなってしまったので、こんな甘さを感じるのは久しぶりだった。


「……なに? 話したいことって」


 私はあえてそっけなく訊いた。


 その男の子は視線をそらし、ソワソワした素振りを見せた。

 耳が赤くなっている。

 私も視線をそらし、俯きがちに歩き続けた。


「話したいことっていうか、訊きたいことがあって……」


 暫くためらってから、その子は言った。


「優花って、カレシいるのかな」


 優花は、私の一番の仲良しだ。


「……え、なんで? 優花のこと、好きなの?」


 私があからさまに問うと、その子はますます赤くなった。

 視線はあさっての方向を向いている。


「実は……1年の時からいいなって思ってて。もしアイツにカレシとかいないんだったら……」


 途端に、私の口の中は苦みでいっぱいになった。


(この子……とんでもない嘘つきだ) 


 優花が好きだなんて、嘘だ。

 そんな嘘つきと優花を付き合わせるわけにはいかない。

 優花は、私の大切な親友なのだから。


「優花はカレシいるよ。高校生の」


 私が言うと、その男子はとてもがっかりした表情になって「高校生か……」と呟いた。

 自分がついた嘘のせいで私の口の中はますます酷い苦みでいっぱいになったが、親友を嘘つきから守るためだ。


 その後しばらくして、その男子は別の女子と付き合い始めた。

 ほらやっぱり。

 優花のことが好きだなんて、嘘だったのだ。

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