第36話 幸せになる為に

 サイレンが鳴り響く中、俺たち候補生はココア先生の前に集合していた。


「王都近くのダンジョンが崩壊した。それにより大規模侵攻スタンピードが予想される。私たちは、直接多くの魔物と対峙するのではなく球拾いがメインだ。本隊からあぶれた魔物を倒す。また、もしもの時の人命の優先順位はハッキリと決まっている。王家直属、つまり上から順番にだ。それを理解していないものはいないな?」


 

 ルスティ先生は本隊の指揮を執るらしく、アクリルやエウリ、プラタを受け持っていた先生たちもそっちへ。


 候補生とはいえ、俺たちの力を持て遊ばしておくほど王都は優しくない。

 これもまた仕事の一巻だ。


 そして、初めての実践でもある。


 ちらりとミリシアに視線を向けた。

 迷いの目はしていない。


 少し安心した。

 これで、全力を出せる。


 ダンジョンについては座学で勉強したことがある。

 創作物と変わらないが、最悪なパターンが起きたようだ。


 俺たちは城の外、といっても後方に配置されることになった。


 心強いのは、アクリル、エウリ、プラタがライバルじゃない。

 仲間なのだ。後、エヴィやみんなも。


「ルージュ、ミリシア、いつも通りやろう。俺たちは修練を過去最高の記録を出した。絶対大丈夫だ」

「ああ、お前がいるから安心してるぜ」

「……クライン、安心して。私も、今はやるべきことをわかってる」


 王都民は、俺たちをまるで英雄のように送り出した。

 彼らを守るのだと、気合が入る。


 外に出た途端、圧巻の景色が広がっていた。


 ルージュやミリシアたちも声を漏らす。


「すげえ……」

「凄い……」


 宮廷付きの面々、白い制服を着た人たちが集結していた。

 決して多くはないが、全員が凄い覇気を身にまとっている。


 その更に前には、大勢の王国兵士が陣列を組んでいた。


 その上空、魔結界の上に立っているのはルスティ先生だ。


 前線にいるのを見ると、やはり凄い人なんだなと思う。


 右後方には、冒険者たちと思える面々がいた。


 それぞれが変わった武器、防具を身に着けている。


 ほどなくして前線が動き出す。魔物の姿は見えないが、先に叩くのだろう。


 俺たちは待機。

 待っている間、候補生たちと少し話していた。


 エウリが、俺に話しかけてくる。


「……クライン、無茶しないでください」

「え? 俺? なんで?」

「そりゃそうだろ」


 合わせてアクリルも言ってくる。


「確かにクライン君は自分を犠牲にしそうだよね」

「プラタまで……」


 それから数十分後、奥から叫び声が聞こえてきた。

 兵士たちの声だ。


 魔物と戦いはじめたのだろう。


 宮廷付きはまだ動かない。


 そしてついに炙れた魔物が現れた。


 サイクロプスだ。身体中に傷を負っているが、倒れなかったのだろう。

 ドンドンと走ってくる。


 俺は周りをみた。ココア先生は動かない。


 そのとき、とんでもなく鋭い魔力砲が飛んでいった。

 ルージュと比べるのも違うだろうが、何倍も速い。

 それは、魔物の頭部にぶち当たった。


 弾速の方向を見ると、それは上空で指揮を取っていたルスティ先生が放ったと分かった。


 全てが使えると知っていたが、あんな遠くから?


「すげえ……」


 同じ魔滅を使うルージュが、憧れのような声を漏らしていた。

 だがこれは始まりだ。


 冒険者が前に出る。宮廷付きが後に続く。


 ついにあぶれた魔物が増えてきた。


 本格的な戦いがはじまる。


「候補生はまだ動くな。ギリギリまで戦わない」


 だがココア先生の指示はまだだ。


 みんなが戦っているというのに、ただ見ているだけだ。

 そして宮廷付きの動きはすさまじかった。


 無駄な連携が一切ない。魔結界で捕まえた後に魔滅。

 それも自分だけじゃなく、チームとして動いているので連携速度が早い。


 そのとき、たった一つ鳥の魔物があぶれているのがわかった。

 おもちが教えてくれたのだ。


 既に上空で旋回している。


「クライン――やれ」


 ココア先生が、俺に命じる。


 俺は、遠隔でおもちに命じた。

 空を見上げる。おもちが炎の玉を直撃させて、鳥を堕とす。


 だがそれを皮切りに魔物が更にあぶれてきた。


「横に展開する。無茶はするなよ!」

 

 次の瞬間、訓練通り三人組スリーマンセルで動きはじめる。


 まずミリシアが指示を出す。そこに俺が魔結界を展開し、魔滅で倒す。

 ルージュは、俺が魔結界で囲えないと判断した魔物を打ち落としていく。


 会話をせずともお互いの事がわかるように、常に鍛えてきた。


 そこで俺は、更に力を籠める。


「――魔結界、魔強、魔複」


 一度に20体を囲って、魔滅。


 それを見た冒険者たちが、声を上げた。


「すげえガキがいるじゃねえか!」

「ハッ、俺たちも負けてらんねえぜ!」

「あれが候補生か! すげえな!」


 少しだけ頬が緩むも、すぐに気を引き締める。

 ココア先生は、候補生全員の動きを見ていた。


 時には手助けし、時には見過ごす。


 俺たちは貴族の子供だ。死んでも文句は言わないとサインしているものの、正式に雇われていない分、気を遣うだろう。

 だがそんな愚痴は一切零さない。

 ただ静かにやるべきことをやる。


 本当に凄い人だ。


 俺の頭の中も冷静だった。


 戦いの最中にも関わらず冴えていた。


 おそらくだが、自分が役に立っている実感があるからだ。


 弱かった自分とは決別した。そう感じたのかもしれない。


 しかし、全てが順調に思えたそのとき、おもちが降りてきた。


「ぐるぅ」

「……なんだって?」


 俺は、急いでココア先生に叫ぶ。


「北門に魔物が現れたそうです!」

「……なんだと? そんな報告はないぞ。それに大規模侵攻は南だ」

「でも、おもちがそう言ってます!」


 敵は少なくなっているものの、依然として前から魔物が迫りくる。

 北門にも監視はいるだろうが、それでもおもちは危ないと言った。


「……わかった。クライン、私はここから離れられない。――アクリル、エウリ、プラタ、ルージュ、ミリシア、お前たちで行ってこい。だが無茶はするなよ」

「了解!」


 それを聞いた面子が、すぐに頷いた。


「みんな、俺に続いてくれ」


 門は閉じている。迂回している時間はもったいない。

 俺は、魔結界を空中にいくつも出現させた。透明な足場だ。


 自分の魔結界じゃない分怖いだろうが、誰も怯えていなかった。

 俺の後ろにルージュが続き、ミリシア、そしてみんなが続く。


 ――頼りになる面子だ。


 すぐに北門に辿り着く。

 監視兵に候補生だと伝え降り立つが、敵の姿はない。


「ミリシア、エウリ、お願いできるか?」

「やってみる」

「……わかりました」


 魔力感知の高い二人にお願いした。目

 ルージュ、アクリル、プラタ、俺が回りを警戒。


 すると、ほぼ同時に声を上げた。


「「空!」」


 空を見上げる。黒い豆粒が見えた。

 それが何なのか、すぐに理解した。


 おもちに似ているが、前足がない。

 座学の授業で見たことがある。


 ――ワイバーンだ。

 

 そのとき、ルージュが声をあげた。


「嘘だろ。あれは……おそらくダンジョンボスだ」

「なんだって……」


 一直線に降りてくる。

 ボスは、ダンジョンの最下層に存在する魔物だ。


 知能が高く、魔力量が高く、問答無用に強い。


 おそらくだが、崩壊と共に空に駆けあがったのだろう。

 飛行魔物は存在自体が稀有なので感知が難しい。


 そのまま炎を吐いた。


 俺たちではない。


 炎の先に馬車が見えた。急いで避難しようとしていたのだろう。


 猶予はない。


「アクリル! エヴィ! 結界を平らにするんだ。エウリ、支援で強化してくれ」


 俺はすぐに声をかけた。


「魔結界」

「水結界」

「光結界」


 まず三人で平べったい板のような結界を出現させた。

 水と光の魔結界を、俺が更に囲う。


 それをエウリの魔法で何倍も強化してもらう。


「プラタ、一番最後に――」

「わかった」


 ぐんぐんとせまりくる魔法。

 まず水結界にぶち当たると、その勢いが弱まる。


 続いて光、そして俺の魔結界に触れると、ジュッと音が響く。結界をまるで酸のように溶かす。


 何て力だ。


 だが最後、プラタが吸収ドレインを手のひらから出現させた。


 もちろんそれだけじゃない。ミリシアが弱まった炎を囲って、ルージュが魔滅で勢いを弱めた。

 

 そして――。


「はぁっはあっああ……成功した」


 プラタが、全ての炎を取り入れた。


「よっしゃあ!」

「まだだ! ルージュ油断するな!」


 だが何も終わっていない。


 ワイバーンの出現、既にココア先生たちなら気づいているだろう。

 来れないということは、それだけ大変だということだ。


 ならば、俺たちだけでやらなきゃいけない。


 魔結界は近距離じゃないと効果が著しく下がる。


 だが幸いにも、いや最悪か知らないが、ワイバーンが下降しはじめる。


 ふたたび炎を打つらしい。


 視線の先は、俺たちだ。

 

 俺は足場を形成して空を駆けあがっていく。


 対象を俺にすれば、下にいる人たち、王都に矛先が向くことはない。


「かかって来い。俺が相手だ」

「ガァッギャアアース!」

 

 ワイバーンも気づいたのだろう。俺が、煽っていることに。


 口の奥、ふたたびに高密度の炎を溜める。


 だが――。


 横から炎の玉が飛んでくる。ワイバーンの頬にぶち当たると、悲鳴をあげた。


「ぐるぅ!」

「よくやったおもち!」


 そのまま両手両足。魔結界を形成。

 更にワイバーン身体全体を魔結界で覆う。


 あまりの魔力量の消費に目がチカチカする。


 しかしそこにエウリ支援魔力を付与してくれた。

 すぐに持ちこたえる。


「全員で攻撃するぞ!」


 時間はかけられない。

 

 俺は魔滅に渾身の力を込めた。

 それに合わせてルージュが魔滅、アクリルが水滅、エヴィが光滅、プラタが吸収で奪った力で炎を放つ。


 結界の中でとんでもない魔力がはじけ、ワイバーンの悲鳴が木霊する。


 だが――まだだ。


「魔滅、魔滅、魔滅、魔滅」


 何度も何度も何度も何度も力を入れる。


 ワイバーンは、最後を悟ったのか断末魔を叫んだ。。


「ギャギャアアアア」

「悪いな。恨みはないが、俺は決めたんだ。――自分の幸せの為に生きるってな」


 そして最後、魔結界で頭部を覆う。


 ――魔滅。

 

 次の瞬間、ワイバーンが落ちていく。


 だが俺も限界だったのだろう。足場が消えて空から落ちる。


 ぐんぐんと迫りくる地面。


 みんなが助けようとしてくれるが、同じく魔力が尽きたらしい。


 マズい――と思っていたら、おもちが俺の服を掴んだ。

 流石に浮かぶことはできなかったが、それで随分と落下速度が緩まり、地面に落ちる。


「……はあ、ありがとうおもち」

「ぐるぅ」


 横では、ルージュが思い切り手を伸ばしていた。


「なんだ、俺の出番はなしか」

「ありがとうルージュ」

「まったく、クラインは無茶するわね」

「そうかな。攻撃を回避できたのは、ミリシアの探知のおかげだよ」

「……そんなことないわ。彼女のが凄い」


 視線を横に向けると、エウリはまた目を瞑っていた。


 どんな時も油断しない魔法使い。

 だけどふっと力を抜いて、俺に微笑んでくれた。


 俺は、ミリシアに声をかける。


 言いたかった思いを、伝えたい。


「そんなことない。君がいてくれたら俺は無茶ができるんだ。辞めないでくれ、なんて言うつもりはない。でも、ミリシアと初めて出会ったとき、俺は1人じゃないとしかった。君と馬車で過ごした時間が、とても楽しかった。ここにいるのも、君のおかげだよ」

「……ありがと。クラインはそうやって恥ずかしいことをサラリという癖があるわよね」

「え、そ、そうかな?」

「辞める? どういうことだ? ミリシア辞めんのか!?」

「……辞めないわよ目標もできたしね。クラインや、あなたルージュみたいに、なりたいっていう壮大な目標が」

「ほお、なんかよくわからんが安心したぜ。最近のお前、なんか変だったもんな」

「……わかってたの?」

「当たり前だろ。チームだぜ。けどま、見守ってやるのも仲間だろ」

「……ありがと、ルージュ」

「おうよ!」

「魔力はもうほとんどない。けど、まだできることはあるはずだ。みんな、戻ろう」

「「「「了解」」」」


   ◇


 後から知ったことだが、ワイバーンの最後の時、ココア先生は到着していたらしい。

 何かあった時は手助けをするつもりで見守ってくれていたとのことだ。

 何ともまあスパルタの先生らしい行動でもある。


 といっても、死ぬ可能性はあったがな、と笑っていた。


 うん、怖い。


 大規模侵攻は無事に食い止めることができた。

 全てを倒したわけじゃなく、散り散りとなった魔物は、各地に消えていったらしい。


 死人は四人、怪我人は多数。


 そのほとんどが先頭にいた兵士だった。


 敵の確認、索敵、足止めをしてくれた人たち。


 葬式は翌日に行われた。その理由は、死体をすぐに焼却しないといけないからだ。


 魔物に殺された魂は放っておくとアンデットモンスターになる。


 当然だが泣いている人がいた。ワイバーンを倒したことは偉業だと言われたが、手放しに喜べるものでもなかった。

 俺たちがもっと強ければ助かる人がいる。死なない人がいる。悲しまない人がいる。


 手柄は手柄として、その事に目を背けてはいけない。


「……表彰式ですか? それも俺だけ?」

「ああ、お前の指示がワイバーンの討伐に貢献した。あの場にいた全員で決まった」

「総意って……いつのまに」

「ま、形だけのもんだ。合否にも関係するだろう。ちゃんともらっとけ」


 ルスティ先生にそう言われて、俺はたった一人でありがたいお言葉と紙をもらった。

 みんなに感謝したかったが、そのころには既に二回目の休暇に入っていた。


 戻れば最後の試験、それが終われば合否が出る。


 だけど俺はもう気にしていなかった。

 たとえ不合格でも人を助けることはできるし、幸せになることができる。

 それがわかったのだ。


「それじゃあクラインまた休暇明けな!」

「ああ、またね」


 馬車で先にルージュを見送って、ミリシアと二人きりになる。


「なんか嵐のように過ぎたね。休みが終わればすぐに最終試験か」

「仲間うちで戦え、なんて嫌だけど」

「ふふふ、でもありそうだよね」

「ありそう……」


 そんな話をしていると、ミリシアの家に到着。


「それじゃあクライン、またね。――ありがとう、あなたのおかげだわ」

「ああ、こちらこそ」


 そのまま彼女を見送る。

 久しぶりの家だ。


 みんな元気にしているだろうか。


「ぐるぅ」

「ああ、おもちも楽しみだよな」


 さあ、我が家に帰ろう。





 

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