第6話 祝福の儀式

「おもち、静かにね」

「ぐるぅ」


 揺れる馬車の中、俺とおもち、そして父リルドがいた。

 思えば当たり前なのだが、屋敷の外から出たのは初めてだ。


 森と平坦な道が続いているので代り映えのない景色だが、楽しかった。


「おもち、いい子だな」

「うんっ」


 メアリーはお留守番らしい。

 俺も知らなかったのだが、思っていたよりも母は病弱だった。

 父が仕事を頑張っているのは、お金を稼いで生活を安定させるためもあるらしい。


 ちなみに魔印は2本浮き出ている。

 実際は5本だが、メアリーもリルドも喜んでくれた。


 ただ、もう一本の使い道はわからなかった。

 とはいえ、いずれわかるだろう。


 そしてその時、馬車が止まった。


 まだかかるとの話だったが、何かトラブルだろうか。

 と、思っていたら、扉が開く。


 現れたのは――たとえるなら天使だった。


「………」

「んっ、おお! ロイク卿ではないか! もしかしてご子息ですか?」

「おや、インバート卿お久しぶりです。ええ、息子を祝福の儀式に」


 どうやら父の知り合いらしい。嬉しそうに談話しはじめるが、俺はそんなことよりも、女の子・・・に目を奪われていた。

 長くて綺麗な金色の髪、妖精のようなブルーな瞳、生まれたてのような白い肌、細い腕、この世のキレイをすべて詰め込んだような少女だった。


 年齢は俺と同じか少し上くらいだろうか。


 あまりにも衝撃的すぎて、父に声を掛けられていたことに気づかなかった。


「――クライン、挨拶をしなさい」

「え? あ、はい! クラインです。よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げる。そこでようやく、インバートさんに気付いた。

 温和で優しそうな笑顔だ。体格は少しふっくらしているが、笑顔で落ち着く。


 そして――。


「こちらこそよろしく。ほら、ミリシアも挨拶しなさい」

「……こんにちは、ミリシアです。よろしくお願いします」


 淡い唇から放たれた声は、本当に透き通っていた。

 何もかも完璧すぎる。そんなことを考えた。


「ぐるぅ」

「――あ、ごめんね。これはおもち、僕の……ええと、魔獣です」

「なんと……もうこの歳で」


 やはり凄いらしい。父は少し恥ずかしそうに照れていたが、嬉しそうだった。

 ミリシアをよく見ると、人差し指が光っている。


 色は赤い。凄く綺麗で、それも見惚れてしまう。


 俺の視線に気づいたのか、彼女は指をサッと恥ずかしそうに隠した。

 その動作すらも可愛くて、俺の心臓は高鳴りっぱなしだ。


 父とインバートさんはそれからずっと話していた。

 貴族の何たらだとか、戦争の話とか。

 

 興味はあったが、それよりもミリシアに話しかけたい。


 そしてちょっとだけズルいことを思いつく。


 ――おもち、なんかきっかけを作って。


 心の中でつぶやく。いつもではないが、時折、おもちはこの声が聞こえている。


 そして気づいたかのように、おもちはミリシアの膝上にゆっくりと乗る。


 ナイス!


「わっ」

「ぐるぅ」


 俺はここぞとばかりに声をかける。


「あ、ごめん。でも、おもちはおとなしいから」

「……ほんとだ」


 よしよし、なでなでとおもちを撫でる。

 ちょっとだけうらやましいと思ったのは内緒だ。


「魔獣すごいなあ……」

「知ってるの?」

「パパがよく言ってる。でも、私はまだ出なくて」

「そうなんだ。でも、あんまり詳しくは知らないんだよね。今日も、祝福の儀ってことぐらいしか」

「そうなの? ねえ、何歳?」

「三歳ちょっとかな、ええと……ミリシアは?」

「私は四歳だよ。クラインくんの魔印、かっこいいね」

「ああ、うん。まあ、まだよくわからないことばかりなんだけど」


 だがミリシアの指は本当にきれいだ。

 俺の真っ黒とは違う。


 そして俺は気づいた、彼女の中指がうっすら光っていることに。


「2本出れば将来あんたいっていわてるから、わたしもでたらいいんだけどね」

「――出るよ」

「え?」

「あ、ええと。たぶんね!? 結構当たるんだ、僕の予感」

「ほんと?」

「ああ、ほんと」

「うふふ、うれしい」


 一目ぼれ、とまではいわないが、楽しかった。

 他人と話すのも初めてだし、何より同じ・・子供だ。


「痛かったよねえ……」

「痛かった……」


 何より、同じ痛みを共有していたことを知ってから仲良くなれた。

 不良同士が殴り合ってお前も凄いよな見たいな感じかもしれない。いや、それは違うか。


 そして順調に進んでいたはずが、突然、前の従者から悲鳴が聞こえた。

 父とインバートさんは驚いて小窓をのぞき込み、『魔虎か』と声を漏らす。


「このあたりでは珍しいな。この馬車を追ってきているみたいだ」

「一匹程度なら問題ない。俺がやろう。インバート卿、一応何かあったときに回りを警戒だけしてもらえるか」


 すると父は、おもむろに扉を開けた。


 走行中ということもあって風が入ってくる。

 インバートさんは、俺とミリシア、おもちを後方に下がらせた。


 だが俺はじっと見ていた。父が何するのか気になったからだ。


「――私が何とかする、そのまま走行しておいてくれ」

「わかりました!」


 従者に声をかける。すると後ろから追いかけてきたのは、驚いたことに虎だ。


 いや、あれが魔虎なのだろう。額に一角がある。


 ……これが、魔物?


「何を求めてる? まあいい。急いでるから手加減はしないぞ」


 平行している虎に向かって人差し指をかざすと、父の指が黒く光る。

 これは『魔結界』だ。


 それに虎も気づいたのか、思い切り跳躍して向かってきた。だが、透明な箱がジジジジと音を立てて形成されると、見事に捕らえられた。


 ――すごい。


 何度かおもちと練習しているのでわかるが、精度と速度が俺とケタ違いだ。


 これが、父の能力わざ


 そして間髪入れず、中指を立てる。

 今度は紫色に光っていた。


 どういうことだ? 一体何を――。


「『魔滅』」


 たった一言、父が声をあげた瞬間、透明な箱の中だけが黒く覆われた。

 まるで初めから黒い箱だったかのように。

 その後、箱は溶けていくような形で消える。直後、中から魔虎だった・・・であろうものがぼたりと落ちた。


 衝撃的だった。もちろん父が魔物を討伐したりしていることは知っていたが、こんな使い方があるなんて。


 扉を閉めると、父とインバートさんは怖いものを見せてすまなかったと言った。


 だが俺は、まったく別の感情を抱いていた。


 ――凄い、凄い、凄い、と。


 魔結界、魔滅、おそらくこれはセットなのだ。


 だからこそ父は俺の2本指を喜んでいた。

 全てがつながった気がして、俺は興奮していた。


 生物を殺すことに抵抗がないわけじゃないし、実際にできるかどうかわからない。


 でもやっぱり、俺は高鳴る鼓動を抑えきれなかった。


「それではまた後で、リルド卿、クラインくんもな」

「ああ、また」

「はい! ――ミリシアもまたね」

「うん、また」


 それから俺たちは、とある国に到着した。

 名前は『ギリアンドム』。


 西洋のヨーロッパ風を思わせる感じだ。


 ミリシアたちと別れた瞬間、父がすぐに俺に声かけてきた。

 それも、視線を合わすために膝を曲げて。


「大丈夫か? すまないな、野蛮な所を見せて」


 俺を心配してくれているのだ。


 ほんと、優しいな。


「だいじょうぶ。それより、あれが魔物なの?」

「ああ、そうだ。人間の魔力が好物で狙ってくるんだが、あの道で出るのは珍しい。怖かったか?」


 だが俺は首を横に振る。


「パパがいたから怖くなかった。それよりも、僕も覚えたい。父の仕事を手伝いたい」

「――本当か? ははっ! 嬉しいなあ、クライン!」


 すると父は、俺を抱きかかえた。本当にうれしそうだ。

 おもちも飛び回って歓迎してくれる。


 ああ、転生できてよかった。


 でも、まてよ……。


 俺の指は実は後3本も光っている。


 単純に考えたら、父よりも3つの能力を使えるってことになる。


 ……いったい何ができるんだろう。


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