#3

 大陸のほぼ中央に位置するアルカンシェル女王国は、メインストーリーのデフォルトルートとなる舞台である。

 この女王国ルートで主人公プレイヤーと敵対するのが、私が転生したミミ────の肉体に憑依している別人格、メメとその配下である"メモワール"という組織だ。

 "メモワール"の目的は女王国への復讐なのだが、そのとして、ノワール侯爵家が率いる女王国の暗部との戦闘などが考えられていた。

 国内部の問題は地球でもグランウッドでも似たようなものだが、しかし、女王国の現状を整理するのであれば、寧ろ周辺国家との関係性にこそ注目するべきだろう。

 南方には地中海をモデルにしたと思われるサルウィリディス海がある為、女王国は内陸国という訳ではない。加えて領内南西部には大陸で三番目に大きな湖も有しているので、水産資源も豊富である。

 様々な鉱脈もあり、四季折々の植生や肥沃な大地も相俟って、資源面では豊かな国であると言えるだろう。

 しかし、隣接する国家の中で真に友好関係を結べているのは、北東にある国、メア=シュルフト神聖国ただ一つである。

 北西の隣接国であるクリスバレー帝国とは、名目上は同盟関係を結んでこそいるものの五百年前の聖戦時の遺恨が未だに強いし、南西のロカ=パラグアス共和国とは国境周辺での小規模戦闘が絶えない。

 東のスクード法国とは犬猿の仲だし、サルウィリディス海を挟んで南にあるサハル=イジ統一王朝からは、正しく親の仇の様に嫌われている。

 法国の統治から半ば独立した彼の国の属国、アムブロシア公国とは特に遺恨もなく外交を行えているが、宗主国たる法国との関係の悪さから、友好関係を構築するまでには至っていない。

 法国と公国の東、大陸東部を治める大国である神龍皇国とは聖戦時代からの友好国で同盟相手でもあるのだが、何分間に挟まる法国が目の上のたんこぶである。

 これら周辺国家との関係の悪さには理由がある。

 まず第一に、女王国が有する神器が"シエルの器"であること。

 神代末期────つまり、大陸暦が始まる前後に、グランウッドは一度、北部と東部を除いて一つの国に支配された。

 いや、宗教的には、東部も例外ではない。神龍皇国の文化や生活様式自体は神代から続いている固有のものだが、宗教面に関しては、サハル=イジ統一王朝と同様に、完全にその古代の大国────エヴィリシア法王国に敗北したのだ。

 この世界で現在、唯一の神話、唯一の宗教とされている"エヴァリス"。その中で主神に位置付けられているのが、アルカンシェル女王国が崇める光と闇の女神シエル………なのだが。

 アルカンシェル女王国の前身となったヴィクトワール王国は、過去にクリスバレー帝国に併合され消滅している。

 当時の王家と現在の王家には血の繋がりが無く、加えてアルカンシェル女王国の初代女王は、当時クリスバレー帝国ヴィクトワール公領の領主であった帝国公爵家当主とヴィクトワール人女性の妾との間に生まれたと記録されている。

 当然、併合後のヴィクトワール国民の扱いは良いとは言えず、帝国の民の流入なども多かった為、実際には植民地となったと表現した方が正しい。

 文化的な面では辛うじて侵略を防ぐことはできたが、西部の公用語は既に帝国の言語に取って代わられているし、王家の血筋が外から入って来た者達であるという事実は、政治的に大きな火種と成り得る。実際、初代女王が独立を宣言した際には、内外から様々な問題が転がり込んできたらしい。

 このヴィクトワール王国の敗戦と帝国への併合が百年続いた聖戦の始まりであり、聖戦に幕を下ろした人物こそ、アルカンシェル女王国の初代女王にして"正義徳の聖剣クラレンツァ"の所持者、ルミエール・ヴィオレ=イリゼである。

 帝国との軋轢はこれらに起因するが、それよりも問題は、その"正義徳の聖剣"が、アルカンシェル女王国の国宝となっている点だ。

 先に述べた通り、この聖剣は"シエルの器"の片割れで、シエルはエヴァリスの主神である。

 それぞれの国がそれぞれの神を信仰していると言っても、主神の象徴たる神器となれば話は変わる。

 その神器が、公爵領と言う名札で押さえ付けられていたかつての植民地に管理されているともなれば、尚のことだ。

 次に、アルカンシェル女王国とメア=シュルフト神聖国、神龍皇国が三国同盟を結んでいること。

 メア=シュルフト神聖国と神龍皇国はエヴァリス信仰国でこそあるものの、片や魔法を、片や竜を崇めるという点において異端な国である。

 神龍皇国に至っては、聖霊と魔霊双方の力を行使できる背信詠唱者アポステイターこそ真に信仰の道を歩む者である、という考えであるため、エヴァリス法務庁からヘレティクシア同様に敵視されているのだ。

 彼らの信仰が他の国と違うのは、所有している神器の性質と、何よりもエヴァリスに宗教侵略を受ける以前の信仰が文化として残っているという点にある。

 尤も、それはサハル=イジ統一王朝も同様で、しかし彼の国は完全にエヴァリスの信仰国と化しているのだが。

 要するに、その異端な信仰を掲げている国と友好関係を結んでいるアルカンシェル女王国も、他国からすれば異端国であるという訳だ。

 とはいえ、シエルの器を所有しているというのは政治的、宗教的に重要で、そんな異端国であるこの地には、エヴァリス法務庁の中央教会と大神殿が置かれている。

 そのエヴァリス法務庁は国としての形態を持たず、国境を越えて宣教団を派遣できる程の権力を有している。この世界がシナリオ通りに進むのであれば、いくつかのルートで衝突することになるだろう。何しろ、攻略対象の中には、魔剣の所持者や魔導士、人外となった者なども存在しているのだから。

「………でもまぁ、まずは見極めの儀か」

 全てのルートを記憶している訳でもなく、そもそも社内で疎まれていた私が知り得るリリカル・ディストーションの知識の大半は、唯一の友人から教えられたものばかりである。

 メインキャラクターデザイナーという立場上、登場人物周りの情報はある程度揃ってはいる。しかし私の仕事はキャラクターに肉体を与えることであって、人間性を構築することではない。それはシナリオライターの領分なのだ。

 それ故に、私が創造した私の欠片たちに関して有している知識は曖昧な部分もある。

 転生したという現状を未だ正しく認識できているとは言えず、この世界をゲームの中だと考えているという事実を脇に置いて考えても、"物"を扱うのが"人"であることに変わりはない。

 その中には数々の秘宝や神代からの武具なども含まれているが、この世界の住人達がどのように行動をするのかが予想できないのである。

 つまり、この国の魔剣────"傲慢罪の魔剣オートクレール"の在処が、分からない。

「ゲームでは確か、メメが最初の魔竜事件を起こした時にはもう城の宝物庫には無かった筈。百五十年前にメメが持ち出した………?」

 ミミの記憶は全て私のものになっている。しかしメメの記憶に関しては流入したその一部を見ることができるだけで、肝心な部分には辿り着くことができていない。

 ゲームの設定として知っている僅かな事柄以外では、生前の姿と性格くらいしか分からないのだから、メメが"傲慢罪の魔剣"紛失に関わっていたとしても、予想するだけ時間の無駄というものだろう。

「ロゼッタが"傲慢罪の魔剣"の所持者になるのは、確かストーリー二年目………つまり、一四四四年の秋、だったかな」


 これは正規ルートで、飽くまでシナリオライターが考えていたストーリーでの話であるが。


 夏休み明けに第二王子との婚約を破棄されたロゼッタは、接触してきたメメが保管していた"傲慢罪の魔剣"に選ばれる。

 魔剣の所持者となったことを隠しつつ学院生活を続けるロゼッタだが、そんな折、魔物の群れが王都を襲撃する事件が発生してしまう。

 この魔者たちと対峙する最中に主人公が"正義徳の聖剣"の所持者となり、ロゼッタは危機感を覚えることになるのだ。

 ロゼッタの婚約者である第二王子シャルルはアルカンシェル女王国ルートでの攻略対象筆頭で、正規ルートともなれば主人公への好感度も当然高い。

 幼少の記憶からシャルルに依存気味なロゼッタは、学院生活が始まって以来事あるごとにシャルルとの距離を近めていく主人公に様々な感情を抱くようになる。

 初めは"淑女たるもの斯く在るべし"と注意するに留まっていたロゼッタだが、次第に歯止めが利かなくなり、取り巻き達に様々な行為を命令し、シャルルがそれを咎める────という、テンプレートな状況へと陥っていく。

 そして二年目の終わり、進級試験数日前に、主人公とロゼッタは遂に決闘をするまでに関係が悪化し、その決闘中にロゼッタが魔剣を使用し敗北を喫したことで、学院にも実家にも居場所が無くなり、半年近くの間姿を消す。

 これが、このルートでロゼッタが迎える理不尽と破滅の分岐点だ。


 各ルートの主人公に関しては、メインもメインのキャラクターということもあって、ロゼッタや他ルートでの悪役令嬢やライバルキャラクターと同程度の知識がある。

 では、そもそもシャルルと主人公の仲を進展させなければ良いのではないか、とも思うが、ロゼッタが"傲慢罪の魔剣"に選ばれるきっかけは巡り合わせと言う他に無い。神器には強大な聖霊や魔霊────それも竜名を持つ存在が封じられており、彼らは気紛れで所持者を選定するからだ。

 故に、私がロゼッタよりも早く、ロゼッタ以上に、ロゼッタの死の最大の要因である"傲慢罪の魔剣"に気に入られる必要がある。

 ロゼッタが魔剣の所持者となる一四四四年まで、あと六年半。

 六年半の間に、かの魔剣を手に入れなければならない。

 スキルシステムが消滅している以上、魔剣を振るう為には剣術の鍛錬も不可欠だ。アルファ版のデバッグでプレイした時のような、操作一つで新しい能力を獲得して、操作一つで攻撃ができるような楽な世界ではないのだから。

 聖霊神殿で行う見極めの儀では魔法の素質は測れない。私に聖法か武術の才が僅かにでもあってくれれば良いのだが、と憂鬱になる。

 その結果次第では、の捜索も並行して行わなければならない。

 というより、私は私の能力や才能に自信など持ち合わせていないので、アイテムの捜索を前提に考えた方が無難だろう。

 私に誇れるものがあるとすれば、それは小さな依存と自尊心で、その二つは既に失ってしまっているのだ。

「そうなると、あいつらを探すのが先、かな」

 というのは、アルカンシェル女王国ルートでの敵対組織、"メモワール"の幹部達のことだ。

 本来は大陸暦一四四〇年からメメによって集められる者達だが、神器、霊器、鏡などの捜索よりも先に、彼女達を探すべきかもしれない。

 "傲慢罪の魔剣"を含めた、神器や霊器、鏡などの捜索。

 いずれ"メモワール"の幹部となる者達との接触。

 どのような状況下にあってもロゼッタを守る為の自身の鍛錬。

 やるべきことは山のようにある。

 差し当たって今すべきなのは、明日のメイド業務に備えて眠ることだ。

 幸い、この部屋には私しかいない。住み込みで働く────というより奉公に出る場合は同室の者がいるというのが常だが、ロゼッタ達が気を利かせてくれているのだろう。

「見極めの儀、か。………何か、ちょっとムカつくな」

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