#2

 私がミミとして転生したのは、大陸暦一四三八年────聖暦四九三年の三月二十日。

 ゲームのメインストーリーが始まる丁度五年前にして、ロゼッタとミミの見極めの儀が行われる五日前のことだった。

 見極めの儀とは、聖霊神殿で行われる、聖法への適性を知る為の儀式のことである。

 ゲームでは聖法系スキルの解放と成長を行う場として設定されていたこの聖霊神殿だが、転生したその日の夜に、私は大きな問題に気が付いた。

 私は"私"としての人格をこの肉体に定着させることに成功したが、ミミの感情、そして全ての記憶と、ラスボスとしての人格────というより魂である、メメのものと思われる記憶の断片と混ざり合ってしまったのだ。

 私とミミ、この二つの人格と記憶が混ざったこと、それ自体は割り切ることができる。いや、割り切る、という表現には少し語弊があるかもしれない。今の私は"私"であってミミでもあるのだから。

 問題というのは、その記憶を見たことで知った、この転生した世界でのスキルについてである。

 転生後の世界には、スキルという概念が存在していない。


 リリカル・ディストーションのスキルは、大きく三つに分かれる。

 聖法、魔法に関連するスキルツリーである"法理系"。

 武術に関連するスキルツリーである"術理系"。

 ステータスや"世界の血脈レイライン"に干渉するスキルツリーである"補助系"。

 キャラクターレベルが存在していないというシステム上、どのスキルを取得し、どのスキルをどの段階まで強化するかがプレイに大きく影響する訳だ。

 この世界がリリカル・ディストーションそのものであるならば、とスキルツリーを強制的に解放するアイテムの現在の在処を思い出そうとしていたのだが、ゲームと違い、スキルという概念が消失してしまっている。

 正確には、スキルそのものがなくなったということではなく、能動的に、或いは操作的にスキルを解放するという行為そのものが不可能になっているのだ。

 法理スキルであれ、術理スキルであれ、補助スキルであれ、転生後のこの世界でのそれらは、本人の素質や鍛錬によって手にするの一つでしかない。

 それらは単に加護や恩寵、或いは呪いや術などと呼ばれており、アイテムなどで手に入れることができる力というのも、そのアイテムが本来有している機能に限定されているようだ。

 私は初め、ロゼッタの代わりに、私がこの国の魔剣の所持者となるつもりでいた。

 それにはロゼッタの死を回避するという大目的の他にもう一つの理由があり、聖法スキルツリーの強制ロックを代償とした魔法スキルツリーの強制解放というシステムに期待を寄せたのだ。

 しかし、スキル自体が存在していないのであれば、スキルツリーの制限も解放もないだろう。

 記憶で見た限りでは、この世界に本来あるべきスキルやアイテムに関するシステムは、ゲームの世界観設定に忠実に、そして極めてな形に変化しているらしい。

「まぁ、この世界が現実なら、スキルだ何だがある方が馬鹿らしいけど………」

 しかし、これでは魔剣を手に入れたとしても、魔法は使うことが出来そうにない。

 周囲に魔法士がいれば話は早いのだが、この世界での魔法に対する一般的な理解は、読んで字の如く魔なる者の呪法である。

 一部では寧ろそちらをこそ積極的に学んでいるが、殆どは聖法のみが正しく神の御業の欠片である、と謳っている。

 私も聖法の訓練をするべきなのかもしれないが………

「確かゲームの裏設定で、スキルは魂に結び付けられている、みたいなのがあったな」

 ミミというキャラクターを例に出すのであれば、メメが表に出ている時には聖法と魔法の熟達者として。

 ミミが表に出ている時は短剣と暗器を使用して戦うスタイル────として設定されていた筈だ。

 そうなると、現状の私にどのような素質があるのかが重要になる。

 しかし、聖霊神殿でできることと言えば、聖法に関する素質を知ることと素質のある者の聖霊契約のみで、魔法や武術に関しては他の場所を訪れる必要がある。

 故にスキルツリーの強制解放が可能な特殊アイテムを探そうとしていたのだが、アルファ版の時点で開発中止になったゲームの知識だけではあまりにも心許無い。

 今後この世界がどのような歴史を辿るのかも、シナリオ通りとは限らない。つまり、私に知識面でのアドバンテージは殆ど無い、と言っていい。

 そもそも、リリカル・ディストーションのメインストーリーには、大きく分けて正規ルートが八つ、裏ルートが一つと、合計九つのルートが想定されていたのだ。

 それだけでなく、プレイヤーの行動によっては同じルートでも多少違う内容になるマルチシナリオゲームでもある為、もしゲームが完成していたとしても、この先の未来を完全に予想することなど不可能に近い。

 尤も、各分岐毎のラスボスは決まっているのだが。

 特殊アイテムの入手経路の多くはサブストーリーとなる予定だったと思うが、クエストが失敗しても、そこから新たなクエストが発生する………という、無駄に近未来的なシステムを作っていたのだから尚更だ。

 私もこのゲームの開発に携わっていた身ではあるが、なぜ乙女ゲームの要素を入れようと思ったのか、つくづく謎である。

 攻略可能キャラクターを男性に限定せずとも、MMORPGで偶に見るような、プレイヤー同士の恋愛や結婚システムのようなものをソロゲームに落とし込むこともできた筈だというのに。

 しかし、現時点での世界情勢に関しては、ある程度の知識がある。

 中でも、ロゼッタの死亡を回避する為に必要な情報は、やはり魔剣と、このルートでの敵対組織の動向だろう。

 何としてでも、何をしてでも、ロゼッタを死なせはしない。彼女は私が作った、私のキャラクターだ。私の所有物だ。

「………ロゼッタ以外にも、気になる子はいるけど」

 オープンワールドで爽快なアクションと男性キャラとの恋愛を楽しめる、新感覚のアクション乙女ゲーム────というコンセプトが原因で、リリカル・ディストーションに登場するキャラクターは非常に多い。

 その全てを私が手掛けた訳では無いが、各ルートでの主人公と、攻略対象となるキャラクター、プレイヤーに敵対するキャラクターは例外なく私の欠片だ。

 中でもロゼッタが最も気に入っているというのは本心だが、他の国での悪役令嬢役にもかなり力を入れたので、出来ることならば、彼女達の破滅も阻止したい。

「各ルートのストーリーを纏めておきたいところだけど………」

 ただのメイドに、紙を買う資金など無い。転生したのが五年程遅ければメメが率いる組織を動かすこともできただろうが、現状の私には何の力も無い。

「その前に、ゲームとの相違点を洗い出すべきか」


 まずは、法理と聖霊、魔霊について。


 法理とは聖法、魔法の二つを合わせた呼び名である。

 聖法は聖霊との契約によってその力を借りて、魔法は魔霊を使役することによってその力を行使して、世界の法則に干渉するものだ。

 ────というのが一般常識だが、実際にはこの二つに大きな違いはない。聖霊か魔霊、どちらの力を使っているかで呼び名が変わるというだけのことである。

 ゲームとの相違点は、それらがスキルとしてシステムに管理されているのか、技術や技能として個人や聖霊、魔霊に依存しているのかという点だろう。

 プレイヤーはゲーム開始時に聖法、魔法の潜在能力を選択するのだが、まずこの時点で、所属国家の選択に大きな影響を及ぼす。所属国家の選択は操作キャラクターの選択と同義でもある為、よく吟味する必要があるのだ。

 そして、ゲーム開始後に聖法スキルツリーを解放すれば魔法スキルツリーが、逆に魔法スキルツリーを解放すれば聖法スキルツリーがロックされ、特殊アイテムを特殊な方法で消費し、とあるスキルを取得するまでそのロックを解除することができなくなる。

 聖法と魔法の二つを扱える者は背信詠唱者アポステイターと呼ばれ、聖霊からも魔霊からも嫌われるため、常に攻撃力低下などのデバフが発生する………というのが、ゲームでの聖法、魔法に関する設定である。

 だが、スキルが存在していない以上、このスキルツリーのロックという制約は無いものと見て問題はなさそうだ。

 聖霊契約や魔霊使役はそもそもシステム上はスキル名とバフ、デバフくらいの役割しかなかったため、世界観設定通りに変わっていたとしても、どちらにしろ対応は変わらないだろう。

 聖霊と魔霊は人間でいうところの人種、或いは民族のようなもので、その本質に違いはない。ただし、聖霊が多少人間贔屓であるのに対して、魔霊は人間以外にもその力を貸す。

 これら二つの力のうち、聖霊が有する力を聖力、魔霊が有する力を魔力と呼ぶのだが、人間の目には前者が白く、後者が黒く映る為、信仰的な問題で魔霊は忌み嫌われるのが普通だ。

 見極めの儀で訪れる神殿にも聖霊を祀るものと魔霊を祀るものがあり、前者は聖霊神殿、後者は魔霊神殿と呼ばれている。

 聖霊神殿では、聖法の素質の見極めと精霊契約を。

 魔霊神殿では、魔法の素質の見極めと魔霊使役を。

 それぞれ行うことができる、というのが、転生後の世界の常識だ。

 聖霊と魔霊はその力の強弱によって肉体の大きさが変化し、比較的自我が希薄で微生物のような扱いを受けるものを小聖霊や小魔霊、相手によっては封印した方が良いとされる程に強力なものを大聖霊や大魔霊と呼ぶ。

 大聖霊や大魔霊とまではいかずとも、それなりに力のある存在は数多くおり、小さなもの以外には明確な自我がある。

 その為、時には人間に崇められ、時には畏れられ、時に人間に力を貸し、時に人間を害するという、その気紛れな性質に、この世界の人類は振り回されてきたのだ。


 次に、武術と気力について。


 術理────武術スキルとは、他のゲーム風に表現するのであれば、要するに武器を使用した物理攻撃スキルのことである。

 それに消費するのが生物の魂の力、気力だ。

 全ての生物には魂の力があり、聖霊の聖力や魔霊の魔力も気力の一種である、と言い換えることができる。

 ただし、人間が指す気力とは人間が持つ魂の力であり、この世界の人類の考えでは、これは祖霊達による導きである、とのことらしい。

 古代人が聖霊や魔霊の力を模倣しようとして魂の力を研究し、その結果として生まれたのが武術、という訳だ。

 武術に関してのゲームとの相違点は、スキルとして獲得、行使ができず、単純に本人の技量に依存するものである、という点。

 そして、法理戦闘スタイルでも武器が所持できる、という点だ。

 ゲームでは、スキルを育てる為に必要となるスキルポイントの獲得に上限が設定されていた。

 それ故に法理系か術理系、そのどちらかに特化するのが理想で、法理系を選べば武器を所有するメリットが然程無く、それどころか武器装備に関するスキルを取得しなければ無意味にすら成り得た。

 加えてシナリオを順当に進めれば、全てのルートでプレイヤーは聖剣の一つを入手する。

 しかし、聖剣や魔剣は対応する法理スキルツリー────聖剣ならば聖法の、魔剣ならば魔法のスキルツリーを全てアンロックする代わりに、もう一方の法理スキルツリーにロックをかけてしまう。

 これは初期選択時と同様だが、聖剣と魔剣によるスキルツリーのロックは、入手が非常に困難なアイテムでなければ解除することができない。

 その為、初めに魔法を選択していた場合、それまで育てたスキルのほぼ全てが無駄になってしまうのだ。

 故に聖剣や魔剣の取得はハイリスク・ハイリターンなものだったが、現実的に考えれば、物を持つことにスキルも何もある訳がない。

 スキルが、システムが消えたこの世界では、法理と武術をそれなりの水準で扱う者も少なくないだろう。


 聖物と魔物、"竜"について。


 聖物、魔物とは、ゲームの敵モブとして討伐対象にされることが多かった存在のことである。

 聖物は聖霊の力で、魔物は魔霊の力で変貌した存在であり、前者は比較的人間に友好的だが、後者はその限りではない。

 特に魔物に関しては害獣の面が強く、都市や村では、定期的にハンターに対して討伐依頼を出す程だ。

 メインストーリーでも、学院からの依頼という形で幾度となく遭遇することになる。個体によっては非常に危険な存在だ。

 対して"竜"とは、特定の種に対する呼称ではなく、一定水準以上の力を有した存在に与えられる称号のようなものである。

 竜認定に種族の区別はなく、聖霊や魔霊、時には人間にも適応される。竜認定された聖霊は聖霊竜、魔霊であれば魔霊竜と呼ばれるようになり、竜名という特殊な名が与えられ、対立関係など関係なく、各国で警戒されることとなるのだ。

 しかし、脆弱な人間が人間のままで竜と呼ばれるまでに至ることは決してない。人間が竜と呼ばれるには、聖人や魔人を超えて、人の枠組みから逸脱しなければならないからだ。


 次に、聖剣と魔剣について。


 聖剣、魔剣とは、竜認定された聖霊や魔霊を聖物や魔物、小聖霊や小魔霊、そして十体前後の大聖霊や大魔霊と共に封じ込めた、信仰の器のことである。

 神器イドラとも呼ばれるこれらは七対存在し、現在大陸で唯一の神話として語り継がれている"エヴァリス"に登場する、七柱の神の善悪を表しているという。

 創造と破壊の神グートブーゼ。

 光と闇の女神シエル。

 水と生命の女神チャネル。

 土と豊穣の神コルヌコピア。

 風と季節の女神アネモネ。

 火と文明の神イジ。

 雷と戦争の神トルエノ。

 それぞれの神の善性の象徴が聖剣と呼ばれ、悪性の象徴が魔剣とされている。

 大陸に存在する国家は、大陸東部の神龍皇国と北部の未承認国家レヴォントゥレト大連邦ヘレティクシアを除いて、この七神のいずれかを主神と崇めているのだ。

 ここ、アルカンシェル女王国の主神は光と闇の女神シエルで、シエルはエヴァリアに於いても最高神に位置付けられている。

 シエルの善性の象徴たる聖剣は正義徳の聖剣クラレンツァ、悪性の象徴たる魔剣は傲慢罪の魔剣オートクレールという名だ。

 しかし、世界には聖剣や魔剣と同じ製法で鍛えられたにも関わらず、聖剣認定、魔剣認定がされていない物も多く存在している。

 封印されている存在の力が弱く、また使役獣ファミリアや従霊などがいない為に七対よりも性能は圧倒的に劣るが、霊器クオリアと呼ばれているそれらも、五百年前の聖戦やそれ以前の戦争で活躍した伝説の武具であることに違いはない。

 メインストーリーでは霊器は殆ど出番を与えられずに終わることになる筈だったが、もしもこの世界にも存在しているのであれば、警戒する必要がある。


 最後に、この世界のことと、国々について。


 この世界は、地球よりもかなり狭い。比較すると、大体半分程度の面積になるだろうか。

 それだけでなく、世界の果てが存在しているという、所謂地球平面説が形になった世界だ。

 世界の果ては大瀑布となっていて、その先に、その下に、世界の果ての向こうに何があるのかは、開発陣ですら知るところではない。

 そんな平面の世界の中央にある、唯一の大陸────"世界島"グランウッドが、リリカル・ディストーションの舞台となる大地である。

 ゲームのストーリー開始時点でグランウッド大陸に存在している国は、八つと一つ。

 光と闇の女神シエルを崇める、アルカンシェル女王国。

 創造と破壊の神グートブーゼを崇める、メア=シュルフト神聖国。

 水と生命の女神チャネルを崇める、クリスバレー帝国。

 土と豊穣の神コルヌコピアを崇める、スクード法国。

 風と季節の女神アネモネを崇める、アムブロシア公国。

 火と文明の神ラセールを崇める、サハル=イジ統一王朝。

 雷と戦争の神トルエノを崇める、ロカ=パラグアス共和国。

 破壊の王と呼ばれる"竜"を崇める、神龍皇国。

 そして、未承認国家であるレヴォントゥレト大連邦ヘレティクシア

 これらは互いに牽制し合い、小規模な戦闘こそ起こっているものの、過去五百年の間に国家間戦争が起こったことはない。少なくとも表向きは、長く宗教戦争が続いたグランウッドに平穏が訪れた状態である、と言える。


 これらの基本的な情報と、知り得る限りの現在の大陸情勢を余すことなく使わなければ、ロゼッタの死の未来を覆すことは難しいだろう。

 ゲームの世界に転生した主人公が無双する────というのが最近の流行りだが、それらは大抵、転生者がその世界の大半を知っていることで成り立っている。

 転生者はそのゲームをやりこんでいて、必要な物や必要な人材を必要なだけ手に入れることができて、都合の良いタイミングで、都合良く必要以上の力が転がり込んでくる。

 そのくせそういうやつらは、ただの事故で死んだだけの、誰かから何かを奪われたことも無いようなスカしたクソ共だったりして。

 現実と創作の区別くらいはできているつもりだが、それにしても理不尽が過ぎる。不公平が過ぎる。

「ほんとに、何で開発中止になったゲームの世界にいるんだ、私は」

 せめてゲームが完成でもしていれば、開発側の一人として、すぐにでもロゼッタの未来を変えることができたかもしれないのに。

「クソ喰らえだ、全部」

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