#4

「駄目ですね。彼女には聖法の才がありません。壊滅的な程に」

 見極めの儀の結果はある意味予想通りというか、私に聖法の才は無いらしかった。それも、司祭が言葉を選ばず壊滅的と評するまでに。

「言葉は悪いですが、彼女はどうにも、聖霊の方が距離を置いている様にも感じます」

 司祭の発言に気を悪くしたのはロゼッタだけで、他の者達は、表情を崩さない護衛隊長を除いた全員がよく知る嘲笑を浮かべている。

「滅多なことを言うものではありません、カーラ司祭。それがこの大陸に於いてどの様な意味を持つかなど、特に貴女方には説明する必要すらないでしょう」

 ロゼッタがカーラ女司祭に私への謝罪を要求している声を聴きながら、私はこう考えていた。

 アルファ版ではキャラクターボイスの実装は無かったが、なかなかどうして、イメージ通りの強気で可愛らしい声をしているものだ────と。

 ストーリー上で回想があったキャラクターには、成長した姿────つまり本編での姿と、幼少期の姿を作るように指示されていた。ロゼッタもその例に漏れないが、我ながら可憐で愛くるしく描いたものだ。

 尤も、私に誇れるものなど二つしかないので、ロゼッタが可愛いのは当然ではあるのだが。

 冗談はさておき、やはり"私"の状態では聖法の才は発揮されないらしい。

 消滅しているスキルシステムは兎も角、聖法や魔法は魂と聖霊、魔霊との結び付きが重要となる。故に人格たましいが変われば素質も変化するのだ。

 "私"と混ざり合ったミミには多少法理の心得があったが、あれは鍛錬によって獲得したという設定だった。対してメメは大陸屈指の背信詠唱者アポステイターであったが、彼女の人格が今どうなっているのかは感じることすらできない。

 そして、"私"にそういった才能が無いことは初めから分かっていた。何故なら、私の魂はこの世界で生まれたものではないのだから。

「聖霊の愛を受けていないなど、人権軽視にも捉えられかねない侮辱的発言です。使用人への侮辱は主人への侮辱となるのが道理、彼女への侮辱はわたくしへの侮辱となることをお忘れなきよう」

「成程確かに、少しばかり言葉が過ぎたようです。女神シエルは、それが聖霊との繋がりが希薄な者であったとしても、正しい信仰心に対し必ず祝福という報いをお与えになりますが故に」

 鏡系のアイテムを使用すれば、スキルシステムが無いこの世界であっても、或いは聖霊契約や魔霊使役を強制的に行える可能性はある。スキルが無いということは、魔剣の所持者となっても聖法が制限されることもないかもしれない。

 だが、何れにしても、鏡の効果は実験してみないことには予想のしようもない。そして鏡の在処も予想の域を出ない。

 となると、やはり武術の鍛錬を先に始めるべきだろうか。武術の才が無いことも最早明白と言って良いだろうが、すぐにでも闘士の館に向かいたいところだ。いや、いっそのこと、護衛隊長に師事するのも手だろうか。




 聖堂を出た私達は、当初の予定通り、ロゼッタの術理の素質を知る為に闘士の館と呼ばれる場所に向かうこととなった。

 闘士の館は神殿と違い、神代やエヴィリシア法王国時代に建造されたものではない。

 それ故にエヴァリス法務庁から司祭が派遣されることもないが、魔物討伐に不可欠な存在であるハンターを育てる場として、各国でそれぞれ援助がされている。

「全く、嫌味な女だわ」

 大理石の通路を歩きながら、ロゼッタが中庭に目をやる。

 エヴァリス法務庁中央教会大神殿────私達が今いるアルカンシェル女王国の、女王直轄領ルミエールが首都フルールに建つ、白を基調とした大神殿。

 ルージュ公爵邸のある街サンティエ・ルビから馬車で二日。公爵邸よりも敷地面積が広いこの大神殿の中庭は、馬車酔いを忘れさせるには少し単調が過ぎた。

 暫く通路を歩いていると、正面に数名の神職者が現れる。彼らは先程まで私達がいた聖堂に向かっているらしかったが、何やら神妙な面持ちで会話をしていた。

 擦れ違い様、互いに一礼をしてそのまま正面玄関へと向かおうとした際に、彼らの会話の一部が聞こえてくる。体の震えを気取られない様に注意をしながらそれに耳を傾けると、議題は恐らくのことらしい。

 今日、大陸暦一四三八年の三月二十五日は、ゲーム本編開始の丁度五年前の日だ。当然、この日に見極めの儀を受ける者の中には、ゲームのシナリオに登場する人物キャラクターもいる。

「────………まさか、平民にあんな才を持つ子供がいるなんてな」

「ああ。あれ程聖法の素質を持つ者など、大陸中を探しても十人といないだろう」

「聖霊の祝福を受けて生まれたかのようだな。ジョーヌ公爵領の神殿司祭が、こちらに見極めの儀を依頼してくるだけはある」

「だが、貴族達は良い顔をしないだろう。貴族の当主ともなれば、それなりに力のある聖霊と契約するものだ。だというのに、平民が全ての属性で高い適性を持っているともなれば────」

 ロゼッタと私の見極めの儀が行われたのは、爵位を持つ家柄やその従者達の子女専用の聖堂だ。

 通常、貴族は自らの領内にある神殿で、子供の見極めの儀を行う。しかし、五つの公爵家と、侯爵家の中でも公爵家に匹敵する扱いを受けている五家は別だ。

 王家の次に強い力を持つ公爵家と、実質的に民を統率している侯爵家。この十の家柄の子息令嬢の見極めの儀だけは、王家同様に、中央大神殿で執り行うことになっていた。

 対して、平民の子供のそれは、町の小さな神殿などが引き受けるものである。一応、この大神殿にも平民が見極めの儀を受ける為の聖堂はあるのだが、それが使用されることなど滅多に無い。

 ────………ジョーヌ公爵領、か。

 私とロゼッタは同じ年齢で、今年で十歳になる。

 見極めの儀は十歳で受ける為、その"高い聖法の適性"とやらを有した子供も、同じく十歳ということだ。

 ロゼッタと同じ年齢で、大陸屈指の法理の素質を持つ子供。その条件に当て嵌まる人物を、私は九人しか知らない。

 そして、このアルカンシェル女王国でのその人物は────

「ねぇ、ミミ」

「はい、ロゼッタ様」

 ロゼッタに呼ばれて、彼女の視線が示す通路の先を見る。

 貴族用の聖堂に続く通路と平民用の聖堂に続く通路が交わり、正面玄関へと延びる石畳の上に、噂の人物がいた。

 雪と絹を織り交ぜたかの様な白銀の頭髪に、陽光を思わせる黄金色の瞳。

 圧倒的な法理の才と、聖霊にも魔霊にも好かれるという特殊な精神構造たいしつを持つ、私やロゼッタと同じ十歳の少女。

 アルカンシェル女王国ルートの主人公、エステルだ。

「彼女が噂の子かしら?」

 ロゼッタは小声で、私の耳元に顔を近付けて、そう言う。

「恐らくは。大神殿で見極めの儀を受ける平民など、そうはいないでしょうから」

 身に纏う衣服を見れば、エステルが平民であることは誰にでも判別がつく。その平民が大神殿内にいるという状況は、それだけでその平民が特異な存在であるということを示している。

「そうね。彼女が………。凄いわね。二属性、三属性程度の過剰詠唱者マルチキャスターならそれなりにいるけど、極過詠唱者キャストマスターになれる程の素質なんて、歴史上でも数人よ」

 全属性に素質があるからと言って、必ずしも全ての属性を使いこなせる訳ではない。とはいえ、その素質があるということだけでも、確かに十分過ぎる程に珍しいものだ。

 しかし、エステルの他に八人、その極過詠唱者となり得る素質を有する人物がいる。それも、全員が私達と同じ年齢で。

 ゲームシステムの消失でエステル達の存在を疑っていたが、彼女がここにいるということは、他の八人もそれぞれの国で、こうして見極めの儀を受けているのだろう。

 五年後にはその全員が、各々名声を轟かせ始めるかもしれない。

 ゲームのストーリーは、複数のルートを同時に進行させることはできないというシステムになる筈だった。

 しかしそのシステム自体が消えている以上、この先は全てのルートが同時進行する────要するに、全ての国で全ての問題が同時期に発生して、その全てが主人公達によって解決される、という時代になりかねない。

 もし、その中でロゼッタが傲慢罪の魔剣オートクレールの所持者となってしまったのならば。

 最悪の場合、エステル以外とも対立することになる。

 スキルツリーが存在しないこの世界で、聖法と魔法の全属性に屈指の才を持つ人物と対立するなど、考えたくもない。背信詠唱者アポステイターな上に極過詠唱者にもなれる彼女達と戦ったとしても、そこにあるのはロゼッタの死という敗北だけだ。

 ロゼッタとエステルの、聖エトワール学院入学まで五年。

 たったの五年。

 その五年の間に、武術の鍛錬をして、"メモワール"の構成員達を見つけて集めて、鏡や神器などを捜索して、女王国ルートでの敵対組織に関して調べて、必要であれば排除する。

 ………無理ゲーとは、きっとこういうのを言うのだろう。

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