第8話
部屋で着替えて、レニーに借りた服を洗濯屋に預けて前回の服を受け取る。
通路を歩いていると侍女たちの意味ありげな視線を感じる。イスト卿と出掛けたことは広まってるだろうから仕方ない。
個人的な話で職場の一部である棟内で突撃はしてこないので軽い礼だけして通り過ぎる。
見栄えがそれなりに良かったフレドと付き合い始めた時も多少は嫉妬ややっかみはあったけれど、浮いた噂の無かったイスト卿となるとさらに話題になっているんだろう。
部屋に入るとレニーが戻っていた。
「おかえり」
「お疲れっ」
どうだったどうだった?と物凄いテンションで抱きついてくる。
こんな騒がしいけれど仕事中はキリッとしていて完璧なのだから猫被りもいいところだ。
「もう、レニーったら。お土産!」
「え?何かって来てくれたの」
ケーキなんか先に出したら速攻で食べ始めちゃうのでまずは服から。
「私をコーディネートしてくれたセンスの良いお友達にって」
イスト卿からだと言うと「キャァ♡」って飛び上がった。
衣装の入ったケースを二つ差し出すとレニーは逆に青くなる。
「大盤振る舞い過ぎない?」
「・・・そうね」
ケースを開けるとレニーの溌剌とした雰囲気に合う明るめのオレンジ色のワンピースと温かい新緑のワンピース。
レニーを見たことがあるチョイスだと思う。
「うわぁ!素敵♡」
ワンピースを胸に当ててクルクル回るレニーは素直で可愛い。レニーを見たことがあるならなぜレニーに行かないのってくらい可愛い。
「アミリに洋服を貸したのは私の自己満足なのにこんな素敵な服をもらっちゃってびっくりよ」
私だってびっくりしたけど、まだお土産があるんだよ。
そっと化粧品のセットを出すとレニーの目がこぼれ落ちた。
「ええ!?」
そうなるよね。
結構な金額だった。
「うっそー!こんなフルセットなんて!!」
レニーが私に使ってくれたパウダーとリップだけでもそれなりなんだけど化粧下地、化粧水、クリーム、チーク、アイシャドウまで。
「うわぁ!ぜんぶ入ってていいのかな」
綺麗なケースや瓶に入った化粧品をキラキラした目で見るレニー。
「びっくりし過ぎて逆に冷静になってきた」
急にスンっとなって化粧品セットを抱きしめたままソファに座った。
「はぁ、今をときめく伯爵さまってばアメリにこんな甘々なのね」
「私?」
「鈍いんだから!アミリの虫除けと今後もデートの時に気を遣ってくれって意味だと思うけど?」
レニーに対しての餌付けと賄賂はそこまで考えてのことだったのかとびっくり。
「喜んで承るわよ。アミリを私の好みに仕上げるの楽しいし、美味しいおやつどころか乙女の夢を全部載せみたいな貢物貰っちゃったんだもの」
ウキウキと衣装のケースと化粧品セットを運んで収納に片付けて戻ってきた。
「はぁ。贅沢になりそうで怖いわ」
「そうね・・・」
レニーが外しているうちにケーキとお菓子を並べ、お土産の蜂蜜とチーズを置いておいた。
それを見たレニーが盛大なため息。
「慣れちゃダメだけど、美味しく頂いちゃいましょう♫」
レニーの切り替えの良さ、思い切りの良さは私にはないところでいつも助けられる。
もし結婚したら、彼女との日々が終わってしまうと思うと、せめて女官試験が終わるまではここで暮らしていたいなって思う。
今日は夜会があるため、朝から準備で大忙し。
私は比較的奥向きな配置なのでチカラ仕事が少ないのが嬉しい。
私は夜会はデビュタントに出たきりなので華やかな令嬢や夫人のドレスを眺める機会は嬉しい。
殿方も正装だと二割り増しに見えないこともないしね。
ま、始まってしまえば、そんな悠長なことしてられないんだけど。
貴族たちが集まってきたら、待機室や休憩室でのお世話に動き回る。
学園生時代の見知った令嬢や夫人も出席するから、侍女として勤めているのを蔑みだったり、優越感に満ちた目で見られたりもする。
特に独身の令嬢がそう言った傾向が強くて、適齢期が過ぎても養って貰えるのは素直に羨ましいけれど、それだけの家にいながら売れ残って、仕事につく能力のない女と見られるので良し悪しだと思ってる。
穏やかなご夫人は「よろしくね」など世話を受ける礼を言ってくれたりするのでやはり心にゆとりがあるというのは大事よね。
他には未亡人になられてバリバリ領地運営をしてるとか、愛人同伴だったりとエネルギッシュない方なんかだと「私の世話はいいわよ」って言ってくださる。
社会が男性優位とは言っても開き直った女性は強い。
たまに「旦那に色目使った」とか癇癪を起こす夫人がいたりするので、一人で部屋を回すことはないんだけど、そう言った夫人は二人でも三人でもキレるので要注意。
ちなみにそんな夫人を諌めない夫は王宮内で噂になって信用を無くす。
私たちには守秘義務があるけれど、人間関係や貴族の資質に対しての話は上に報告することになっているので記録に残ってしまう。
王宮内での態度が王国の為になる人、害になる人みたいなチェックがされていると思わないのかしら。
そんなことを理解できないお馬鹿さんが多いからマァマァ夫人が出会してしまうのか。
夜会中に気分が悪くなった人の休む部屋にはそれぞれメイド二人と衛兵二人が待機することになっている。
以前はそこまでしていなかったけど、マァマァ夫人があまりにも見つけちゃうから対策はされてる。
今日も一回「まぁまぁ」が響き渡った。
部屋も庭も東屋も対策されているというのにどこで!?
「んんっっまぁああぁぁ!!!!!!!!」
「わぁぁ!」
「なっキャァアア!!」
あら?今日は見つかった側の方も大きなお声が出てしまったようだ。
声の方は庭に面した回廊かしら。
あの辺りは人通りは確かに少ないけれど、隠れるとしたら低木の中くらいではないかしら?
庭木が痛んでしまうし、高貴な方の部屋に飾る花の花壇も近くにあるから確認しないといけない。
この忙しい時に何をしてくれるんだが。
急いで声の方向に向かうと騎士とメイドが既にいて、致していたらしい男女を確保していた。
確か男爵家次男と伯爵家長女だったはず。
何で人生を棒に振るのかしら?
「お願いっ誰にも言わないで」
令嬢が騎士に泣きついているけれど、あんな大声が出ていた以上無理な話。
「マァム夫人、大丈夫ですか?」
「ええ、お花摘みに向かう途中でしたの」
まぁ大変。
「あとは私が確認しておきますから」
「申し訳けないわ。すぐ戻ってきますから」
マァム夫人は楚々としつつ早足で回廊向こうに消えた。
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