第9話

 侍従や警備が庭をチェックして傷んだ場所など庭師に報告を入れる。

 私は自分の持ち場に戻るため、回廊を離れようとした。


 ガサッ


「?」


 先ほどの庭と反対の方で物音がして、こっちでも?とつい覗こうとしてしまったら、口を塞がれて影になっている回廊の柱の裏に引っ張り込まれた。


「っ!!」


 まさかの状況に一気に恐怖に包まれた。頸にかかる吐息と緊張感からくる自分の心臓の音が耳触りで仕方ない。


「アミリ・・・あれは間違いだったんだ。俺は別れたくない」

 !!??


 声の主は先日、酷い場面を私に見せつけたフレドだった。

 彼は、辺境に向かうまで謹慎になっていて、フローラの父ガンド子爵によって、婚姻する方向になっている。フレド本人もマーカス家もいろいろ噂のあるフローラを受け入れるのに難色を示して居たけれど、実際あんな状況をたくさんの貴族に知られてしまっていては拒否出来ない。


 仕事は、浮気は犯罪ではないけど、王宮内で問題行動を起こしたとして、騎士団から出て辺境の警邏隊に移動。給金と待遇が落ちて、王都勤務から外された形。

 フローラもメイドはクビで、当面王宮に上がることを禁止された。実質、夜会やパーティに参加できないので、貴族令嬢としては終わった。

 フレドもフローラもつまみ食い程度の気持ちだったらしいけど、こちらとしてはもうどうでも良い。


「俺はあんなアバズレと結婚する気なんかないんだ」

「でもやることやっちゃったんでしょ」

 ギリギリと彼の腕が私の身体を締めてくる。

「それは、アミリが結婚するまでしたくないとか言うし、あの女が「処女相手に下手くそだと一生響くよ。上手くなっておきたいでしょ」などと言われてつい・・・」

 うわぁ。フローラってばエグい。

「ちょうどその日は窃盗団と応戦して気が昂ってたから」

「・・・それって結婚した後もそんな場面が来たら浮気したってことでしょ?」

「男の生理もわかってくれよ!」

 何それ。

「どの道あんなことが世間に知られているんですから私も私の家族もマークス卿との婚姻はお断りです」


 うちの家族は、すでに一回婚約破棄された娘の婚姻に期待していないから、フレドとの付き合いに口を挟まなかったけれど、さすがに醜聞のある男が末席でも身内になるのはお断りだ。

「お前の家族はお前の選ぶ相手なら何も言わないんじゃなかったのか」

「それはお互いに身綺麗であればの話です」

 貴族から離れる予定でも王族に目をつけられるような者との婚姻はない。

 マァマァチャレンジなどと、今の貴族界で一番愚かな真似なのよ。


「・・・なら既成事実を作れば逃げられないよな?お前もマァマァチャレンジに巻き込んでやる」

 暗がりでわからないけれど目が逝っちゃってるんだと思うほど気配が変わった。

「惚れてるんだ!!最近イスト伯爵と仲がいいんだって?許さないぞ」

 謹慎中にどこで噂を聞いたのか、イスト卿とのことで焦りを感じたのかしら。

 どんどん暗がりに引っ張られそうになる。


 多少は醜聞になるが未遂であれば、王宮内での事件は被害者を守ってもらえる。

 マァム夫人のように大声を出せば、誰か来てくれる。

 覚悟を決めて声を出そうと思った。


「「すぅ・・・」」


 え?


「んんまぁぁぁああああああああ!!!!!」

「まぁーーーまぁーーーまぁーーー」(裏声)


 近くから息を吸う音がきこえたと思ったら、マァム夫人と誰か殿方の裏声な悲鳴?が響いた。


「なぁ!?」


 服すら乱されずに済んでホッとしたのも束の間、フレドが私を拘束していた腕が緩んだので逃げようとしたら、嗅いだことのある香りが私を包んだ。


 ドン!!ガザザ!!


 音に驚くとフレドが蹴り飛ばされて茂みに嵌っていた。


 ん?裏声ってまさかイスト卿??

 思わず彼を見上げるとニコッと微笑まれた。


「大丈夫だった?遅くなってごめんね」

「ヴィネアさま、ワタクシがお花を摘みになど行かなければ・・・」

 お花は摘んでくださって良いですって。

 怖かったけれど!!

 でも我慢は体の毒ですから。

 戻ってきた時に物音が気になって覗いてくれたらしい。ほんとマァマァ夫人さまさまです。


「何をするんだ!!貴様」

 枝と葉っぱがあちこちに刺さった姿で息巻いても・・・。

「何って僕の愛おしい人を無理やり襲おうとしたから?」

 イスト卿がしれっと惚気て。

「まぁ、おほほ」

 マァム夫人が私を見てにっこり笑う。

「お前のじゃない。俺のだ」

「やめて、貴方は浮気をした時点でお付き合いは終了だし、謹慎中にこんな真似をしたのだから人としてもおしまいです」

 

 話してる間に警備と侍従が集まってきて、マァム夫人が状況を説明してくれた。


「またお前か。謹慎中の脱走、職務中の侍女への暴行未遂、辺境じゃなくて鉱山だな」

 フレドの先輩騎士らしい。

「・・・アミリ、ついてきてくれよ。辺境で暮らそう、な?」

 可哀っぽく訴えてくるけど、全然響かない。

 しかも鉱山って言われてるのスルーかな?


「言葉が通じないみたいだけど、浮気現場を見た時点で復縁はあり得ない。気持ち悪い。やらせないからとか言うけれど、純潔を失ってから捨てられでもしたら、大変なのよ。貴方は自分のことばかりね!」

 ずっと燻っていた怒りのようなものが出てきちゃった。


「フローラは今時純潔なんてどうってことはないと言っていたんだ」

「・・・平民同士、ならね。私たちは一応貴族ではあるの。それなりに結婚を望むなら慎むべきだし、殿方の事情は娼館に行けば良いでしょ」

 娼婦でも浮気だと思うけど、そこまで締めたら若いうちは辛いと聞いていたから娼館ならまだ許せた。


「アミリ・・・愛してるんだ」

「随分安っぽい愛ね。私はもう愛してない」

 ぶっちゃけ最初から愛していない。時間をかけてこれから育てていくつもりだった。

 普通に結婚して、できれば二人くらい子供を産んで、子育て済ませたら女官になるっていうありきたりの夢を見ていたかった。


「マークス卿、私は二度と貴方にお会いすることはありません。どうかフローラさまと末長くお幸せに」


 淡々と言えば彼は崩れ落ちた。


「警備が甘く申し訳けありませんでした」

 警備の騎士が二人でフレドの脇を固めて運んでいった。


「はぁ、君が無事で良かったよ」

「イスト卿、なぜこんなところに?」

「君が広間にいなくて、マァム夫人の声が聞こえたからかな?」

 彼は少しバツが悪そうに肩をすくめた。


「ヴィネアさま、もう今日は早退なさって良いわよ。私は連絡しておきますから」

「え、でも・・・」

 マァム夫人だって心労が重なってるのに。


「アミリ、お言葉に甘えよう?」

「そうよ、何も無かったとは言っても押さえ込まれたんですもの。彼を安心させてあげる意味でも・・・ね?」


 私を支える彼の温もりと声音に、マァム夫人の優しげな声が私を甘やかしてくれた。


「お言葉に甘えさせていただきます」


 私の返事に二人はホッとしてくれたようだった。

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