第7話

 

 馬車に戻ると侍従が荷物を預かってもう一つの馬車に運んでくれた。


「以前は弟と弟の婚約者ときたんだ。次は好きな人と来たいと思っていた。付き合ってくれて嬉しいよ」

 さりげなくもない「好きな人」と言う表現にドキッとする。


 よく考えなくてもこれはデートなのにはっきり意思表示していない私がこの時間を過ごしても良かったのだろうか。


 馬車が動き出してしばらくすると止まった。


「ん、さぁヴィネア嬢」


 スマートに手を取ってサッと馬車から降ろしてくれる。


 どうやら池に着いたようだ。


 手を繋いだまま一緒に池の方に歩く。


「ここはね、静かで良いんだよ」

 ボートに乗るとかではないみたい。


 木陰にあったベンチに二人で座った。


「君は怒らないね?」

「え?」

 池を見たままのイスト卿が呟く。

「年頃の令嬢と出かける時に王都から出たり、宝石屋やドレスショップを見に行くでもないデートをするとダメなんだって」

「ああ・・・」

 確かに学園時代のクラスメイトはそんな話をよくしてた。

「よく母にも叱られたよ。あんたは馬鹿かって。女の子は自分にどれだけ気を遣ってくれてるかで愛を測るって」

 それは気ではなく、お金をかけてもらうかってことですね。


「僕はね、こう言った景色や美味しいものを一緒に楽しみたいって思っただけなんだ」

 それは素敵なことではないのかしら。


「そんなだから浮気されたんだろうけど、僕はホッとしたよ。ダメだろう?」

 なんて答えれば良いのか。

 浮気はどんな理由があってもする方が悪いと思う。別れてからすれば良いのに。


「では私もダメですね。浮気現場を見てもあまり怒ったり悲しんだりしてないんです」

「そうなの?」

「そうなんです。彼は優しくはあったけど、自分本位で一緒にいてもこんなものかなって思って。浮気されてみてそんなに好きじゃなかったんだって気がつきました」

「それなんで付き合っちゃうのかな?」

 イスト卿がクスッと笑った。

「グイグイ来られてこんなに言ってくれるならって思ったからかしら?」

「やっぱり推しに弱い」

 弱かったのかな。私で良いならとかちょうど良いとか後ろ向きだったかも。

 前の婚約者も好きだったわけじゃない。だけど自尊心は傷ついていたと思う。


「選ばれなかったって別に相手をすごく好きだったわけじゃなくても悲しくはなるよね」

「そうですね」

「だから次があるなら一緒にいて心地よい人を自分で選びたいって思ったんだ」


 彼の言葉が透明な水の如く心に浸透する。


「ねぇ?ヴィネア嬢、僕を選んでくれない?」


「・・・」


 イスト卿の綺麗な金の髪が光を反射して彼の綺麗な顔をより幻想的にする。

 私は彼の想いを受けて良いんだろうか。


「私は女官試験を受けたいんです」

「うん。今はまだ領地は両親と家令に任せてるし、僕は宰相府でもう少し働くつもりだから君のやりたい気持ちを尊重するよ。領地にはいずれ行かなければならないけどね」

 食いっぱぐれないためだけど、学園を出てからも必死に勉強してきた。中途半端に投げ出したくない。


「男爵家の次女で持参金は出せませんし何の力もない家です」

「心配ないよ」

「伯爵夫人なんて立場には無理があると・・・」

「侍女になってる時点でそれなりの能力が認められてて、女官になったらもっと評価が上がる。君に必要以上に働いてもらう気はないけれど、きっと領地のことを任せてもそつ無くこなしてくれると思うよ」

 そんなに高く見積もってもらえてるんだ。


「不安なことも心配なことも全部僕が引き受けるから、僕とともにいろんなことを一緒にやっていこう?」

 今までサラッと冗談混じりに聞こえていた告白が、真摯に一途な告白に変わった。


「図書室で出会ってから君にずっと片想いしていた。でも君には付き合ってる人がいたから残念ながら諦めていたんだ。君には嫌な出来事だったろうけど僕には天啓だった。すぐに手を伸ばさないと誰かに取られちゃうと焦って君の性格に漬け込んでデートの誘ったんだよ。ごめんね?」


 ちっとも申し訳けなさそうじゃない。


「・・・ゆっくり進めて欲しいです」

 往生際の悪い返事だったけど、イスト卿は嬉しそうに破顔してそっと抱きしめてくれた。


 


 王都に戻ると夕刻前で、

「あ、お友達にお土産を買わないとだね」

って洋服屋と化粧品店に寄った。


「今日の衣装を貸してくれたんだろう?」


 そう言いながらレニーの好みを聞いて店員さんに数着選んでもらった。

 なぜかイスト卿好みらしい私の分も買ってくれた。


 化粧品店は流行りのお店で、〈魅惑のパープルレッド〉とか〈太陽のキュートオレンジ〉とか色々なセットがあってびっくりした。

 私はお肌に優しいとかで選んでいたのでさっぱり。

「アメリには〈癒しのアクアローズ〉と〈淑女のコーラルピンク〉で、お友達には〈爽やかフレッシュシトラス〉かな」

 ウキウキした感じで選んでくれるのを少し幸せな気持ちになった。


 ふと別の棚を見たら男性用の香水があったのでつい見入ってしまう。

 テスターもあるので素材名のイメージから選んで、手に取ったのはオーシャンブルー。

 海ではなかったけど池を思い出して。

「それアメリが買うの?」

「はい」

 まとめて払うよって言われちゃたけどこれだけは死守。プレゼントなんだもの。


 梱包が済んだのでお店を出る。

「アーニーさま。ありがとうございます」


 さらに途中のパティスリーでクッキー缶とケーキを買う。

 以前の婚約者とお買い物は楽しくないって言っていたのにお店で品物を選ぶ姿はとても楽しそう。


「アミリ、今日はとっても良い一日だった。ありがとう」

 告白を受け入れてからさりげなくアミリと呼ぶようになって、その声音が優しくてドキドキしてしまう。

「私も素敵な一日でした」


 そっとさっき買った香水の入った包みを彼に渡す。

「僕に?」

 買うところを見られていたから中は知られている。

「僕のためにだったんだね。嬉しい。ありがとう」

 彼が今日一番の笑顔を見せてくれた。

 私も嬉しくなる。


 一緒にいる人が誰かによって気分がこんなに違うんだって思うと、フレドとの時間は流されて付き合うっていうのはこんな感じだと言う固定概念な思いでいた気がする。

 それなりに良くしてもらっていたけど、結局浮気をされたと言う事実が、彼との思い出が無味乾燥だったと切り替わってしまう。

 あの日、急激に冷えた感情は、今日のイスト卿との時間が甘く溶かしてくれたみたい。


「アミリ、過去は過ぎ去って変えようがないけど、これからって言う時間は二人で良いようにしていけば良いんだよ」


 私の顔から何かを感じ取ったイスト卿が私を柔らかく包んで髪に口付けを落とす。


「やっと振り向いてくれたからこれからも全力で愛を表現するよ」


 え。

 今後も使用人棟に顔を出す感じなの?


「悪い虫がいっぱいいるからねぇ」

「?」


 クスクスと笑って、

「今度のお休みも僕にくださいますか?レディ?」

と手を取って指先に口付けられる。

 キザだ。


「・・・はい。お手柔らかにお願いします」


 やっと帰り着いて、馬車から降りる。

 お土産をどうしようかと思ったら侍従の人が寮まで運んでくれるとのことで量が量なのでお願いした。


「ではまたね」


 長いようであっという間の一日が終わった。






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