第6話

 朝が来てしまった。

 とっても快晴。

 レニーが仕事前だっていうのに、盛れる髪型、盛れるメイク、盛れる衣装と全身レニーコーディネートをしてくれた。

 フレドの時は何も言わなかったのに!?


「これは最近出たおすすめコスメの恋する乙女のローズピンク♡なリップよ」

 コスメにキャッツコピーがついてるの。

 おすすめとか流行りとか全く知らないからびっくりしちゃう。

 ほぼ新品な化粧品を私に使っちゃっていいの?


 ニッコニコなレニーに送り出されてしまった。

「今日はバッチリ決めてきな!!」

 何を!?

 なんで肝っ玉おかんテイストになった!?


 使用人用の門にイスト卿がすでに待ってる。

 伯爵さまが何してるの!?


「やあ、おはよう。さぁこちらにどうぞ」

 流れるような優雅さで馬車にエスコートされた。


「今日もお可愛らしいですね」

「・・・レニーが全部してくれました」

「そうなんですね。貴方のことをよく理解したコーディネートです。彼女には人を輝かせる才能があるみたいですね」

 ニコニコと手放しで褒めてくれる。半分はレニーへの褒め言葉だけど。


 辻馬車とは比べ物にならない安定した馬車内ではイスト今日は豊富な話題で私を楽しませてくれる。


「イスト卿、いい加減どこに向かっているのか教えてください」

「んー、硬いな。アーネスト、って呼んで欲しい。アーニーかアンでもいいよ?」

 完全に囲い込まれてる気がする。

「仲良くなってからですよね?」

「えー、十分仲良しなつもりなんだけど」

 図書館で顔を合わせて頭を下げる程度の仲だったのに!?

「魅力的な男性は信用しないって決めてるんです」

「え、魅力的って思ってもらえてるの?」

 ニッコーと笑顔で言われてしまうと次の言葉が出ない。

 前向きすぎる。


 フレドの告白を受け入れたのは、魅力的とかじゃなく私に向けられた熱意と普通っぽい感じだったからかなーと今となるとわかる。

 親の決めた婚約者は見た目が華やかで常に優しげで掴みどころがない人だった。

 家同士で決められた婚約で当たり障りない関係だったからだとは思うけれど寂しくはあった。

 イスト卿は彼に近いかもしれないとつい予防線を張ってしまう。


「慎重なのも思慮深さゆえ。ゆっくり信頼を得ないとダメだね」


 全部前向きに変換される。ちょっと怖い。


 やっと密室から解放されたのは正午少し前。

「うん。ちょうど良い感じ」

 ずっと笑顔で機嫌がいいイスト卿は、私を馬車から降ろし、目的の場所に誘う。

 後ろから護衛と従者が付いてきているのを見て家格も財力も違うと思い知る。実家の父には普段は執事か従僕が付き添えば十分だもの。





 広い草原に中にポツンと立ってる屋敷が目的地のようだ。


「まずは腹拵えだね。この店はお肉もチーズも野菜も全部自家製なんだよ」

「まぁ」

 私の実家も農業を主にしている領地なのでその大変さは少しはわかる。

 店主はかなりに凝り性で稀有な人だ。


 草原と思ったのは放牧場だった。遠くに山羊と牛が見える。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

 牧歌的な衣装の奥様?がお出迎えしてくれて中に案内してくれる。


 入り口付近にはお土産用のブースがある。あとでじっくり見たい。

 

 素朴な作り、自然な香り、普段いる王宮とは全く違う空間に知らず肩の力が抜ける。


 イスト卿は図書館などよく息抜きをしているけれど、こう言ったお店が好きなら王宮勤めはかなりストレスだろう。


 用意された席は大窓のそばで窓も開けてあり一等席っぽいところ。


 メニューを見せてもらえたけど、謎の単語が並んでてどれが何を使われてるかさっぱりだ。

 私が目を泳がしたのを見て、イスト卿はお任せコース、チーズ多めでって頼んでくれた。


「ふふ、君は困ると目がふるふるになるね。可愛すぎるよ」

 クスクスと笑うイスト卿にちょっとイラッとした。


「まずはシルクカウのミルクを使ったミルクスープをどうぞ」

 濃厚なミルクらしくスプーンにねっとりとろーりと絡む。

 チーズも入ってるのかしら?甘みと塩味とほんのり胡椒。


「ふぅ」

「幸せ顔ゲットだね」

 私に食べる様子をじっくり見てたみたい。

 恥ずかしいからやめてほしい。

 ならば、私も見てやる。

 ・・・常に誰かに見られる人だから気にしないんだった。むしろ私が見ることで喜ばれてしまう。変わった人だ。


 次に来たのはパンの盛り合わせとジャガイモにトロトロチーズ。他にもカットされた生野菜が用意されてる。

 新鮮野菜とワインがほんのり香るチーズ。

 ホコホコホロホロなジャガイモにバターとチーズが絡み合ってたまらない。


 ふと視線を感じて顔を上げるとやっぱり楽しそうなイスト卿。変な人・・・。

 その視線に恥ずかしくなって俯くと、彼の優雅な指先が私の口元を拭う。

「ひゃ!?」

「チーズついてた」

 サラッとそのチーズを自分の口に入れちゃった。


 えええーー。


「彼氏っぽいことできた」

 いや何その甘酸っぱい小説みたいな行動。


「こほん。お邪魔様でございますが、お肉が冷めますので」

 奥様?が肉料理を運んできてくれてその甘酸っぱさが霧散した。良かった。

 思わず感謝の気持ちで見上げたら、にっこりと笑って戻って行ってしまった。


「これ、果物や穀物で育った牛で甘いお肉なんだ。おススメだよ」

 って嬉しそうに食べ始めた。私も真似てソースをつけていただく。

 フルーツビネガーを使ったソースもアクセントの胡椒が効いてとても美味しい。

 お肉は言われた通りに甘みと柔らかさが素晴らしくて結構な大きさだったけどペロリと平らげてしまった。


「美味しそうに食べてくれて嬉しいな。僕の友人の婚約者は二口三口食べたらもう食べられないと残しちゃうんだって。ドレスのことや美容のことがあるのは理解できるけど、せっかく美味しい物を食べさせたいって予約したお店なのにっていつも愚痴ってるんだ」

 あー、最初から少なめにとか出来たらいいんだけど、貴族のご令嬢は見栄もあるから残した方が良いとか小食がいいとか教えられてるんだよね。勿体無いって言うのはやっぱり裕福じゃないって思われちゃう。


「さすがにコルセットしての食事はあまり食べられません」

「そんなに絞めなくてもって思うけどそうもいかないんだってねぇ」

 男の人からしたらウエストが一センチ二センチ変わっても変化は見えないんだろう。

 私はコルセットで締め上げたのはデビュタントくらいなのでさほどの思い入れはないけれど、化粧室で苦しそうなご夫人やご令嬢をなん度も見てるのでその努力を必要がないとは言えない。


「僕は細さより、笑顔とか雰囲気を重要視してるけど、レディは不思議なことで張り合うねぇ」

 イスト卿はバチバチやってる令嬢は苦手なんだ。イスト卿のファン?な令嬢たちはイスト卿に見そめられたいとやり合ってるから遠目で見ても気分がいい物ではないかも?


「デザートでございます」


 奥様が運んできたのは見た目から濃厚さがわかるチーズケーキ三種盛りだった。

 うわぁ!美味しそう!


 ノーマルな焼きチーズケーキとフルーツの混ざったレアチーズケーキ、チョコのレアチーズケーキ。

 贅沢盛りだわ。


 心を踊らせた私をイスト卿と奥様が可愛い小動物を見てるみたいな笑顔をしてる。


「こちらは庭で採れたフレッシュハーブティーです」

 奥様がポットから丁寧に淹れてくれた。


 何もかもが美味しくて幸せ。


 目の前に笑顔のイスト卿がいるのは落ち着かないけど、彼がいないとこのお店には来られてない。複雑な気分。


「お腹は満足した?」

「はい。とっても」


 普段の食事の倍は食べてると思う。明日のおやつは無しにしないと。


 お土産コーナーではレニーに蜂蜜とチーズと生ハムを選んだ。

 イスト卿がワインを数本とウィンナーとチーズを。

 結局全部彼がお支払いをしてくれてしまった。


 

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