第3話

 本当は女官試験対策の勉強をするべきなんだけど、せっかくなので気晴らしに何も考えずに済む書物を読みたい。


 無駄に煌びやかなイスト卿は見なかったことにして、書架から本を出して一人用の机に向かう。


 魔法陣の術式と魔法式が書いてある書は無心で読めて好きだ。

 美しい魔法陣を眺めるのは楽しい。

 ついでに術式と展開図を覚えておけばいざとなった時に護身くらいには使える。


 うっとりと魔法陣に見入っていたら静寂に包まれているはずの図書館で、

「んっまぁあぁぁ!!まああぁあぁぁ!」

と言う、大きな悲鳴が轟いた。


 え?私は今王宮にいなわよね?


 驚いて周りを見回したら、やっぱり国立図書館の中で先ほど挨拶を交わしたイスト卿も書物の中に没頭していたらしき意識を強制的に覚醒されたような顔で、きょとんとしていた。


 とりあえず、マァム夫人の状況と現場確認に行かなければと仕事意識が芽生えたので、本を元に戻して声がした場所に向かうことにした。

 なぜかイスト卿までついてきてしまったけれど、気にしないようにして歩く。


 行き着いた先には、すでに図書館の警備や司書、静寂を楽しんでいた愛好の友たちが集まっていました。


「マァム夫人」

「あらヴィネアさん、貴女もお休みでしたの。騒がしくしてしまってごめんなさいね」

 マァム夫人のいた場所は入室に許可のいる持ち出し禁止の書庫で、マァム夫人のふしだら警報の発生原因は、禁書庫に案内した司書を押し倒していた、どこぞの伯爵令息だと言う。

 これは伯爵家、詰んだんではないかしら。


「この神聖な空間で守り人たる司書を害するのはいかがなものか」

 野次馬(失礼)の中から低音の声が響く。

 本好きと言われる現王陛下の弟であるアルネス大公が人をかき分けて入ってきた。


「やぁ、マァム夫人、君の引きの悪さもここまでくると神懸かってるよね」

 王家御用達の不謹慎図書館を出ることにした。発見器とも言われるマァム夫人は大公とも交流がある。

 気さくに声をかけられて恐縮しつつ、

「まさか王妃様の調べ物の来てこんなことになるとは思いまでいませんでしたの」

と。お使いに来てまでも酷いものを見せられちゃうってどんな罰ゲームだろう。


 幸いと司書は未遂で済んで、裾を乱された程度だったそうで、伯爵令息は大公の姿に顔を青くさせながら警備に連れて行かれた。

 仕事中の司書はひっつめ髪にスタンドカラーで露出度ゼロな制服なのに欲情するなんてどんだけの色魔なのかしら。


「さてこれで静かに過ごせるだろう」

 大公の声で解散して元通り書を楽しむ者は戻り、今日が削がれた者は帰ることになった。


 私と言えば、すっかり気分が萎えたので近くで菓子でも買って、自室に戻ろうと図書館を出ることにした。


 同じような気分の人がパラパラと散っていく。少し派手目なご婦人は、確か噂好きなハーネル子爵夫人だ。きっと先ほどの不埒者の名は今日中に知れ渡る。

 王宮で起きていても似たようなものか。


「ねぇ?」

 柔らか香りと共に声が届く。


「久しぶりの休日にゆっくりしようと思っていたんだけど、あんなことがあっては気分が戻らないし、ちょっとお茶に付き合ってくれないかな」


 王宮に勤める宰相府の執務官で見目麗しく才気溢れる独身貴族のアーネスト・イスト伯爵とお茶なんて恐ろしいことをしたくない。

 侍女仲間に見られたりしたら、揶揄い、嫉妬と噂の的にされてしまう。


「いえ・・・私はもう帰ります」


 断固お断りしたいので、困りますと言う雰囲気を出して去ろうとした。


「マァム夫人に助けられた同士、少し話そ?」

 普段、年若い侍女やメイドには近寄りがたい無表情のイスト卿がナンパ師のような少しきやすい感じで引き留めてくる。


「助けられた同士?」

 

 ちょっと気になる言葉に引っかかってしまえば、彼に優雅にエスコートされて馬車に乗せられてしまった。


「君って警戒心強いわりにうっかりさんだったんだね?」


 流れるようにあっという間だったから!!


 しばらく馬車に揺られているうちに目的の場所に着いた。

 サッと手を取られ、馬車から降ろされる。

 手慣れてらっしゃる!


 馬車から降りて見上げてみれば、最近侍女仲間の話題になっている高級パーラーだった。

 なぜ噂かと言えば、おしゃれな内装で見た目も味も最高なケーキや飲み物が出されて、デートに誘われたいお店って。


 うわー。


「ここ気になっていたんだけど一人じゃぁね?」

 その麗しい笑顔でお誘いすれば、たくさんの立候補があると思いますが。

 私は目の前にぶら下がっているスイーツの誘惑と侍女仲間の嫉妬や追求とを天秤にかけて、ついスイーツに傾いてしまった。

 だって、私こそここにくる機会が今後得られるか・・・。

 お財布の中身は大丈夫なはず。


 イスト卿に誘われるまま、奥の乗客向けの個室に案内されてしまった。

 個室と言っても広くてメイド風の女性が控えていると言う贅沢感。

 

 上位貴族に仕える執事のような品の良い店員がメニューを伺い、

「ヴィネア嬢、苦手なものはあるかい?」

「いえ・・・」

 イスト卿がサッと選んでしまった。

 メニュー表にお値段がついてなかったザマス。


「初めて来たけど居心地がいいね」

 とても通い慣れているように見えましたし、私は落ち着かないですが。


「君とは以前から話してみたかったんだけどね。機会がなくて、でも最近マァマァ砲喰らっただろう?」

 元彼の方ですが!

 なんなら今日も傍観してしまいましたが!


「同じ被害者になった君、随分淡々としてて面白いなぁと思っちゃった」

 思っちゃったじゃないですよ。


「だからちょっとお友達から始めない?」

 

 へ!?何を始めるの?


「本好きの君、頑張りやな君、真面目な君、全部気になるからそばにいさせて?」


 小首を傾げてくる超美形の男。

 これはズルい。


「・・・お茶を飲んでからで」


 うっかり彼の話術に捕まりそうだったからまずこの時間で考えよう。


「あはは、毛を逆立てたスカンクみたいだ」


 その例えは女性向きじゃないですよ・・・。




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