tale7

レディバグは夢だと思うことにしたのか差し出す手に微笑んで答えた。

すかさず息子はその手を掴み、ドアを開いて家の中を移動する。

レディバグからはその表情が見えなかった。しかし先程の息子の顔はまさに幸せであった。


「レディバグ!」


誰かが叫び声を上げる。しかしここは夢であってその声に応える義理はない。

今日の夕食だったムニエルの匂いが鼻をくすぐる。レディバグへの食事はマリアによって秘密裏に作られ、家族とは離れたものであるため、ムニエルに出会うのは初めてであった。

レディバグのとかれた髪が嬉しそうに跳ねる。



瞬間腕を引かれた。


「レディバグ!!外に出るとは、なんたること!」

「……?」



レディバグの姿が陰り、女が顔を出す。

それは男の妻であった。

食堂から漏れた明かりが玄関まで淡く伸びており、扉は風を通している。


それを聞いてレディバグは頰をつねるが、その時に違和感に気づく。


「……?いない……」

「レディバグ。何してるの?」


その声に振り向いたレディバグが見たのはニタニタと笑う息子であった。

「今日は父様の誕生日なんだ。その談話の時間に水を差すなんて、悪いおもちゃだね」


息子はポケットから玩具を取り出すと一層強くレディバグの肌に突き立てた。切れた傷口からぬらりと血が落ち、何度も同じ場所に突き刺すと花が咲き始める。抜いた時にだけ現れる朱色の彼岸花だ。




ハッと目が覚める。

マリアは寝るのが得意だった。朝まで決して起きることはない。

しかし、今日この日は、少し違ったのかなかなか再び寝付くことはなかった。

そして聞いたのだ。

息子の笑う声を。

妻の哀れみの声を。

男が糾弾する声を。


マリアは飛び起きると考えるより先にその場所へと走った。

軋む階段を飛び降り、無駄に多い部屋を横目に見ながら声の元へと急ぐ。



その場所に着くや否や、マリアは目を見開いた。力が急に抜け、膝から崩れ落ちる。

そこには花畑が広がっていた。

もう、人などそこにはいなかったのだ。

マリアはゆっくりと立ち上がると、いつかの日のように飛び込んだ。


とめどなく溢れる涙は成し遂げられなかった善を戒めていた。

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