マスキングテープ、ジャンプロープ、ホープ

藤泉都理

マスキングテープ、ジャンプロープ、ホープ




 ふわふわ触感超有名パティシエ監修と書かれたコンビニスイーツ、一切れのプレミアムロールケーキをおこづかいで買った少女は駆け足で家へと戻ると、祖母に遊園地で買ってもらったお気に入りのマスキングテープでパックを彩って紙袋に入れ、また駆け足で向かった。




「おにい、じゃなくて、ホープ!」


 充満する汗の臭いと熱気と飛び交う大声に出迎えられながら、少女は目当ての人物を見つけて駆け寄った。

 少女の兄であり、このボクシングジムの若手のホープと期待されている少年は少女を視認するや、サンドバッグを打っていた手を止め、ボクシンググローブを外し、手に巻いていたバンテージも解くと、親方に了承を得てのち、少女に休憩室に行こうと言った。


「来るなって何度も言ってるよな」

「だって」


 来客室も兼ねている休憩室の、座面に綿を詰められているも少し硬い長椅子に並んで腰を下ろした妹は唇を尖らせた。


「ここに来ないとおに、ホープに会えないし」

「そうかあ?」

「そーだよ。今日だって。遅くまでジムにいるんでしょ?」

「まあ、そのつもりだけど」

「ボクシングバカ」

「まーな」

「デンプシーロール。できそう?」

「まーだまだだな。親方にまだやるなって止められてるから。もっと筋力つけねえとだめらしい」

「………これ」

「ん?」

「ゲキレイの品物」


 兄は妹から紙袋を受け取ると、その中に入っているコンビニスイーツを取り出した。


「減量しなくちゃいけないって知ってるけど。一切れなら、いいでしょ?」

「あーそーなー」


 兄は片耳を軽く引っ張ってのち、妹のお気に入りだと自慢していたマスキングテープをパックから簡単にはがして腕に張り付け蓋を開けると、長椅子の前にあるテーブルに置いて立ち上がり、どこだったかなと後ろの食器棚の引き出しを開けまくって、目当てのフォークを二本取り出し、一本を妹に手渡した。


「はんぶんこしよう」

「………わかった」


 不満そうな顔をしながらも、妹は頷いた。

 兄はフォークでプレミアムロールケーキを半分こに割ると、片方のロールケーキをさして、パックに入れたままのもう片方のロールケーキを妹に手渡した。


「いただきます」

「どうぞ」


 兄は一口で、妹は三口でプレミアムロールケーキを食べた。

 口に入れた瞬間、生地も生クリームもあっという間に溶け落ちてしまった。




「ガンバレ、お兄ちゃん」


 ジムの外に出た妹は、ガラス越しに見える兄の姿をじっと見つめて呟いた。

 プレミアムロールケーキを食べた時の、とても兄の嬉しそうな顔。

 おいしいではなく、まあまあと言った兄のしょげた顔。

 好物のスイーツを我慢してでも、やり遂げたい事があるのだ。


「私も、がまんするか」


 ここに来るのを。











「おいこらてめえ。出禁にするこたねえだろうが」

「ジムに来てくれる唯一の女の子なんだぞ。もっと呼べやあ」

「そうですよ!まだ小学生でも構いません!女の子がいると励みになるのに!」

「だあれが呼ぶか!!!」


 妹がジムから離れた頃。

 ジャンプロープを使おうとしたところに、先輩後輩同輩に詰め寄られた兄が叫んでいた事を、妹は知る由もなかったのであった。











(2023.12.1)



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マスキングテープ、ジャンプロープ、ホープ 藤泉都理 @fujitori

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